(金風の行方を探して。)
(まるで夢でも見ているかのような心地だった。騎士団長から直々に下された命令の唐突さ、戸惑う当事者を置いてきぼりに着々と進んでいく準備。王族の傍に侍るなど騎士にとっては最高の名誉に違いないが、一段どころか二段三段飛ばしての昇進ともなれば流石に疑問の方を強く覚えてしまう。加えて仕える相手がかの末姫だということも信じがたい。かつて見た金と蒼に彩られたまなざしを思い描いては、忠心との合間に揺れ動く情動を打ち消すのを繰り返し。実感が湧かぬまま任につく日を迎えたのだけれど。)……――はぁ、(周囲に人の気配が少ないのをこれ幸いと、重たげな溜息を吐き出す少年の姿はその日、城の周囲を渡る回廊の一角にあった。昨日の姫との初対面では緊張のあまり跪いたまま碌に顔も上げられず、受け答えも最低限しか出来なかったのだ。相手の声音を聞く限りは穏やかな印象だったし、もとより堂に入った振る舞いは無理だと分かっているものの、これではあまりにも付き人として頼りない。汚名返上。信頼回復。そのために姫への取次ぎを願いに来たのだが、侍女に所在を尋ねても不明瞭な返答しか得られないのはどういうわけだろうか。日を改めるという選択肢もあったのだが、どうせならばと自分の足で探す旨を伝え、歩き回ること数刻。)…………いらっしゃらないな。(私室、サロン、ホール、図書室。思いつく限りの場所が空振りに終わり、さてどうしようかと瞼を伏せる。思えば己は姫君のことなど何も知らないのだから、闇雲に探したところで見つかるはずないのかもしれない。改めてそのことに気づけば、仮にも姫付きの任を与えられた騎士としてひどく至らぬような気がして、規則正しく歩みを進めていた靴先をゆっくりと止める。物思いに沈むような視線はそのまま外へと向け、)姫は何をお好きで……何を、お考えになっているのだろう。(回廊から臨む庭園はほんの少し前まで盛夏の華やぎに溢れていたはずなのに、今では木々が魔法のように色づき、季節は緩やかに移ろい始めている。その証明のように一匹の栗鼠が木の実を抱えて茂みの向こうから現れたなら、なんとなしに動向を見守ってしまっていた。)
* 2022/10/16 (Sun) 02:08 * No.3
(恥ずかしがり屋の姉が「シャイな御方」と称した、うら若い騎士。加えて叙任式を終えたばかりの未成年となれば、さぞ初々しい少年に違いないと微笑ましくなった。物事は深く考えないに限る。唐突な騎士の登用。顔合わせの「アメリア」として指名された姉。政略結婚の是非を問うた乳母。種蒔きの行方を想像してはいけない。賢さは時に幸福を逃す。表面だけを撫ぜるべきなのだ。ただ与えられたものを甘受していればいい。――本日の装いはクラシカルなロングドレス。悪目立ちする金髪はシニヨンバレッタで隠蔽し、瓶底めがねを装着すれば下級侍女の出来上がりである。今日も今日とて脱走劇に励むべく、姉に手を振り部屋を出た。人々は「半分の姫」に興味はあっても、ありふれた金髪碧眼の少女になど目もくれない。古びた魔導書を小脇に抱え、しおらしく回廊の端っこを歩む侍女に声を掛ける者などいなかった。かくして邂逅した、重い嘆息。甘やかな美貌に不釣り合いな憂いが、偽りの侍女を誘った。騎士たる彼には容易く気取られたかもしれないが、奇しくも耳にした「姫」の単語に返事を試みるつもりだったから、いずれにせよ悪戯っぽい笑みが浮かぶのみだ。)末の姫であれば、冒険譚や英雄譚が好きですよ。いま考えていることは、きみの瞳が紫水晶にそっくりで、とても綺麗だなということです。(ほど近い場所で煌めく紫水晶を、まっすぐに見据える。清廉な美しさは蒼を縫い止め、その軌跡を辿らせた。