(花のように、移ろう世界を謳歌できたなら。)
(一介の騎士が騎士団長から呼び出されるとなれば、大体は悪い話を予想する。先日の魔物討伐時、部隊を離れて単独で魔物を追いかけてしまった始末書はきちんと出したはず。何度も繰り返してしまう悪癖に、団長直々のお叱りを受けるのだろうか。それぐらいしか思い当たる節がないぐらいには、真面目に務めているつもりだった。そして言い渡された新たな任に、ゆるく首を傾げた。)末の姫様の付き人ですか。……差し出がましいようですが、私で良いのですか?(少しばかり視線を落としながら、当然の疑問を投げかける。己の出自は団長も知るところであるが、上からの特命だと渋い顔で言われてしまえば、それ以上は何も聞けなかった。――数日後。サロンでまみえた末の姫は人当たりが良く、優しい印象を受け、内心ほっとした。風変りと聞いていたが所詮、噂は噂か。幾ばくか軽くなった心境と足取りで、翌日には呼び出される前に姫君の元へと向かう。季節を問わず長袖の制服に、城内で扱うに困らない長さのサーベルを携えて、一目で騎士と分かる出で立ちだ。特定の誰かの付き人になったことは今まで一度もなく、王城内の警備経験もあまり多くない。向かう途中で見かけた中庭に入っていったのは、今後の参考に様子を見ておこうと思ったからだった。さすが王城と言うべきか、季節の花たちが咲いているというのに、この光景が当たり前になってしまった人々からは目を向けられず、ひと気は無いに等しい。)勿体ないですね、街の子供たちが見たら大喜びするでしょうに。(あまりの静かな雰囲気に、つい独り言を呟いてしまった。庭の観察がてら美しい花たちに目を向けていた折、小さな人影を見つけて歩み寄っていく。)姫様、こちらにいらっしゃいましたか。ご機嫌いかがでしょうか。(不意に声を掛けてしまうのだから驚かせてしまわないよう、控えめで優しい声を心がけた。姫から二、三歩離れた位置で片膝を付いて跪く。昨日に顔を合わせたばかりであり、いくら深くお辞儀したとしても礼を欠いてしまうと思われたのだ。)本日より誠心誠意、お仕えいたします。どんな些細なことでも、何なりとお申し付けください。(首を垂れたまま、改めての挨拶は宣誓めいている。姫から何かしら声が掛かったなら、そこでようやく顔を上げるつもりで。)
* 2022/10/16 (Sun) 00:11 * No.1
(王城の片隅、白い柱が並ぶ回廊に囲まれた中庭は、アナスタシアがよく一人で訪れる場所だった。自室からやや外れた場所に位置するこの一帯は使われていない部屋ばかりで、用のある者は多くない。僅かに行き来する使用人も、ただの通り道として過ぎていく。忘れ去られたかのような空間。柱には蔓が巻き付き、空き室のバルコニーからは季節の花々が垂れ、見渡す限りに草花が満ちている。人目を遠ざけるように木々は生い茂り、背の高い植物に視界が遮られて紛れていただろうに、どうして見つけられたのだろう。聞き馴染みのない声を耳に捉えて、アナスタシアは振り返る。布地を惜しみなく使われた裾が、空気を含んで軽やかに翻った。)……ご機嫌よう、とっても元気よ! 元気すぎて、部屋からここまで走って来てしまったくらい。残念だけど王城を観光地にする気はないから、みんなには内緒にしておいてね。(探していたかのような口振りに身を強張らせながら、調子を問うてくる言葉に努めて明るく返せたのは、きっと優しげな声色のお陰。一体何の用だと内心身構える中、突然の片膝をつく行動にはきょとんと呆気にとられてしまう。)絵本から出てきた騎士みたい。(口にしながら馬鹿みたいに幼稚な表現だと思った。だけど、心からの言葉だった。城内を警備する騎士と挨拶を交わすことはあれど、面と向かって跪かれたことなどない。