終幕の半分


ゆるやかな西洋風ファンタジー、王族や貴族、主従、秘された存在、それぞれの理不尽なしがらみが織り成すマルチエンドが大好きで、どっぷりとシリアスに浸る期間をたいへん堪能させていただきました……実のところ本編が終わってしまったことを未だ受け止められておらず、非常にフワフワした思考と感覚のまま今この文章をしたためています。ただ当初の想定よりもずっと頭の蕩けた事態でおりますのは間違いなくお姫ぃさんが下さいました最高のエピローグのお陰です。本当に……得難い御縁をありがとうございました……。
最後の挨拶という場で何を語ろう、とぽやぽやしたままの脳味噌ですが、何はともあれペア様のことをですね。ロクサーヌ姫、お姫さん、我が姫、お姫ぃさん、とCL共に様々な呼び掛けを用い、それぞれがペア様の持つ多くの側面に触れたがるもので、最終的には双子の姫君との呼び分け要素も含んでおりましたが、期間の多くはお一人という前提で接し舌に馴染んでしまいましたため、このPL話においてもちゃんぽんしたままになるだろうことを先にご容赦ください。
我が姫、出会いから一貫してのご印象が、これは翳り無い賛辞だと受け止めてほしいのですけれど、とかく手強いお人でありました。序盤にまず思ったのが「このお姫さん、イベント指定以外で会ってくれる気無いな!?」という点で、ほぼその通りだったことが振り返っても物凄く面白かったなと思います。騎士と姫として出会い、流れゆく日々をほぼ姉姫さまと過ごすうちで、さてどうやったらこの妹姫さまと“ペア”としての御縁を深めていけるだろうかと考え続ける毎日でした。素直で可愛らしい主の姉姫さま、苛烈で刺々しい女こと妹姫さま、長らくお二人を同一人物だと思っていたこともありそれぞれにどういった感情を抱いてゆくかが未知数で……。序盤のうち三角関係の気配を感じ始めた折りには、このまま姉姫さま大好き同盟を組んで、ペア揃って姉姫さまの幸せ追求に全振りしていく物語もアリかななんて思っていたのですが、最終的な決着は正直そうした道中からは予想だにしないところに行きましたね。特にPLからこう持って行こうと意識した部分は無く、今に至って振り返れば、最初にお二人を“主”と“女”で表した時点で大方の方向性は決まっていたのだろうなとも思います。騎士として仕える日々に時折しか見れなかった顔ではありますが、一人の男としての感情が求めた相手は不安定で攻撃的で、ずっと張り詰めた空気があって。主従関係はいつか派手に解消してやろうという目標を初っ端に共有したにも関わらず、目の前の女の子に「自分を頼ってくれたらいいのに」と望んでしまった矛盾がそのままエンディングまでの道筋でした。バートラムは振る舞いの十割に不真面目を決め込んだふざけた騎士でしたが、根っこのところにはかなり厳しくノブレス・オブリージュを掲げた貴族であったため、曲がりなりにも王室の姫に対して「彼女がその立場(責務)を離れたいと言ったら叶えてあげたい」と考えることは大きな自己矛盾でした。バートラム自身そういった矛盾にそれなりに戸惑い続けた期間でもあったんですけれど……そういうことをしてあげたい、自分がこれまでに培ってきたものをぶっ壊して幸せにしてあげたい、と強烈に思わせてくれる女の子だったんですよねお姫ぃさん。可愛らしい、という言い方を取ると姉姫さまと混ざった受け止められ方をされてしまうのではとPCのほうが考えていたため、あまり積極的にお伝えすることがなかったのですが、姉姫さまとは全く別のベクトルとして可愛い女の子でした。
