(solitary.)
(騎士に出生の秘密を明かした、その翌日の朝のこと。食後の紅茶を飲みながら、サラは姉の婚約を祝った。隣の国のひと。歳も近い。輿入れは来年のうち――得たままそっくり姉に伝えて、気まずそうに肩をすくめる。)…ごめんね、先に聞いちゃった。本当はリーナが呼ばれたのに。 でも大丈夫よ、お父さまたちはリーナだと思ってたか――(ら、の音にかぶさるように、おなじ声が妹に問う。『それじゃあ、サラはどうなるの?』。なによりも先にこれが出る。そういうひとだからわたしは、終ぞ姉を憎むことができない。わざとらしく、おどけてみせる。)……さあ? 大臣たちもいたから……昨日は確認できなかった。また日をあらためて聞いてみるわ。心配しないで。…ただ、(ふたり一緒には、ゆかれない。覆せぬその事実ひとつだけで、素直すぎる片割れがわっと泣きだすには十分だった。)

(『明日はサラがおもてに出て』。昼食も取らず寝室に籠もっていたさびしがりやの姉姫は、ふたたび顔を覗かせるなりサラをまっすぐ見つめそう言った。)え? い、いいけど……(戸惑いながらも頷けば、『明後日も、明々後日も』と言い募る。涙の跡が残る双眸を、覗きこむようにじっと見た。)もしかしてまだ体調が悪いの? お医者さまを呼びましょうか。(けれどリーナはかぶりを振る。私じゃなくてサラなの、と。私が出たくないのではなくて、サラにおもてに出てほしいの、と。『だって、あのひとと――アルバートと、サラは一緒にいたいでしょ?』。)……え、(鼓動が跳ねる。みるみる頬が赤らんでゆくのが、自分自身でもわかった。思わず視線が泳いだが――憐れみも揶揄いも含まぬ純粋な厚意で言ってくれたひとを、はぐらかすことはしたくない。おずおずと、碧が重なる。)…いつから……気づいてたの?(最初から。と姉は笑う。あるいはそれは、妹の自覚よりも早かったかもしれない。社交に長けるということはつまり、機微に敏いということだ。赤の他人にすらそうなのだから、血を分けた片割れの初恋に彼女が気がつかぬはずがない。)……、ねえ。聞いてくれる?(おのれのそれよりも少しだけ色白の手をそうっと掬いあげて、泣きそうな笑みを浮かべ、ねだる。遠いむかし、一冊の絵本をふたりで覗きこんだときのように、広い広い部屋の片隅で苦しいくらい身を寄せあった。そうして妹が話すのは、出会いの春から昨日まで。記憶を擦り合わせるためじゃなく、ただ聞いてほしくて、話した。嬉しかったこと。おどろいたこと。あの優しい騎士のことがとても――とても、たいせつなこと。)……なんだか、普通の姉妹みたいね。(そっと眉を下げて笑う。この子よりちゃんと後に、先に、ひとりきりで生まれていたら。恋やお菓子やおしゃれの話ができたのだろうか。これからも。)…リーナ。泣かないで。(姉の頬を濡らす雫を指の背で拭いながら、夢を見る。見るけれど、そんなありふれた姉妹じゃなくてよかったとも思う。)ふたりでサラヴィリーナを生きられて、楽しかったわ。リーナ。(心から、そう思う。わたしの姉さん。わたしのはんぶん。生まれたときから、憧れた。)――離れてもずっと大好きよ。きっと、しあわせになってね。

(父からの手紙を受けとったのは、その、おなじ晩のことだ。傍らにねむる姉を起こさぬように寝台をするり抜けだして、隣の部屋で封を切った。)…湿っぽい地下よりもずっといいわ。(それが素直な感想。さらに贅沢が言えるのならば、なるだけ高い場所だといい。風のにおいや空の色があれば、いくらかは慰めになる。尖塔への扉を開く鍵は、しろがねの懐中時計。蓋に刻まれた陣をそっと撫ぜて、さびしさを飲み下した。月のあかるさを求めれば自然、歩みは窓のほうへ向く。見上げた空に浮かんでいるそれは、冴え冴えと青白かった。)  …アルバート、(消え入りそうな声で呼ぶ。もちろん今夜は、そこにしどろもどろの騎士は現れない。)
* 2022/11/19 (Sat) 16:17 * No.6