四角く切り取られた空からは穏やかな春の陽射しが降り注ぎ、温かな色合いの髪が煌めいて見えるようだった。)ご丁寧にありがとう、でいいのかしら。今のところ思い当たる節はないけれど、怪しい人を見掛けたら、貴方に報告すればいいってこと?(一拍置いて尋ねるのは、申し付けてほしいという内容。アナスタシアは目の前の男を、警備に熱心で挨拶回りに来た新人騎士だと認識していた。付き人としての宣誓だとは夢にも思わない。ふたりを一人に見せかけるならば共有されて然るべき情報を、妹の方は一切耳にしていなかった。)
* 2022/10/16 (Sun) 14:33 * No.10
(完璧に人の手が入れられた庭は確かに美しいが、この野趣に富んだ中庭は不思議な魅力があった。伸びやかな草花たちは、春の歓びを謳っているよう。見慣れない高さのある植物は大変興味深く、またお世辞にも視界が良いと言えないため身を隠すに適した場所であろう。知らずのうち注意深く探るような目をあちこちに向けていたのが、たまたま姫を見つけたに過ぎない。しかしながら、この庭で美しいものはどうしたって目立つのだ。翻された裾は蝶が飛ぶようにも、花が舞うようにも思えた。)姫様がお元気そうで何よりです。おや、聞かれてしまいましたか。これは失礼いたしました。(先の軽率な発言を恥じつつ、軽い一礼と共に謝罪する。麗らかな陽気の下で姫の声を待ち、耳をくすぐる素朴な言葉に口元が緩んだ。締まりない表情をどうにか整えて、ゆっくりと顔を上げる。)お褒めに預かり光栄です。(心からの言葉であったが、月並みの返事になってしまうのは致し方ない。跪いた姿勢を維持したまま、姫を眩しいもののように見上げていた。確認するような問いかけには、一度深く頷き返す。)おっしゃる通りです。怪しい人物がいないに越したことはありませんが、王城は人の出入りが多いのもまた事実。お気づきの際はご遠慮なく。私の名はエリック・フォンディライト、どうぞエリックとお呼びください。(己が胸元に手を添えて申し出るが謙虚さを忘れずに、姫へ委ねる形をとった。己にとってはたったひとりの守るべき姫であっても、姫からすれば己など沢山いる騎士のひとりに過ぎないことは重々承知している。ならば名を覚えてもらうのが先決であり、二度目の名乗りも厭わない。)姫様は、この中庭によくいらっしゃるのですか? もしそうであれば、虫よけのハーブを用意したほうが良いかと思いまして。(いかがでしょう、とやんわり問うた。)
* 2022/10/16 (Sun) 22:22 * No.19
(ゆっくりと顕わになるかんばせを眺めていれば、急激に恥ずかしいことを言ってしまったような気がして、後ろ手を組んで誤魔化しにかかる。問い掛けに説明するだけさせて「気が向いたら報告するわ。」なんて軽口を叩いて、けれど告げられる名にはしっかりと耳を傾けた。多くの騎士がいる中で、義務感に駆られず覚えることができる、ただひとりの名前となるのだろう。)エリック・フォンディライト。エリックさんと呼ばせてもらうわね。聞いてると思うけれど、私はアナスタシア・キュクロス。キュクロス王家の末娘よ。(確かめるように響きを繰り返し、真っ直ぐに目を見つめて名乗りを返す。妹の姫にとって初めましての挨拶は、騎士にとって覚えがあったに違いない。姿形は勿論のこと、一言一句、憧れに輝かせる瞳も同じ。姉のように「これからよろしくね。」と最後に結ばないことだけが、唯一の明確な違いだった。)――そうね。ここにはよく来るし、ハーブが虫よけになるのは興味あるわ。でもその前に、もっと重要な問題があると思うの。(真剣な面持ちで逡巡。口を開きかけて一度閉じ、たっぷり時間を掛けて躊躇って、考える時間もあった筈なのに、結局は眉を吊り上げ勢いに任せてしまう。)