PCから見て、自分が恋愛ベクトルによる「好き」を向けている相手が妹姫さまであるということには確信がありました。が、実際に接した時間は短くて、姉姫さまとのギャップから強く興味を引かれたという部分もご指摘の通りです。そういった面もあってなかなか、どこが好き、どれくらい好き、を伝えきることは難しかったな~! と未だPLは顔を覆いたい気持ちでいっぱいなのですが、CL共に本当~~にロクサーヌ姫が大好きなんですよ!! もともと苛烈な人間というキャラクターがドツボなPLで、世界で唯一最大に大事なものを自分で定めていて、それを護るためなら他人を傷付けられるような子がめちゃくちゃ好きなんですよね。意志の固さも行動力も抜群なのに、生活環境による縛りが大きくて出来ないことも多くって。ひとりでずっと刺々しくしながら戦い続けている子、どうにか捕まえて甘やかしてやりたいと思うのなんか当然じゃないですか? 字面が既におかしいですけど。この子が必死に護っているものを取り上げて棘を纏う必要が無くなったらどういう表情をするんだろう、彼女自身のためだけに生きられる環境になったときどういう寛ぎ方をするのだろう、ということがずっと気になって、どういうかたちであれそれを齎すのは自分であればいいという感情がバートラムにとっての恋であったと思います。手段として王命を順守するという流れもだいぶ有り得たなという感触ですが、エンディングとして思い描いた様々な可能性の中ではいちばん穏やかで優しい最終地点に行くことができました。それもこれもこの不逞の騎士を信じて攫われてくださったお姫ぃさんのお陰です、ありがとうございます。
そして此処までで案の定ちゃんぽんしております呼び名について。ロクサーヌ姫のお名前、妹姫さまの所感としては飽くまでお姉さまのお名前なのかな、ご自身のものとしては扱いたくないものなのかな……という印象があり、PCのほうはそれに反論するほどの材料も意識も無かったため口出しはせずにいようと思っていたのですが、PL的には「ふたりのロクサーヌ」という感覚も妙にずっとありまして。駆け落ちという都合から名を改める必要はあるかなとは思いましたが、ロクサーヌという響きを失くさないでほしいという気持ちもありました。そうした観点もあり、終章で此方からお送りした呼び名の「Ena-mou(my one)」は人名というよりは想い人を呼ぶための響きに近かったので、お名前の自由入力となったエピローグで「ロクサーヌ」のままになっていたのを見たときはとても動揺しました。スレッドを開く前時点ではそれがどういう意味か分からなくて、すごくどきどきしながら読ませていただいて、彼女がエナムの響きを別途大事にしてくれていること、ロクサーヌという名が変わらないのが彼女個人が秘されたままだからではなく、彼女もまた一人のロクサーヌであるからだと窺えるお手紙の締めに心底安心したものです。双子のおふたり、どちらもがロクサーヌとして幸せに生き続けてほしいと思います。片や騎士として遠くから、片や男として傍らで、思い続けておりますからね! 唯一最愛の君、エナムに於かれましては一生傍で愛させてください。よろしくお願いします。
この先もあなたが穏やかに寛げる世界を護って生きていきたいです。ありがとうございました。
さて想定より字数が嵩んでおりますが、折角なので不逞の騎士こと自PCバートラムについても少し綴らせてください。何より反省せねばならないのは日々のレス字数だと思います。推奨字数とは何だったのか? 上限無しの注釈と安定して打ち返してくださるペア様にすっかりと甘えきり、期間いっぱい毎レス毎度のド長文続きで申し訳ございませんでした……我が姫には大変なご負担を強いてしまいました。ありがとうございました。
延々と伸びた字数の要因は偏にバートラムが腹芸男であったゆえだと思っています。そもそも「自分の有能さが火種になる」という無茶なハードルを掲げたキャラメイクでお邪魔してしまいまして、そこから申し訳ない話だったのですけれど、この辺りはもちろん当方の表現が追い付かなかったり、単にペア様とお話する上でノイズになりそうだったりがあればそっと埋没させておこう程度の下地ではありました。有難いことにロクサーヌ姫が序盤のうちから兄との関係に大事に触れて下さり、且つ随所でこの型破り騎士を能力の高い男として扱っていただく多大な甘やかしを頂きまして、無事に初期想定通りの人物像で生ききることができました。本当にありがとうございます……いえその影響で推奨範囲をぶち抜き続けてしまったという話でもあったのですが……!
