( Twinkle,twinkle,little star, )
……だから何度来ても、エメはお前にはやらないと言っているが。(アイリーンとビビに干し草をやりながら、アルバートは辟易した顔で大きなため息を吐く。これでもう一週間毎日同じやり取りが繰り返されている。「どうかお願いします、エメは僕の天使なんです!エメを僕にください、お義兄さん!!」と、背後で土下座した青年の言葉に、「俺はエメの兄じゃない、兄代わりの親戚だ。そしてお前の兄でもない。」と訂正しながら、さてどうやって彼に諦めてもらおうかと思案する。――この小さな町の外れに、馬小屋付きの小さな家を借りて住み始めてから、アルバートの“妹代わり”のエメが求婚されるのはこれが初めてというわけでもない。今までの求婚相手は、性格や立場的に難ありと判断したので、彼女には何も言わずに裏で手をまわして“平和的に”解決したが、なにせこの青年は非の打ち所がない。穏やかで優しい性格で、町でも腕が良いと評判の医者で、年齢も人柄の滲む優し気な容貌も、交際相手としても結婚相手としても申し分ない。だからこそ――困っているのだ。)……とりあえず今日はもう帰ってくれないか。エメがそろそろ戻ってくる。…話しだけは、してみる…つもりだ。……できたら。タイミングがあえば。(ものすごく消極的に伝言役を引き受けたアルバートに目を輝かせ、ありがとうございます!!!と頭を下げて帰っていく青年を見送りながら、さてどうしたものかと、何やら言葉に表せないどす黒い感情が渦巻く己の心臓に手を当てて、また大きなため息をひとつ零した。)

(アルバートがエメ――元キュクロス王家の末姫だった少女と辿りついたのは、きちんと四季が巡り花の咲く、祖国から遠く離れた国の何もない町だった。すぐにどこかに移動してもいいと思っていたが、何だかんだ二年ほどのとしつきが経つ。アルバートは傭兵ギルドに所属し、主に近隣の魔獣討伐の依頼を受けて賞金を得る生活をしていたが、最近では町の自警団に誘われ、そちらの仕事も忙しくなっている。おかげで最近旅にも行けていない。まだまだ彼女と見てみたい景色があるのに。夜空にかかる宝石のようなカーテンも、川に削られた大峡谷に沈む夕陽も。――けれど、おはよう、おやすみ、と挨拶を交わし、今日の仕事のことや美味しく出来た夕食のスープのことを話しながら、屋根の上で共に星空を眺めるような生活を、思いの外気に入っているのも事実。キュクロスのことを思い出すと懐かしいとさえ感じるようになった。もう会えないかもしれないひとたちのことを考える時だけは少し切なくなるけれど、そういう時は決まってエメがただ黙って傍にいてくれる。彼女にとっての自分もそういう存在なのだと思う。)……診療所のテレンス先生が今日うちに来ましたよ(彼女に対して敬語を使う癖だけは抜けないまま、まあ無理することでもないかとそのままにしている。屋根の上での星空観賞には少々冷えてきた秋の夜、熱めに淹れた珈琲のカップを手渡して、彼女の肩に愛用のストールをふわりとかけると、触れるか触れないかのいつもの距離で隣に腰かけた)……エメと結婚したいのだそうです。俺に許しが欲しいと、言ってきました(彼女はどこまで知っているのだろうか。彼の気持ち。自分の気持ち。そして――“兄代わり”の気持ち。くっきりと瞬く星々も、今日は見事な満月の前に幾らか影が薄い。)俺は兄じゃないとは言ったんですけどね。…彼は、穏やかで優しくて、きちんとした職業で十分な金銭を得られるし、あなたのことを大切にしてくれると思います。(――エメがこのまま彼と結婚したら。夜空に視線をやりながら、ぼんやり考える。生きていく基盤を作るのに必死な二年のうちでも、アルバートの女性恐怖症は一向に治らなかった。一か月ほど専属で町長の警護に就いた際、その娘に鈍くてもわかる程度には激しくアプローチを受けたが、近づくだけで鳥肌が立つ状況では何が起こるわけでもなく、きちんとお断りをして終わりになった。エメだけが、アルバートが触れられる女性なのだということは、彼女はきっと知らないままだろう。だから彼女がアルバートの許を飛び立つ日がきたなら、アルバートはその先は一人で生きていこうと決めていた。アイリーンを連れて、傭兵の仕事をしながら世界中を旅して……時折はこの町に戻ってきて彼女の幸せな姿を見ることくらいなら許されるだろうか。彼の隣で笑って、赤ん坊なんか抱いた姿を――、)……やっぱり嫌だ(独白のつもりが声に出ていたらしい。彼女が自分を見ていたならば同じようにじっと見つめ返して、もう腹を括るしかないと大きく息を吸い込んだ。)……ごめんなさい。あなたが誰かのものになるのは嫌だと、思っています。(彼が持ってきたように花束も、指輪も、何も用意なんかしていない。気持ちだって今気づいたばかりで――でもひとつだけ確かなのは、この世の誰よりも、あなたのことが、)好きです。大好きで、大切です。…一生、俺が大切にしたいんです。(言葉よりも雄弁にこの熱で抱きしめて、伝われ、と祈る。星がひとつ流れ落ちたのを、不器用な傭兵は知らないまま。)
アルバート * 2022/12/8 (Thu) 13:34 * No.6