ねぇ、もしかして「お立ちになって」って言わないといけない? 騎士様って、一度跪いたら許可がないと立てなかったりする? それとも頭が高いって怒られたことでもあるの?(先は騎士らしい振舞いを褒めた口で非難めいたことを連ねながら、地に付く片膝へ視線を落とす。)立つのが嫌なら、座るところもあるけれど……。(徐々に語尾はすぼまり、頼りなく指差すのはガーデンアーチを一つ超えた先。レンガの小路を少し辿れば、誂え向きにもテーブルと2脚の椅子が置かれたスペースがある。まるで招き入れているかのようで、気が落ち着かなかった。)
* 2022/10/18 (Tue) 03:53 * No.41
(昨日をなぞるような姫の挨拶は、二度目の名乗りが不要であったと窘められているようにも聞こえる。しかしながら、己に合わせて初対面の再演をしてくれているようでもあった。向けられた輝く瞳に混じり気がないのは明らかであり、姫の厚意と受け取ろう。孤児院や騎士団では呼び捨てされることが常であったため、敬称を付けられた響きの新鮮さに胸が震え、添えていた手をたまらず握った。)はい、存じております。アナスタシア様、私はあなたの剣となり盾となりましょう。(こちらは昨日と同じ口上で締めくくったが、問題があると穏やかではない言葉が降ってくれば、体中の動きが一瞬止まった。落ちる無音の間、体を固くして次の言葉を待つ。ここへ至るまでの言動や、ほかに配慮すべき点がなかったか考えるがどれも重要という程ではないように思え、やがて可愛らしく眉を吊り上げた姫の姿に全てを覚悟した。だが、思いもよらぬ問いかけの数々に、きつく引き結んだ口元がほころびる。)……いいえ。姫様を前にして、お恥ずかしながら緊張しています。お気遣いに感謝いたします。(立ち上がりざま地に付けていたほうの膝から下を撫でやるように手をかざせば、土埃のない姿で相対するだろう。姫の目前で衣服をはたくのが憚られたため微弱な風の魔法を使ったが、やろうと思えば子供でもできる簡単なものである。指差された方向を一瞥したのち、節くれだった武骨な手を恭しく差し出した。)本日は私を虫よけとしてお使いください。姫様が内緒とおっしゃる庭の魅力を、ぜひ拝見したいです。(不慣れな中庭であるが歩いていけばおのずと分かるだろうと思い、先導の役目を賜りたい所存である。手を取ってもらえたならば幸いであるし、遠慮されてしまったならばそのままさりげなく礼を取るだろう。そうしてガーデンアーチをくぐり、小路をたどる歩調はゆったりと、姫に合わせつつも庭の散策を楽しんでいる風であった。)こうして姫様が目を向けてくださっているなら、庭師は仕事の遣り甲斐があるでしょうね。花は人目を引くために咲くわけではありませんが、私が彼らなら姫様に認められて誇らしいと思います。(何気ない世間話に少しだけ本心を混ぜながら、見えてきたスペースに汚れや危険が無いのを確かめたのち、姫を椅子へと案内しよう。)姫様はこの庭の他に、お好きなものはありますか? 差し支えなければ、姫様のことを知った上でお役に立ちたいのです。
* 2022/10/18 (Tue) 16:55 * No.46