家での面倒事を避けるため、自分が他者からどう思われるかを常に計算して振る舞っている輩でしたので、表層の態度と実際の思考が常に妙な乖離をしている男でした。そうやって乖離している内面のほうも、貴族は貴族の責務を果たすべきだと考えている、兄には幸せになってほしい、我が姫の望みは叶えたい、そうした都合のために問題児に成りきりたいが、我が姫にはやはり優しくして差し上げたいし、周囲にも無用な迷惑は掛けたくない、という何重構造だかPLにもよく分からない量の思考平行があってメタ的な補足が逐一多くなってしまいましたね。もうちょっとすっきり理解しやすい男にならなかったものかとPLは毎レス頭を抱える破目になりましたけれども、此処まで難儀な事態になった切っ掛けはまず間違いなく我が姫が「クビになってほしい」だとか仰ったことにあると思っておりますため、それもこれも御縁であったと開き直らせてください。四章ではPC心情でそのまま綴りましたが、無茶振りされることが大好きです。ありがとうございます! PLは身分差や主従というものに多く夢を向けている性質でして、慇懃で清廉な従者もストレートに好きなんです。しかし開始前の所感として騎士側からの物語の展望を考えましたところ、行き着く先は国命に反しての駆け落ち逃亡か仕える姫を殺害処分する道かのおよそ二択になるのだろうな、なればどちらにしても幕引きには「主」と呼ぶ存在を裏切ることになるのだろうな……と感じました。その上で強かに生き抜ける男でありたいという思考の結果がこれでした。いやまさか主に敬語も用いないようなド失礼を貫くことになるとは思いもよりませんでしたが、「PCがPCらしく過ごす」という意味では最高に満喫させていただきました。受け止めてくださったロクサーヌ姫とPL様には本当に頭が上がりません。大変お世話になりました。幸せでした。
真円を掲げるキュクロスでの“はんぶん”の物語、始まりのままの全員でという締め括りにならなかったことは一つ残念ではございましたが、七通りの道行きとエンディングを楽しく追い駆けさせていただきました。この先は皆さまキュクロスの外で新たな思想に触れ、それぞれに培いながら新しい生き方をしてゆくのだなと思うと、続きも勝手に見守りたい気持ちでいっぱいですが……物語はきちんと綴じられてこそ美しいと心得まして、終幕を噛み締めて参ります。……と、終わりのふりをしてもう一点、レス打ちのBGMはほとんどyama『色彩』でした!
改めましてお疲れ様でした。はんぶんで、たったひとりの皆さまが、この先も幸いと共にあれますように。ありがとうございました!
