(迷夢より愛を込めて。)
(姫の婚約を知らされた、その夜に。有無を言わせず呼び出されたとなれば、悪い話を想定しないほうがどうかしている。客間でのごっこ遊びを誰かに見られてしまい罰を言い渡されるならばまだ良いほうで、このまま朝を迎えることはないかもしれないと覚悟した。己が姫を唆し、あるいは無理やり連れ込んだのだと言い張れば、姫の名誉は守られよう。だが、指定した時間通りに向かった先、意外な人物が待ち受けていたため唖然とする。)――国王陛下にお喜び申し上げます。(どうにか礼をとり、時間に似つかわしくない挨拶をした。こんな夜半に会うことも、そもそも直接言葉を交わしたのも婚約発表の席が初めてのこと。一日に二度もお目通り叶うなど考え及ばない。労りの言葉を表面上は有難く受け取るも、心中穏やかではいられず言いようのない不安が広がっていく。)姫様の秘密とは、一体何のことでしょうか。私は全く存じ上げません。(精一杯の落ち着きを払って答えたのも束の間、王から語られる秘密と勅命に言葉を失った。己が最上を頂く姫が、実は二人いたと聞かされて動揺を隠せない。少しも気付かなかった――否、付き人になってから何度か引っ掛かりを覚えたものの目を瞑り続けた、己の愚かさにも呆然としていた。王は気遣いか、余裕か、こちらの返事を静かに待っている。)……拝命しました。(その場に跪き、首を垂れる他なかった。元より拒否する権利など己には無いのだ。)この件は、私に一任していただけますか。その方が色々とご都合よろしいかと思われます。(王から肯定の言葉が返されて、僅かに希望を抱いた。他の誰かに姫を奪わせはしない。確認と称していくつか質問をしたのち、王の御前を退く。去り際に王から掛けられた言葉が脳裏を過った。事を成した暁には、褒美に爵位を授けよう。魔方陣が記された上質な紙を、ぐしゃりと握りつぶした。)安く見られたものですね、私も。(そして、姫も。夜の真暗は都合よく色んなものを隠してくれる。己の醜い形相さえ、等しく。――無事に朝を迎えた騎士はいつも通りに過ごした。何も知らぬ愚者の顔で、姫の傍らに在る残り少ない日常を慈しむ。)
(数日後にはワインを買い求めて馴染みの店へ出掛けていた。どちらの姫と約束したかは分からないままだが、かといって反故にするつもりはない。)軽やかな赤と、とびきり甘いロゼを一本ずつください。赤は木箱に、ロゼはそちらの面白い箱に包んでくれますか。(どちらも贈り物だと察した店主が二股かと揶揄ってきたので)そうかもしれませんね。(こちらも冗談めいた返しをした。けたけたと店主は笑いながら、片方の箱を軽く叩いてみせた。本命はこっちだろうと。見事に言い当てられてしまったのがいっそ清々しい。それほど日を置かずして、姫へ婚約祝いとして赤ワインを贈った。もう一つのロゼは出番を待って眠っている。)
(数日後にはワインを買い求めて馴染みの店へ出掛けていた。どちらの姫と約束したかは分からないままだが、かといって反故にするつもりはない。)軽やかな赤と、とびきり甘いロゼを一本ずつください。赤は木箱に、ロゼはそちらの面白い箱に包んでくれますか。(どちらも贈り物だと察した店主が二股かと揶揄ってきたので)そうかもしれませんね。(こちらも冗談めいた返しをした。けたけたと店主は笑いながら、片方の箱を軽く叩いてみせた。本命はこっちだろうと。見事に言い当てられてしまったのがいっそ清々しい。それほど日を置かずして、姫へ婚約祝いとして赤ワインを贈った。もう一つのロゼは出番を待って眠っている。)