(アナスタシアが悩んでいる間、騎士に動揺を与えていたとは露知らず、ようやく様子を伺えたのは彼が立ち上がった時。つられるように視線を上げれば、何事もなかったかのように姿を整えていて、一つ一つの動作が様になってるなぁと、感心すら覚えていた。)虫よけでエスコートって、ふふ。さすがに過保護すぎるわ。エリックさんってもしかしなくてもお世話好きでしょう。さぞ“街の子供たち”から好かれていることでしょうね。(おかしそうに笑って、“城の子供”になったつもりになれば、差し出された手に躊躇なく手を重ねる。季節が一巡りもしない内に成人を迎える身。子供と称するには微妙な年頃であれど、背丈相応の細っこい指に免じてもらおう。)手、意外とゴツゴツしてるのね。所作が綺麗だから気づかなかったわ。(手を握りしめてみるのは、緊張しているという言葉に悪戯心が芽生えたせい。先導は任せながら、あの花が見頃だとか、鉢植えの隙間にマンドラゴラの置物が隠されているだとか、時折引き留めて紹介を挟んでいく。)――さてどうかしら。もしかしたら庭師も思っているかもしれないわよ。街の子供たちに見せてあげられたら、って。(花の名前すらろくに知らぬ素人による短い観光ツアーの果て、たどり着いた先は中庭の端にほど近いところ。バルコニーからぶら下げられたプランターの花々が、近くで見られることだろう。白塗りのテーブルと、アイアンチェアが2脚。野晒しでありながら錆びつくことなく、害をなすものもない筈だ。案内されるがままに席へと着いて、向かいの椅子を勧めようかとした矢先。“お役に立ちたい”その言葉に、わざとらしく目を瞬かせる。そんなこと言われるとは思いませんでしたと言わんばかりに。礼儀や言葉を尽くす騎士を前にして、白々しいまでの反応だった。)エリックさんは、どうして役に立ちたいと思うの? 返答次第で教えてあげる。
* 2022/10/19 (Wed) 22:53 * No.63
(細く小さな手を賜ることが叶い安堵したのも束の間、手元の感覚が伝わって胸がきゅっと締めつけられた。表情こそ崩さなかったものの、増える瞬きが動揺を物語っている。)素手で武器を持たないと落ち着かない性分でして、……お見苦しいようであれば明日からは手袋を付けて参ります。(むしろそうすべきであったかとの反省もあり、もてあそばれているとは考え及ばなかった。件の庭師は今頃くしゃみをしているかもしれない。姫に庭を紹介される贅沢なひとときを過ごし、装飾細工の凝らされたアイアンチェアは姫によく似合っていた。己はもう一脚に座るべきか否か。過った迷いは鋭い問いかけに上書きされ、姫の傍らで立ち尽くす。)お上から姫様の付き人を命じられましたので、快適にお過ごしいただけるよう務めるのが私の役目――といった模範解答では、ご満足いただけないのでしょうね。(相手が姫君でなければ、肩をすくめてみせただろう。懐疑の色が見える姫の美しい瞳は、庭を取り巻く緑よりも、川の深いところを速く流れる水に似ている気がした。諦めと敬服の念を抱きながら申し開く。)姫様がおっしゃる通り、私は世話好きなのかもしれません。誰かのお役に立てたとき、私は私が生きていると実感できます。何も成さない私には、何の価値もありませんし……ただ息をしているだけの置物にはなりたくない、というのが正直な気持ちです。(差し障りない言葉で固めたとしても、姫の目は誤魔化せないだろうと感覚が訴えていたため、僅かな本音を恐る恐る引き出しては困ったように苦笑する。絵本から出てきた騎士みたいな振る舞いが在りのままの姿ではないと自白したに等しいが、幻滅されるならば早いほうがお互いのためだとも思われた。)……浅ましいと軽蔑なさったことでしょう。ですが、私は他の生き方を知りません。どうかお許しください。(謝ることしかできず、深々と頭を垂れる。)
* 2022/10/20 (Thu) 17:40 * No.73
