(殉愛のソワレ。)
よくもまあ、そんなに涙が出るな。そろそろ干乾びるんじゃないか?(辛抱たまらず、おざなりに呼びかける。戯れも虚しく、さめざめと泣き続ける姉の肩を抱き寄せて、これみよがしに嘆息した。気弱な姉を、気丈な妹が慰める。それは「アメリア」を維持する正しい円環で、なんら珍しくもない光景だった。しかし、今日ばかりは毛色が違う。――ああ、失敗した。黒炭を横目に、自らの行いを省みる。泣きはらした顔を隠すべく、無言のままに小城へ戻ったまではよかった。ややもせず訪れた乳母の憔悴ぶりは見るに忍びなく、枯れ枝が差し出した密書を一瞥して、彼女の慰撫に徹した。乳母の慟哭。国王の封蝋。見え透いた最後通牒よりも、十七年を捧げてくれた乳母を励ましたかった。予想だにしなかったのだ。いつだって夕凪を望んだ姉が、妹宛ての手紙を覗き見るなど。悲鳴が世界を劈いて、悪手を悔いた頃にはもう遅い。姉の追及は存外に厳しかった。濡れたままの目尻を指摘され、ようやく観念した妹は、洗いざらい白状する。あくまで事実だけを述べるように努めたけれど、)驚いた。やけに鋭いな。(姉も理解していたのだ。金風から冬うららに至る種蒔きを、その実りの先を、彼女もまた予見していた。妹と同じように。姉の口唇は怒りに戦慄いていたものだから、ああ先刻の彼もこの顔を見たのだろうかと、つまらない感傷が妹を後手に回した。初めて見る姉の激情は苛烈を極め、王からの手紙を破り捨てるや否や、その残骸すら炎の魔法で燃やし尽くす始末。挙句の果て、茫然自失の乳母すら詰るのだから手に負えない。世紀末の混沌から逃げ出したい衝動に駆られながら、なんとか場を収めた結果が今である。幸か不幸か、魔法陣が記された羊皮紙だけが無事だった。そして、それが示すものを双子は知っている。「それでいいの?」姉の問いに、妹は苦笑する。仕方ないのだ。良い悪いの問題ではない。「どうして怒らないの?」妹は肩を竦めた。怒りは第二の感情だ。期待を間引いて生きてきた心に、そんなものは生まれない。「ケヴィンはどうするの?」――ようやく、妹の瞳が揺れた。唯一の未練を言い当てられて、たじろいだ喉が言葉を詰まらせる。)……迷ってるんだ。彼はきっと、私の望みを叶えてくれる。どんな願いであっても。(思い上がりであればいい。自惚れであるならそれでいい。しかし、彼は嵐を選んだ。美しい円環を壊してまで。)どう転んでも、私は彼の傷になる。……分かってるんだ。忘れていいって、言ってあげるべきだって。でも、まだ、言えてない。(不格好な本音が、鏡映しの蒼に沈む。壊れた円環を直してやりたい。正しい円環に戻してやりたい。どれもこれも真実の希求であるのに、どこにもいかないでほしいと望む恋心もまた真実だった。ゆるく頭を振る。)おまえは別だよ、リア。(泣き虫で、繊細で。ちょっぴり面倒くさくて、かけがえのない唯一無二。紫水晶に捧ぐには醜悪すぎる、傲慢な祈りを、今ここで。)私が迎える結末を、おまえだけは哀れんで。どんなに救われない終わりでも、おまえだけは見届けて。その痛みを、一生忘れないで。(柔く微笑む。再び涙の海に溺れた蒼玉が愛おしかった。同じ顔、同じ声、同じ時間を生きてきた「私」の半分。彼女のためなら、いつだって砂に還れた。贖罪の時を待っていた。だから、このエンドロールは予定調和。)アルフェッカ。(おもむろに響かせた音韻だけが、幸せの不協和音。もらったばかりの名前は、やっぱりうつくしかった。)私の名前だ。ケヴィンが、私に名前をくれた。(額を合わせても、金糸を交わらせても、心ばかりは重ならない。ふたりはひとりになれない。でも、それでよかった。ふたりがひとりだったなら、こうして触れ合うことすら叶わなかった。)もう泣かないで。私の名前を呼んでよ、ねえさん。(甘えたの指先が、半分の涙を拭う。「エイミーだって、あなたの名前なのに」と呟いた姉が、恨めしげに明星を詠った。恋しいひとがくれた名前を、愛しいひとが呼んでくれる。それだけで、こんなにも。ああ、ハッピーエンドはすぐそこだ。)
* 2022/11/19 (Sat) 22:19 * No.10