(『焔のような御方だったわ。』ふたりでひとつの寝台の上。やわらかな手を握り、ひたいを寄せ合いながら天上の星よりも緩慢な速度で瞬きを落とした。)[序章]
残念ながら、あなたをそうと呼ばずに済む選択権がわたしの手許にはないのです。あなたの手許にはまだ残っていらっしゃる?わたしがあなたの我が姫とならずに終える、切り札が。(しかし訊ねておきながら、ほとほと期待の薄い問いだった。)[序章]
ご令兄に遣われるのは、あなたにとってはつまらないこと?[序章]
(重たげに、宛ら蝶が花の上で休息を取るように。羽根の如くかぶさる上下の睫毛を鼓動より速い速度で重ね合わせるのは、彼の言葉が些か意表を突いた類であったからだ。成程、手許に切り札を手繰り寄せる為には然様な手段もあったのか。)[序章]
残念ながら、わたしは覚えが悪いのです。あなたとてわたしの噂はご存知でしょう。――………だから、明日も同じに伝えて。またわたしに、まったく同じに、手を差し出して。(その時はきっとロクサーヌはすべてを許し、すべてを受け入れ、我らが騎士に手を差し伸べることだろう。両の手を背後に回して、みずからの指先同士を浅く絡める。妹が知るのは、自らと姉の体温だけで充分だった。)[序章]
お兄様方があなたの話を聞きたいと、着任を祝す昼餐会を催すと云って聞きません。諦めて参加されますか?それとも早速、隠れ場所でも探されますか。(兄達は見定めたいのだろう。彼を通して、白痴とも揶揄される末の妹の実情を。)[序章]
(何れにしても次に逢うその時は我が騎士になって久しくなっているであろう彼をひとみに映し、こころの端で別れを告げた。我が姉の騎士たる彼よ、それではいつか。花降る彼方の夜明けまで。)[序章]
(現王妃の生誕を祝す舞踏会の報せは、飽きもせず例年同様国王直々に触れ回っているらしい。愛妻家なぞと周囲は囃し立てるも、所詮はうつくしい自らの所有物を披露しつまらぬ自尊心を満足させたいだけだろう。いずれにしても、その日はいっとう華々しく飾り立てられる女王陛下と双つのいのちの血のつながりがないばかりか、忌み子の出産によって崩御された前女王以降、新たないのちが宿されないことを現王妃は前女王並びにロクサーヌの呪いと吹聴し、憎悪を隠されることもない。)[一章]
あなたのご令兄は今宵いらっしゃるのですか?父は招待状を届けさせたと云っていたようですが。(仕立てたドレスを認める為に歩む回廊の途中。本来ならばひとりで構わず、その方がこちらは都合が良かったのだが。しかし何分、姉はつぶさに付き人を頼りにしていたようだから。呼び付けた手前、久方振りに見上げる目線の高さを煩わしく感ずる不平は飲み下した。)[一章]
(姉はよく笑うようになった。夜ごと語られるその日の記憶は、騎士の非礼を咎めながらも、姉を取り巻く小さな世界を賑やかす彼の素行を実に可笑しそうに。実に眩しそうに。ひとつ歳を重ねていながら、まるで弟の世話を焼くほんものの"姉"のように。)[一章]
(窮屈な世界で生きて来た姉にとって、焔のような自由を象徴している騎士は鮮烈に刻まれるばかり。今まで与えられてきたどんなに価値ある宝飾品よりも、彼から渡された品々を宝物のように自室の窓枠へ並べ、光に透かして笑っていた。――彼は知らない。姉はひどく臆病で寂しがりで、静まり返った夜半にひとり繰り出すようなことはしないこと。)[一章]
(妹は姉のロクサーヌとしての生きざまを知らない。知るのはあくまで姉妹としてのすがたであって、そこに朱を慈しむこころは見当たらなかった筈なのに。――彼の為。そこでようやく、腑に落ちた。視線の伏す先、彼の持つ色の方が明度も彩度も低い。けれど姉は、選んだのだろう。焔は何より烈しい、血の色だ。)[一章]
