(結晶の不完全性。)
(黙っていると険のある目元が、少しだけ似ていると思った。跪く騎士に楽にせよと命じる響きも、今はここにいない人を思い起こさせた。――日中の雨は止んだものの、いまだ薄い雲が星空を覆い隠す宵の口。魔法陣により封じられた、王城最果ての尖塔にて相対したのは、おおよそ予想通りの人物だった。英雄の末、国家の頂点に立つ存在、キュクロス王。だがこうして声がけの機会を得ても、騎士としての尊崇の念は湧かず、代わりに父子の相似ばかりを探してしまう。それは血という名の、親子という名の繋がりに、幾ばくかでも情を見出したい淡い希望だったのかもしれない。だが少年の思いとは裏腹に残酷な王命が下る。“片方”の一語が、黒い染みのようにじわじわと意識を浸食していた。)それは……まさか、陛下は残る姫君がどちらであってもよいと、そう仰るのですか……?(無意識に胸前で握りこんだ拳が白くなる。姉妹の見分けがつかないようだったと、ひび割れそうなアルトを思い出しては、王の面持ちがほんの少しでも動くことを期待する。だが遠くを眺めるまなざしに変化はなく、問いの答えも返らない。最悪だ。最悪だった。)………。(一向に是も否も言わない年若き騎士に焦れたのか、お前に拒否権はないのだと、側近が話を打ち切ったのは間もなくのこと。それでもすぐには動き出せずにいると、不意に襟元のラペルピンに目を留めた王が、同じ色の瞳を真っ向から見据えてきた。忠実なる真円の騎士、と、色のない声が呼ばう。瞬間的にかっと頭の中で爆ぜた感情は、後から思えば憤りに近かったのかもしれない。咄嗟に反論しようと口を開いて、でも言うべき言葉が見つからなくて、結局は何もかも飲み込んだままその場を後にするしかなかった。淀む暗闇から逃げるように螺旋階段を駆け下り、隠し扉から外へと飛び出せば、そのまま崩れ落ちるようにしゃがみ込む。)事を正すだなんて……そんなこと、(決められるわけない。できるわけがない。吐き出す弱音は誰にも聞かれることなく膝頭の合間に消えてゆく。芯から冷え込む冬の夜気に体温が奪われていくのを感じながら、ほんの数刻前までは確かに腕の中にあったぬくもりを想い、そうしてそれがこの手によって絶える瞬間を思った。想像するだけでも途方もない絶望に、何も考えたくないと瞑った紫水晶の奥。信じていた円環がまっぷたつに割れる様を、確かに見た気がした。)

エドガー、少しいいですか?(寮舎に戻るなり同期の騎士を捕まえて、有無を言わさずその手に封書を押し付ける。歯の根の合わない真っ青な顔色で、普段はまずやらないであろう性急な行動に出た少年に驚いたのか、彼は珍しく気遣いめいた言葉をかけてきた。平素であればありがたいと応じるそれも、今は焦りを助長するに過ぎない。即座に首を横に振り、改めての用件を告げる。)僕の代わりに貴方の名義で、この手紙を父に……アーデン男爵に出してくれませんか?火急の用件なのです。(身内への手紙ぐらい自分で出せばいいだろうと不思議そうな顔。もっともだ。当然のごとく返る疑問に少年は答える術を持たない。否、答えるわけにはいかなかった。王室最大の秘密を知った今、些細な手紙も改められ、故郷の地すら二度と踏めないかもしれない。だがそれを全く関わり合いのない彼に、いったいどうやって説明しろというのか。)仔細は聞かないでください。勝手を言うようですが、他に頼める相手もいないので――どうか、お願いします。(頭を下げて懇願すれば、はっきりと戸惑う気配。根負けしたのか面倒になったのか、渋々でも承諾してくれたなら胸を撫でおろして笑う。)ありがとう。必ずですよ。(これは捨てたわけではない。ましてや損なわれたわけでもない。どちらかといえば手に入れるための第一歩。調和も完璧もほど遠い愚かな選択だとしても、傷つき欠けねば護れないものも世の中にはあるのだと。紫水晶をいただく騎士の子は、ずっと前から知っていた。――そう、知っていたのだ。)
* 2022/11/19 (Sat) 23:33 * No.12