(水底にて澱む。)
(衝動に任せ、父王からの手紙を破り捨てる。ひらひらと舞い落ちる雪のように溶けて消えてしまえばいいのに、部屋を散らかすだけなのだから一層腹立たしい。命じられずとも、姉とお揃いにする必要がなくなれば自ずとやっていたことだ。姉と同じ物で満たされた自室、一人で片付けきれる筈もなく、必要最小限を残し処分するよう侍女へ押し付ける。姉の輿入れは、来年のいつ頃になるのだろう。今から身辺整理を言い渡されるのなら、早い時期になろうか。衣服をひとつひとつ手に取り選別する姿をぼんやりと眺めていれば、やけに視線がかち合った。彼女は躊躇いがちに、意を決したように口を開く。「姫様。今まで我が身可愛さ故に何らお役に立てずにおりましたが、私めは姫様のことを、大切に想っております。姉君様が嫁がれた後も、叶うならばどうか、変わらずに私めをお使いください。」いつも遠巻きに控え、恐れているというのに、突然何を言い出すのだろう。)おためごかしがお上手ね。さすがは喋り相手を務めるのも仕事の一つといったところかしら。権限の与えられていない私に媚びへつらおうと何ら変わりやしないから、胡麻をすりたいのなら相手を選んではいかが。(同情か、保身か、好意かも分からない。眉を顰め、ぴしゃりと言い放てば侍女は謝罪し萎縮しきる。騎士からの厚意を受け取れるようになろうとも、己という人間の性根は何ら変わりはしないのだなと、下げる頭を見おろし静かに失望していた。)――なあに、お姉様。私、今はお喋りする気分ではないのだけれど。(がらんどうにしてしまうには早いから、部屋の片隅に転がるテディベア以外に無駄を削ぎ落とした自室。扉を一枚隔てた先から、一晩経ちすっかり体調を取り戻した姉が飛び込んでくる。ぞっとするほど己とそっくりな顔は、悲し気に眉を寄せていた。「どうして、何もお話してくれないの。」いつも明るくにこやかな笑みを浮かべる姉の珍しい表情。)婚約の話? 侍女に伝えたことがすべてよ。言っておくけれど、断る余地はなかったし、王族として立派にお役目を果たそうとするお姉様なら承諾したでしょう。(記憶の共有だって、苦々しくも夜毎行っているというのに、何を言い出すのかと怪訝に顔は歪む。そうではないのだと言い募り、共に隣国へ行こうと両の手のひらを結んでくる姉が憎くて仕方がない。優秀な姉ならば嫁ぎ先でそんなことできる筈がないと理解しているだろうに。姉と己は始まりの日から今日まで二人の人間で、別たれるのも当然なこと。ひとつしかないものは分かち合えないように、一人の立場を二人の人間が分け合うなんて、馬鹿げている。明確に道が分かたれた今もなお「ふたりでひとり」と手を差し伸べてくる姉と、永遠にわかりあえることはないのだろう。)
(側室の母が遺した二人の子。聞くところによれば、胎の内で間引いてしまおうと呈する声を頑として受け入れず、今際の時まで双子の行く末を心配していたのだとか。生まれた子を抱くことも名付けることもなく死んでいった、あわれなお母様。母の愛に守られ生まれ落ちた双つの子を、父が何を思い、考え、ひとつにしようとしたのかは知らない。理由を推測すれば沸々と湧く怒りに考えるのをやめ、破り損ねた魔方陣を摘まみ上げる。用件のみが簡潔に記された手紙にどのように使えとの指示はないものの、場所を移れということなのだろう。姉が嫁げばいない筈の存在が、城内をうろつくわけにもいかない。癪に触れど、何一つ不自由なく整えられた自室や、花の咲き誇る中庭だって与えられたもので、引き籠もるのならどこだって同じ。王城の片隅にそびえ立つ尖塔。入り口すら隠されている建物の、窓を開くことは叶うのだろうか。胸元で手を握りしめ、訪れる終わりに思いを巡らせる。未練がましくも残された日常を、いつも通り姉の振りをしたまま過ごそう。別離を受け入れようと諦めきれなかった想いは、川の底に澱む泥のように在るのだから。)
(側室の母が遺した二人の子。聞くところによれば、胎の内で間引いてしまおうと呈する声を頑として受け入れず、今際の時まで双子の行く末を心配していたのだとか。生まれた子を抱くことも名付けることもなく死んでいった、あわれなお母様。母の愛に守られ生まれ落ちた双つの子を、父が何を思い、考え、ひとつにしようとしたのかは知らない。理由を推測すれば沸々と湧く怒りに考えるのをやめ、破り損ねた魔方陣を摘まみ上げる。用件のみが簡潔に記された手紙にどのように使えとの指示はないものの、場所を移れということなのだろう。姉が嫁げばいない筈の存在が、城内をうろつくわけにもいかない。癪に触れど、何一つ不自由なく整えられた自室や、花の咲き誇る中庭だって与えられたもので、引き籠もるのならどこだって同じ。王城の片隅にそびえ立つ尖塔。入り口すら隠されている建物の、窓を開くことは叶うのだろうか。胸元で手を握りしめ、訪れる終わりに思いを巡らせる。未練がましくも残された日常を、いつも通り姉の振りをしたまま過ごそう。別離を受け入れようと諦めきれなかった想いは、川の底に澱む泥のように在るのだから。)