(怪訝そうに眇めたひとみが彼を仰いでまろくなるのは、その手を明かされた時、ようやくのことだった。視線ばかり周囲へ遣っても、確かに人の気配はそこにない。遅々としたまばたきが思考の途絶を示し、――やがてまぶたは伏され、笑みを纏った吐息があふれた。まんまと罠にかかったみずからに、嘲りを浮かべるいとまもなかった。)何もいらない。……あなたが良い、(平素よりも高い踵でほんの少し底上げされた身丈でも、彼の胸許に届くか如何か。ひとかけらだけはがれた虚勢がひとりぶんの空間を埋め、彼の体躯にほんの少し、こうべを寄せた。)[一章]
………今宵のことは、もう思い出したくありません。金輪際、口にしないで。すべて忘れて。あなたはご令兄と、明日の約束さえ結んで下さればそれで良い。[一章]
おねえさまの騎士様のご令兄がいらっしゃってる。騎士様の日々の様子をお話して差し上げたら、きっとお喜びになるわ。よろしくお伝えして。(そっくりおなじすがたをしている筈なのに、矢張り姉が纏うとその紅は豪奢でありながら瑞々しく、施された装飾に負けぬ清らかさが引き立てられる。)――綺麗ね、おねえさま。薔薇の妖精みたい。(期待と羞恥が滲み、薄朱く染まった姉の頬をてのひらで包み込む。額を重ね合わせるのを最期に、妹は姉を見送った。茶会には騎士の彼は勿論として、乳母、そしてあのうら若い針子を呼ぶよう遣っている。如何か姉を取り囲む円環がうつくしい儘に保たれていますよう。妹は祈りを捧ぐことしか叶わない。)[一章]
(ただ付き人となる騎士の具合について訊ねられては真意をはかりかねて小首を傾いだ。)軽薄さは多少目に余りますが、勤勉な方かと。ただ、わざわざわたしたちの付き人に留めておかずとも、相応な任務は他にあるように思われますが。(手許に切り札を欲する姿勢は依然と変わらぬ儘。)[二章]
………どちらも変わりません。私はただ呑気に馬車に揺られるだけですから。第一線に立つのはあなたでしょう。あなたの好きにして下されば良い。(視線はしずかに伏せられ、垂れる髪がおもてを隠す。――都度その顔を見たらその度背を見送らなければならない。一度見たきりであれば終えるまでその無事を確かめられない。何れにしたって覚える揺らぎは変わりなかった。)[二章]
………大人しく、していました。――集中、出来なかった?(心細くなんかなかった。それだけ素気無く伝えて、扉を閉めてしまえば良かったのに。言葉が喉に閊えて、膝に乗る白いゆびさきを握り込んだ。)[二章]
遣いと云う程ではありませんが、折角の機会だからとは。……歓待を受けても困るだけです。あなた方が食事でもご一緒して、魔物退治の武勇伝でも聞かせて差し上げたらどうですか。その方が余程、益になりましょう。(ひとつ、清浄な水の気配をたっぷりと含んだ空気を深く吸い込み、"平素"の攻撃的で無情なロクサーヌの様相を手繰り寄せる。道中に危険と遭遇しても、負傷者を量産しても、それを宴の肥やしにしてしまうようなこころのない国の厄災を招く忌み子。)[二章]
あなたは、護られるよりも護る方を選んだんですね。[二章]
(彼のひとみを幾ら覗いたって、声音を幾ら探ったって、彼は妹に何の欠片も寄越さない。余程彼の方が王族として生きるに相応しい性根をしている。)[二章]
――……バートラム、(溢れたそれは、やわらかな声だった。喉許で林檎の花が開いたように、甘さを帯びた、彼に対する親愛と全幅の信頼をからめたような。彼を見上げるひとみもくちびるも曲線を描き、かろやかにその長躯へと駆け寄った。)おはよう、バートラム。傷の具合はどう?もう、ほんとうに痛みはない?(左の腕へ向けて差し伸べた指先。傷口に添えた手が躊躇いがちに見えたのは、その傷に触れることで彼に痛みを齎さないかとの不安に摺り替えて見えたら良い。)痛かったでしょう。ごめんなさい、わたしの為に。けれど、あなたのお蔭でわたしは救われました。怪我のひとつなく、憂いのひとつなく此処に在れるのは、あなた方の尽力があったから。昨夜のお話も素晴らしかったわ。この街の民を護る更なる発展に寄与することでしょう。ありがとう、バートラム。あなたはわたしの、掛け替えのない自慢の騎士よ。[二章]
