(風吹かば、ひかり射す。)
髪を切って、売ろうかと考えています。(ある日の夕食終わり間際に、何気なく切り出した。きっと彼女はいい顔をしないだろうとは思っていて、可愛らしい眉根を寄せてしまったのなら苦笑を返そう。すんなりと受け入れられたならば、拍子抜けして思わず笑いを漏らすことになるだろうか。)常連さんに職人の方がいて、髪を切るなら買わせてほしいと声を掛けられています。長くて状態が良ければ、男の髪でも構わないそうですよ。(海の見える町の、細い路地を入ったところにある隠れ家のような喫茶店で働いていた。雰囲気を好む落ち着いた常連客が多く、何より店主の人柄が良すぎた。家名を持たぬ己を煙たがらず、雇い入れてくれたことには感謝している。髪を伸ばしている理由は特にないと店では答えてしまったけれど、彼女には話しておこう。)私が髪を伸ばしているのは、余分な魔力を貯めるのに適しているからです。長ければ長いほど多く貯められます。ここへ来るまでに沢山の魔法を使ったので、貯めていた分は全て使い切ってしまいました。(腰を通り越すほどまで伸ばした髪は、跪いたときに地面へ付かないよう毛先を整えるばかり。魔力が空っぽの今ではすっかり無用の長物なのだ。彼女が変装をしているのだから、己も見た目を変えてしまおうかと。そのついでにお金が手に入るのだから良い話であろう。だが、気掛かりなのは彼女の気持ちである。もちろん髪が短くなったぐらいで嫌われはしないだろうが、売るに至った動機は正しく伝えねば。)実は私、治癒魔法が一切使えないのですよ。擦り傷ひとつ満足に治せません。色々な魔法書を読んで試したのですが習得できませんでした。適性がなかったのでしょうね。ですから、あなたや私が病気や怪我をしたときは、お医者様に診てもらう必要があります。そういう時のために、まとまったお金を手元に置いておきたいのです。(今の生活が苦しいわけではなくて、もしものための備えをしておきたかった。魔力の貯金箱が、貯蓄金に代わるだけ。聡明な彼女なら理解はしてくれるだろうが、納得できるかはまた別の問題であろう。)……まあ、二人で暮らすには今でも十分ですし、もしもの貯金はそのうちでもいいでしょう。ここからは提案なのですが、髪を短く切った私を見てみたくはありませんか? 少しずつ髪を伸ばしていく私に、興味はありませんか?(テーブルに両肘をついて手を組み、少しばかり首を傾けながら楽しそうに誘いをかけてみる。)それとも、見慣れている私がいいですか?(髪を結んでいたリボンをするりと解いて、長い髪を広げてみせよう。すぐに重みですとんと落ちてしまうだろうが、彼女の目を引くには十分なはず。)あなた好みの私でいたいので教えてくれますか、愛しいナーシャ。(念押しの言葉を添え、彼女の返答を笑顔で待っていた。――男の髪が相も変わらず長いまま海風に靡いているか、短くなった襟足を海風が抜けていくのか。最愛の人がお気に召すままに。)
エリック * 2022/12/10 (Sat) 15:18 * No.12