(月下の紅。)
(事の始まりは一枚の魔方陣を受け取ったことから。王城の端、入り口すら秘された尖塔への招待状が何であるかはある程度の想像は付いていた。月が天を飾りその輝きで世界を照らす頃、月光差す室内にて片膝を付き視線を伏せ、頭を垂れる。娘の秘密を知り得ているか――その問いに肩眉は動かしても口は閉ざし、王が語る一言一言にだけ意識を注ぐ。冷めた視線を冷えた床へと向けながら、彼の謂わんとするところ、話の着地点を探っていた。美しい月夜に反して何処か不穏な空気感。「あってはならない、双ツ子だった」顔を伏せているのを良いことに、騎士は元より鋭い双眸をより険しくさせる。だから何だ、と胸中にて零しながらも忠実な騎士は垂れる前髪の赤と床だけを映して。国を統べる王の命、歪を正しい形へと戻す為の術。二つを一つに、あるべき姿へ。此処から先、光を受け輝くのは一人であるとの宣告。)…御意。(何故、と。姫付きとなった時にも、そして此度も問うことはせず、ただ了承の意のみを薄い唇が短く返す。騎士が真実を知り得ているのか否か、探るような視線を感じながらも表情は崩さずに――赤持つ騎士は、今この閉ざされた空間にて全てを理解した。態度が悪くとも仕事には忠実であること、他者に無関心であること、大方それらが白羽の矢を立てられた要因だろう。主は元からこうするつもりであり、その時が来ただけ。そうして無事に事が済んだ暁には、ターゲットが映るのだろう。抱え込まれるか殺されるか、何れにせよ姫付きとなる前には戻れないことを悟る。月光を妨げるように前へと立つ国の主、己の主。跪く赤へと影を黒く落とす持ち主の表情を知ることはできないまま、心を波立たせる事はせず静かに瞳を閉じた。忠実な騎士の脳裡へ刹那過るのが「せっかくの機会をふいにしてしまったみたい。」と寂しそうに笑う彼女の姿だなどと、彼女の父である王が知る余地は終ぞ無いままに。)

(尖塔を後にした赤の騎士は、背後の建物を振り返ること無く夜空を見上げる。時間もあってか冷えた空気はぴりりと張り詰めているが、先程まで身を置いていた空間程では無い。深く呼吸し肺腑の奥まで冷ややかなそれを取り込んで、ゆっくりと吐き出しながら意識を研ぎ澄ませる。仮面は外さず、騎士然として。輝く月、白の光。指先が腰元をなぞれば握り慣れた剣が其処に在り、その輝きを確かめるようにすらりと引き抜いた。良く手に馴染む感触と重みへと冷めた視線を落とし、月光へと翳せば欠け一つ無く煌めく刃。――これで姫君の首を落とせ、と。下された密命を思い返すなり柄を握る手に力が籠る。行き先を失った力を放出するようにひゅんと風を切れば、感情と同じように刃も鞘へと収めよう。城の片隅、騎士へと与えられた部屋までの道を寄り道せず真っ直ぐと辿る足取りは揺ぎ無く。冷えた夜を行きながら、日常が崩れて行くのを静かに感じていた。)
* 2022/11/19 (Sat) 23:12 * No.11