(実際その傷が治癒していようが開いていようが、此度は彼の言葉を無条件に信じると決めていた。正真正銘の姉の代わりとなることを決めた、夜明けの時分に。――最初から、こうすれば良かったのだ。)[二章]
わたしが何れかの国に嫁ぐことになっても、バートラムが着いて来て下されば良いのに。………わたしの傍に、ずっと。(さすれば、私は。馳せた思考も取り成すような笑みに隠し、彼を見上げる。)[二章]
スタンバーグ家の爵位がもう少し早くに上がっていたら、あなたのお兄様の許へ嫁ぐ未来もあったのかしら。そうしたらこの国を出ることもなく、あなたも弟になったのに。残念。[三章]
そうね、……あちらの国に嫁いで、もし幸せになれなかったら。何れの国にも不幸を呼び寄せ、良好な縁を断ち切ってしまうことがあったなら。きっとわたしは、あなたに攫って貰えば良かったと後悔をする。そんな愚かな自分に、困っているかしら。(低くなる目線からも声音からも逃れるように、戯言めいた台詞を転がす。重ねた手をほどかんとしたならば、既にもう片方の手の甲がみずからの額に重ねられ、自嘲の名残る表情を隠していたことだろう。あんなにも固く絡まった結び目のほどき方が少しずつ見えて来るかのようで。それでいて少しずつ、みずからの境目が曖昧になるかのような心地だった。)[三章]
(――世の中には数多のいのちが存在をして、まるでわたしたちがいちばんの不幸を背負っているかのような思いもしたけれど。然しそうでもないらしい。双つ子でもなければ忌み子でもなく、五体満足な身で家柄も不足無し。だのに生を謳歌出来ない彼のような人が居る。)[三章]
――………難儀な御人、(その声音は何処か慈しむような。そんな余韻にも聞こえたのは、追憶の彼方に誰よりも近い存在の気配を感じたからやも判らない。何処へでも渡り歩いて行けそうな彼が、ひとりの兄君の存在に囚われている様が微笑ましくも不憫に思えたからやも知れなかった。)[三章]
………それでも、(重ねた手に、指先に。躊躇いがちに込められたそれは、何処か縋るような色は含んだか。困ったように微苦笑を覗かせ、暁はやわく小首を傾ぐ。)――……それでも、わたしと心中の途を選ばれますか。バートラム。[三章]
(手許に視線を伏した儘、くちびるが落とした声音はふたりきりの距離でなければきっと風に連れて行かれたであろう果敢無さで。)――……その時は、攫いに来て。あなたの命を、ロクサーヌにください。(そこに片割れが居なくとも。彼の存在は、姉の希望の光となると信じていた。)[三章]
(みずからは後幾つ彼の名を音にするだろう。後幾つ焔のひとみを、髪を、その声を、確かめることとなるだろう。詮無い思考に区切りをつけるようにひとつ瞬き、しずかに、笑みのふちをかたどった。)あなたが、騎士で良かった。(我が。ロクサーヌの。――私の。それらのいずれも音には出来ない。それが、妹の選んだ途であったから。)[三章]
(――酷い、裏切りだった。妹には姉が居れば良かった。姉だけで良かった。違えようもない最上。それなのに。思考が彼の声音を幾度もなぞり、彼の揺らぎを反芻させる。そんなみずからを、ただただ、許せなかった。)[三章]
おねえさまの花嫁姿は、誰よりも美しく愛らしいのでしょう。純白のドレスに身を包んだおねえさまをご覧になったお相手は、おねえさまのことを誰よりも大事にしたいと思って下さる筈。[四章]
