(アメシストの酔夢。)
(16歳になって間もない春。騎士団の登用試験にめでたく合格し、幼い頃から憧れ続けた夢の第一歩として与えられた任務は、王宮で執り行われる夜会の警備要員だった。主催者は現王妃で、実際のところ本当に警備の手として必要とされていたというよりは、新米騎士の社会勉強と顔見せを兼ねていたように思う。現に与えられたお仕着せは見るからに上等。帯剣を指示されたのも煌びやかな彫金の施された儀礼剣だったのだから、騎士もまた会場の装飾のひとつだったのかもしれない。シャンデリアや花、楽団と同じ。貴い方々の目を耳を楽しませ話題の種になろうとも、個人としてはいないとの同じもの。騎士とは――仕える者とは元来そういう日陰の存在だと理解しているが、壁際に控えながらほんの少しだけ思う。いかに美しく贅を尽くしていようと、この停滞した空気感は苦手だと。)――…あの一団は?(不意に周囲のざわめきが揺らいだのは、夜会が始まって暫し経った時分。見れば談笑していた紳士淑女の向こう、ホールの奥から誰かがやってきたらしく、人垣がおおきな輪を作り出していたところだった。問うた相手はすぐ隣に佇んでいた同期合格の騎士だ。見るからに退屈そうにしていた彼は、示された方向を一瞥すると「ああ、あれは“半分”の姫だろう」とこともなさげに答える。)はんぶん…前の王妃様の、忘れ形見の姫君ですか。初めて御目にかかりますが、こういった場にもいらっしゃるものなのですね。(忌まわしい双子として命を授かり、母と片割れを亡くして生きる姫。他方では偉大なる健国王の末。人から人へと伝え聞く噂は彼女についての様々な虚像を浮かび上がらせるけれど、少年が具体的に知っているのは自分よりひとつ年上だという事実ぐらいで、顔も名前も知らない。だからてっきり、城の奥の奥に隠され、仕舞いこまれているような姫君だと思っていたのに。)…………、(ひそひそと囁かれる声。奇異なものを見る視線。淀んだ高貴の合間を縫うように、確かにその瞬間、少年の心に爽やかな風が吹き抜けた気がした。澄み渡る蒼のまなざしは理知的にも嫋やかにも見える。恥ずかしげにも奔放にも見える。ちぐはぐなのに調和したその印象から、不思議と目が離せない。)末の姫のお名前は……なんと?(ぼんやりしたまま隣へと問えば怪訝なものを見る顔をされたが、当の本人はそれどころではなかった。騎士として身命を賭して仕えるべきひと。否、仕えたいひと。これまで朧な輪郭しかなかった理想が形を持って現れたことに打ち震えながら、たった今伝え聞いたばかりの御名を胸に刻む。見入られた相手が姉と妹、いったいどちらなのかも知らぬまま。)アメリア・キュクロス――……アメリア様。(それは酔い覚ましの護り石たるアメシストがのぼせあがって見る夢。取り返しのつかない、過ちのはじまり。)