強そうでいいんじゃない。慣れないことをして手から武器がすっぽ抜けても大変よ。(特にこだわりはないから返事はおざなり。多少なりとも動揺させられた様子に満足して、あとは比較的大人しく手を引かれていたことだろう。そうして、案内された椅子に横座りになって、両の手のひらを膝に添え、姉ならばこんな懺悔のような真似をさせないのだろうなと後悔していた。黙って話を聞き届けた後の一声は、「どうぞお掛けになって。」というもの。指先を揃えた手のひらで席を示す。座っても、座らなくても、話の内容を心のなかで反復して、なにを言うべきかを探していた。)ごめんなさい、意地悪な質問してしまったかしら。時に命を賭して民を守り、国のために働く騎士様だもの。どんな形であれ人の役に立ちたいと思える心根は、きっと貴ばれるべきものよ。(騎士がこんなにも己を曝け出しているというのに、姉が言いそうな上っ面の台詞ばかり。でもきっと、本当に貴ばれるべきなのだろう。目の前の騎士が人間性を帯びた今も、美しいものに見える。)でもやっぱり好きなものは教えてあげない。気が向いたら見つけてみて。(ちっとも悪びれずに断れど、瞳に悪意はなく、穏やかな色を湛える。今日この日のように見つけてくれたらいいなと思ったから。)――ところでねぇ、訊きたいことがあったのだけれど。(思うところがあれば話を聞いただろうし、或いは痺れを切らして突然話し始めたかもしれない。話の途中だったから横に置いておいたけれど、聞き流してはいけないことを聞いた気がした。)付き人って……、(何の話、と続けようとして、思いとどまる。知らない話は大体が姉のこと。経験則が囁いてくる。騎士の忠誠を捧げるかのような言葉や態度の数々が、今になって違和感を形作り、駆け上がる嫌な予感に身を戦慄かせた。)……エリックさん。今日は、なんで私を、探しに来たんだっけ。(確かめるように、絞り出すように、騎士と遭遇した当初に抱いた疑問を口にする。表情がうまく取り繕えなくて、頭を俯かせる。考えれば考えるほど具合が悪くなってくる。この人、姉の騎士なんじゃないの。)
* 2022/10/21 (Fri) 06:11 * No.81
(強そうでいいと単純明快な意見に面映ゆさを滲ませながら、姫の理解を得られたならば明日からも引き続き素手をさらしていくだろう。着席をうながされ、対の椅子へ大人しく腰掛けた。背筋は伸びているが、叱られる前の子供のような情けない面持ちであったかもしれず。見上げるでなく見下ろすでなく、ほぼ水平に近くなった目線を逸らさず姫へ向けるのは、せめて示せる誠実さであった。)姫様は何も悪くありません。寛大なお心遣い、痛み入ります。(否定も肯定もない代わりに、一定の理解を示されたのは救いのようにも感じられる。姫なりの温情であろうと受け止め、穏やかな瞳に誘われて表情を和らげた。気が向いたらなど、とんでもない。)命を受けたときから、私の最上は姫様ですよ。(心のままに、するりと口を利いた。またいつ突然、解任されるかも分からぬ身なれば、姫から与えられた試練に全力で臨まなければと密かに思う。)――はい、いかがなさいましたか。(姫の話に耳を傾け、途切れてもなお静かに待ち続けた。やがて少しずつ繋がれていく言葉を拾い上げていく中、俯いていく姫の様子が気掛かりであったけれど、聞かれたことにはまず答えるべきかと判断する。)昨日は簡単な挨拶のみでしたので、今日はお呼びが掛かる前にお伺いした次第です。どなたかに姫様を探すよう命じられたのではありません、どうかご安心ください。(王室の内情はさっぱりであるが、折り合いの悪い兄弟でもいるのだろうか。あらぬ心配を巡らせつつ上着の内ポケットからあるものを取り出して、姫の視界に入るようにテーブルへそっと置いた。)食べると元気になれるハニーキャンディです、甘いものが苦手でなければどうぞ。(朗々と告げるが、まあるい玉を簡素な紙で包んだだけの、何の変哲もない蜂蜜飴である。あるときは警備中の休憩に、あるときは街の子供たちにあげるために、飴玉を持ち歩く習慣があった。姫を子供扱いしたつもりはなく、先程までの元気な姿を見せてほしいという願いを込めて。)