お父様から先程お手紙を頂いたでしょう。お母様の縁戚がいらっしゃる街に、お父様が働き口を探して下さったみたい。お母様に良く似た孤児の私を、お父様が殊更目を掛けていたと伝えているそうよ。成人を迎えて孤児院を出なくてはならないから、最期にせめてもと居場所を与えて下さったと。王都からは離れるけれど、静かで良い街みたい。(無論、全て出鱈目な創り話だった。)[四章]
おねえさまの騎士様には既に伝えてあるの。約束もして下さった。おねえさまの心身が危ぶまれるようなら、騎士様がこれまでのようにおねえさまを救い出してくれる。(姉を中心に据えた円環が歪むことのないよう、撓むことのないよう、妹は策を練る。)[四章]
………今宵は、月見にそぐわないのではないですか。(訊かずとも知れた。姉を介したのが何よりの証左だ。――彼は遂に識ったのだろう。双つ子をいだく、この国最大の秘めごとを。)[終章]
目で見るものよりもお腹に溜まるものの方がお好きと仰っていたのに。この数月で随分こころが豊かになったんですね。[終章]
ただ、(黒衣裳に金糸が垂れる。傾いだこうべは今し方のぼり詰めた階段の影を見遣る。石段に一定の速度で打ち付けられる長い尾っぽ。此方を見上げる金色のひとみが、闇にぼんやり浮かび上がる。黒の体躯は闇に馴染み、まるで元よりこの場が棲み家であったよう。妹は細く息を吐き出し、白い靄を生み散らす。)自分の始末くらい、自分で付けられるのに。信用がないとは思ったでしょうか。[終章]
(王には似合わぬ台詞を思考で転がしていた故に、彼の惑いのない動きには思わず淡く口端が緩んだ。呼び掛けた名も、転じた話題の先へ音なく消える。)――………、……仰っている意味が、私には良く、(焦点がぼやけ、彼の輪郭を上手く捉えられなくなる。彼の背後の歪な月だけがやけに恐ろしく見えた。)[終章]
………あなたが普段傍に仕えていたのは私ではない。私は今頃、土の中で眠っている筈だった。あなたはただ、姉が持たざる苛烈さに惑わされているだけですよ。(喘ぐように息をすれば、身体の芯が冷やされるように感じる。だのにあたまの芯だけは熱に浮かされたように霞むのは、怒りとも似て非なる知らぬ感情によるものか。)[終章]
――………どう、して、(白い肌は寒さだけでない理由で以て、更に熱を失ってゆく。ロクサーヌの存在も、彼の唱える我が姫の矛先も、すべては姉に繋がるもの。だのに彼は、妹のいのちを掬い上げるかのような物云いをする。裏切られたような心地だった。未来図に描いた円環に、誰よりも期待をそそいだのは彼の存在であったのに。)[終章]
ロクサーヌが欲しいなら、数年を待って攫ったら良い。おねえさまだってあなたのことは慕っています。姉も、私も、………おなじ、でしょう、[終章]
(ふたりはひとつになれない。けれどひとつになることを希求して、ひとつになることを求められた17年。焔に灼かれるようにして、やがてころりと頬を滑ったものは、べつべつの存在であることを突き付けられた哀しみなのか、それともこころの底では誰かに認めて貰いたかったからなのか。思考は回転を放棄して、みずからに巣食う感情すらも暴けない。故に身体は熱の許へと大した抵抗もなく引き寄せられる。)[終章]
(ヴェール越しに伝わらなかった体温が、今や直に伝わる距離に在るのが我ながら信じがたかった。そういえばあの時みずからは彼が良いと口にしたのだったかと、伏したまなうらに過日を描く。他意はない心算だったが、最早みずからの感情の起点にも終点にも上手く信用が置けない 。彼を引き剥がすことも出来ず、大人しく重なる距離に甘んじていることが何よりの証左なのやも、知れない。)[終章]
(彼の手綱は終ぞ握れぬ儘、彼がそそぐ忠誠も未来永劫遠く離れた姉の許。だからこそ。)――……私の為には、死を躊躇って。私を攫うなら、あなたが死ぬ時も一緒に、(連れて行って。落ちるは囁きに似て、指先は彼の服の裾を握り込む。)[終章]
