(いつまでも共に。)
(二人きりでの生活を始めて、しばらくすれば身の回りのことをほとんどできない有様が露呈しただろう。一人では何もできないと称した通り、世話を焼いてくれるがままに甘えながら、日々の生活で必要なことは手伝いを申し出る機会もあった筈。洗濯も料理も買い物も、一人で覚える気はまったくないものの、教えてくれたのなら少しずつ身に付けていよう。紅茶の香りに誘われて招かれた席へいそいそと着き、さっそく一口飲めば広がる優しい味わいに頬を緩ませる。己のために淹れてくれるのならどんな味でも飲むけれど、以前にもまして美味しく感じられて、楽しくも嬉しいひとときである。)どんなお話? 聞かせて頂戴。(特別という前置きに期待を含ませ彼を見上げれば、取り出されたシルバーリングに目を瞬かせる。秋風の妖精の正体は既に知っているから、話の見当がつかない。紅い石を見遣り先を促して、語られる身の上話に耳を傾けた。)……捨てるのに指輪を作るとか、訳がわからない。(作ってから、心変わりでもしたのだろうか。親が子を手放す理由など、市井に疎く狭い視野では死別以外赦せそうもない。怒りを滲ませながらも、ティーカップをそっと下ろすだけの冷静さはあった。)……名前、贈られたかった? それともいっそ、院長先生が付けてくれたのなら落ち込まずに済んだのかしら。(自分を捨てるような親に付けられた名など己なら嫌だと思うけれど、彼の口振りから、指輪が彼自身の物であって欲しいように感じられた。可能性を否定するようなことを言ってしまったなと眉を顰めて、少しの間考える。)――私の名前は、城仕えの占星術師が付けたそうなの。一つしか付けられなかったけれど、お姉様とは同じ名前をしているだけで、アナスタシアの名は私のものだと思ってる。エリックさんの名前も、エリックさんのものだといいね。どちらにしてもエリックさん以外の名前は、もうしっくりこないけれど。(名前に関して共感はできないものの、本来姉へと向けられるべきものには散々嫌気が差してきたから、他人のものが嫌だという気持ちならわかる気がした。だからといって人のためには行動しないけれど、珍しい要望に、ふぅんと上機嫌な声を漏らす。)気が向いたらお祝いしてあげる。お祝いされるか、そわそわしながら一日を過ごすといいわ。(意地悪を装ってにこにことしながら、内心お祝いする気満々である。誤魔化すようにお菓子を一つ口にして、甘味を楽しむのに一段落した折のこと。告げられる誓いの言葉に目をまんまるに丸めて、じわじわと瞳の輪郭が滲んでゆく。彼にとっての結婚とは、何を示すのだろう。)……私、自分のためにしか生きたくないから、良い母親になれないと思うの。子を成す意味もよくわからないし、エリックさんの最上が変わるのも増えるのも嫌なのだけれど、ずっと二人きりでもいい?(かつて彼へ唆した未来は他人事で、自分とは縁がないものだと思っていた。けれど想いが通じてから時折考えるようになって、彼からは「そんなふうに生きられたなら」と聞いていたというのに、触れずにいたのは狡さゆえ。それでも、己のためにすべてを捨て去ってくれた彼ならば、望んでくれる気がするのは自惚れであろうか。後ろめたさに視線を落としながらも、身を引くつもりは欠片もなく、彼の気持ちに変わりないのなら、婚約の証を指に通してもらおうと、おずおずと手を差し伸べる。)えへへ……いつまででも待ってるね。私の命は、とっくにリックさんへ預けているわ。(望まれる喜びと、手の甲へと捧げられる想いと、恋人という響きに照れくさく笑って、添えられた手をぎゅっと握ろう。彼がいない人生を、歩む気はしなかった。ずっと恋仲でもいいけれど、何ら憂うことなく永遠を誓いあえたなら、どんなに幸福なことだろう。こんな時まで不安になってどうしようもなくとも、そんな自分と共に考え、生きてくれるのならそれでいい。)
アナスタシア * 2022/12/10 (Sat) 11:23 * No.9