* 2022/10/21 (Fri) 20:08 * No.89
(姉は人と話すとき、目を見つめる。だから、騎士の面持ちははっきりと目に映った。)――さいじょう。(意味はわかるけれど、ピンと来なくて首を傾げる。唇を開きかけて、また余計なことを言いそうだったから黙って頷くに留めた。わざわざ穏やかな空気を壊したい気持ちもない。けれど、やっぱり余計なことを訊いてしまったようだった。昨日。簡単な挨拶。どう考えたって姉を指している。この感情は、不安なのだろうか。ぐるぐると考えが巡って、唇を噛みしめる。訊いておいて返事が思い浮かばなくて、黙り込み俯く視界に、節くれだった大きな手が映り込んだ。――飴?)……さっきまでしょぼくれてたのに、よく人を気遣えるわね。甘いものは、嫌いじゃないわ。(のろのろと顔を僅かに上げて、呆れたように笑ってしまう。憎まれ口に近いことを言いながらも、その声に棘は含まれず、そっと飴玉を受け取ろう。包みからまあるい飴玉を摘み上げ、陽の光に透かし見れば柔らかな輝きを灯し、彼の瞳によく似ている気がした。ちらと顔を伺って、口腔を優しい味に満たす。)私、やらないといけないことができたから戻るね。飴、ありがとう。(飴が溶け切った頃にはいつも通りの晴れやかな笑みを浮かべ、言い終えるなり返事すら待たずに廻廊へと走り去る。これ以上居ると襤褸が出そうだった。)

お姉様、お話したいことがあるのだけれど。(自室と地続きになった扉を叩けば、己とそっくりな顔が勢いよく飛び込んできて、今朝に顔を合わせるなり逃走したことへの文句から始まり、訊くまでもなく付き人について瞳を輝かせ語りだす。もしも彼がただの新人騎士だったのなら、今日この日の出来事を秘密にできたのだろうか。付き人となる以上今後を考えれば、話したことも、見た光景も、彼の心のうちも、すべてを詳らかにする他なかった。「元気を出して。エリックさんは、貴女の騎士でもあるのよ。」自明の理だと言わんばかりに告げる姉が、憎くて仕方がない。花のように、心も美しく移ろえたなら良かったのに。あの中庭には二度と行くまい。)
* 2022/10/23 (Sun) 19:48 * No.96
(最上を噛み砕いて言うならば、何よりも大切にすべきものである。己自身よりも優先すべきものでもあり、気遣うのは当然の流れであると自負していた。しょぼくれていたと言われるのは気恥ずかしくもあるが、どんな形であれ姫が笑ってくれたなら、己にとってそれ以上はないのだ。姫の遠回りな言葉たちは、声色から拒みや厭いがないのであればじきに慣れるであろう。)お嫌いでなければ、それは何よりです。(好き、ではなかったのは少し残念だったが顔には出さず、僅かに向けられた視線には微笑みを返した。王室へ召し上げられる上質な蜂蜜の味には及ばないだろうが、よく言えば素朴な味がしたはずだ。)かしこまりました、後程お部屋へ(お伺いします、と続けたが恐らく姫には届かなかった。追いかけてでも付き添うのが己の役割なのだろうが、あの勢いでは付いてこないでと言われたも同然だ。そんな姫の意に沿うのであれば、今はこの場で留まるのが最良か。早速暇になってしまったが、悠長に日向ぼっこをするわけにもいくまい。空になった対の席へ名残惜しげな目を向け、暫くしてからその場を後にする。王城内の通路や各部屋を改めて把握すると共に、騎士による警備範囲を再確認し、それから姫直属の使用人たちにも今日の挨拶をしておこうか。付き人として不足ない働きが出来るように、やるべきことは山ほどあった。明日の姫の心模様や如何に――。)
* 2022/10/23 (Sun) 21:30 * No.97