(くちびるのかたどった呼気と甘い音吐が肌を、鼓膜を、心臓を、灼こうとする。ひとみは驚きに瞠られ、睫毛がしずくの粒を弾く。姫の呼称は姉の名を呼ばぬようにみずからが強要をしたもので、だのにこんなにひどくこころに絡む、したたる蜜のような甘さは不揃いな記憶のいずれにも存在をしない。)[終章]
………私には名前なぞ必要なかったですから。これからわざわざ私を呼ぶのは、あなたくらいのものでしょう。あなたの好きに呼んで下さったら良い。だから応えられる距離に、ちゃんと居て。[終章]
あなたでなかったら、攫うことも攫われることも赦さなかった。………ちゃんと、知っていますか。(彼の言葉の真似をして、この国を、片割れを、失くす間際に問い掛ける。妹にとっては姉の存在こそ特別で、けれど光を失ったからとその欠落を彼で埋める訳ではないことは、伝わるだろうか。伝えられる、だろうか。)[終章]
(やさしい耳触りの言葉は得意ではない。けれど、たったひとりの。血の繋がりも何もない、まったく別のいきものの、彼へ。この身のすべてを懸けても、悔いはない。)他には、何もいらない。――………バートラム。あなたがいい。あなただけがいい。だから、私を、あなたのたったひとりにして。(空っぽだったはんぶんは、彼のこころでひとつに満ちる。)[終章]
(低く訥々と紡がれた言葉を咀嚼して、妹はやがて淡く呼気を漏らしていた。何処か笑みさえ含んだ、不出来を窘めるような、そんな気配を滲ませて。)それを今に云うなんて、酷く意地が悪いですね。そうなれば私はあなたを赦せなくなる。好きにするなら私は、アイリスに食べられてしまいたかったのに、――……なんて云ったら、あなたは困ってくれますか?[終章]
――……だから、あなたも好きにして。これまでのように誰かの為にではなく、あなたの為に、あなたの好きに、ちゃんと生きて。(侯爵の家を継ぐ兄弟、双つ子の呪いをいだく主従、彼を囲う円環とて決して穏やかなものばかりでない。みずからを連れる彼が何処までその自由を果たせるかは判らねど、彼のたましいがのびやかに健やかに燃えることを求めていることがひとひらでも伝われば良いと、彼の相貌を見つめていたその矢先。――吹き込まれる囁きに、周囲の音が聞こえなくなるかのようだった。)[終章]
(分厚い布地がかぶされば咄嗟にまぶたを瞑り、――ひらけた先は、見たことのない世界の、夜明けの、はじまり。)――………、………海が、見たいです。(今までの妹であったなら。彼の好きなようにだとか、何も判らないからだとか、求め得ることのむずかしさに選択権を放棄することが殆どだった。)[終章]
(相も変わらず懐く仕草は拙いけれど、唯一を赦し、無二を覚えたひとりの名を呼ばうことに、もう抵抗はしないから。)連れて行って、バートラム。(円環を越えて迎える燃えるような夜明けはきっと、あなたとだからうつくしい。)[終章]
(以前に一度、姉の付き人たる騎士と廻り会った時には大層驚いたものだった。上手くその場を切り抜けられたか自信はなかったが、その夜以降姉から言及されることもなかったから、彼が特別疑問視していないのか、或いは、姉がその胸に秘めているのか。軽薄な振る舞いをしながらも、曰く付きとは云え、王族として庇護される対象となる娘に宛がわれるだけの才は認めなければならない。)[フリー]
(最愛のフロガ)[エピローグ]
(姉に語った創り話を少しでもまことのものとする為に、妹の無事が確かめられる手段としてはこれくらいしか浮かばなかった。姉が1つ歳を重ねる度に届けられることとなる手紙の送り手の名は、敢えて記さぬ儘。)[エピローグ]
(もし、傍らに彼の体熱があったなら。その懐に潜り込むように更に身体をちいさくまるめ、囁くようにその名をこぼしたことだろう。)[エピローグ]
そういえば、云い忘れていましたが。[エピローグ]
あんたがオレの手綱を取れるかどうか次第だ。