移ろいゆく彩りの中、栗鼠が木の実探しに奔走する姿を認めるなり、ぱっと輝いた瞳。庭園へ向かうべく右足を踏み出したところで、ふと振り返る。)きみも来ますか?(首を傾げる。顎先で行き先を指し示してから、分厚い魔導書を抱え直した。)書庫番のヨハンから頂戴したのです。ここに記された魔法陣を描けば、動物と話せるそうですよ。おもしろそうでしょう?(素性を述べるつもりも、尋ねるつもりもなかった。ただ、その紫水晶の選択を知りたいだけ。爽やかな金風が彼に向かう。)どうしますか?きみの判断に委ねます。
* 2022/10/16 (Sun) 12:10 * No.8
(さやさやと吹き抜ける秋の風が、頬をくすぐって悪戯に通り過ぎてゆく。先触れに予感めいた何かを感じたのは、日頃の修練の賜物か、あるいはただの偶然か。いずれにせよ乱れた髪を直そうとする所作で奥へと向かった視線は、前方からやってくるひとりの侍女の姿を捉えていた。違和感に気づいたのは道を譲ろうとした時だ。いくら慎ましい装いで景色に溶け込んでいるとはいえ、差し向けられる笑みとレンズの向こうの蒼を見紛うはずなどない。)!? ひっ――(思わず口唇から迸ったのは悲鳴ではなく「姫」の呼びかけの一文字目。自ら口元を覆い、強引に二文字目を封じた結果がこれだ。民に危害を与える魔獣ならともなく、ささやかな営みに勤しむ小動物を怯えさせたくない一心での行動だったが、栗鼠は動きを止め今にも逃げ出さんとしているので無意味だったかもしれない。そうこうしている内に膝を折る間もなく近づいてきた麗しの姫君は、身なり通り実に奔放なことを言うものだから、独り言を聞かれていた羞恥心も相俟って顔に熱がのぼる。)……綺麗と言うべきは姫の瞳の方だと思います。晴れ渡る空よりも澄んでいて、僕はこういった色をふたつと知りません。勿論、お褒めいただけることは身に余る光栄なのですが……。(躊躇うよう揺れる紫水晶は口を慎むべきか迷った証。礼儀通りの世辞ではなく本心からの言葉では胸の内を見透かされまいかと戦々恐々としながら、次いだ問いかけに弾かれたように顔を上げる。好きなものは冒険譚と英雄譚。小脇に抱えた魔導書と、庭に出る気満々の右足。なるほど、巷で囁かれる噂の原因はこれかと合点して、腰に佩いた剣の柄頭を軽く撫ぜる。逡巡はひとときだ。)では、お供いたします。どことなりともご随意に。(主の意志を汲み、その身に危機が迫れば守り通すのが騎士のつとめ。互いに顔合わせを済ませている以上、職務の遂行に不都合はないと意識を切り替えたなら、先んじて回廊から降り立ち、僅かな段差にも躓かぬよう手を差し伸べる。)…それにしても、姫はその魔法陣が成功したとして、動物相手にいったい何を話されるおつもりなのですか?(おもしろそうだと目を輝かす心に、一抹の興味を覚えながら。)
* 2022/10/16 (Sun) 19:58 * No.15
(独白への回答は、図らずも紫水晶の瞠目を誘ったらしい。葬られた二文字目の目算は立つ一方で、悲鳴めいた音の可笑しさもまた事実。つい笑声が転がった。)あはは、かわいい。すみません、驚かせてしまいましたね。(大仰に肩を竦めながら、差した紅を冷えた蒼が映し入れる。もうすっかり夏の星影も遠くなった。日ごと彩りを変えゆく初秋の木々と同じように、豊かに移ろう彼の表情はアメリアの関心をくすぐるばかりだ。)ありがとう。そんなにも詩的に表現していただいたのは初めてです。母に感謝せねばなりませんね。(きっと昨日のアメリアであれば、淑やかに恥じ入ったろうに。生憎と本日のアメリアは彼の文才に驚嘆するばかりで、今は亡き正妃に感謝するに至った。肖像画でしか知らない母が果たして本当に同じ色を宿していたのか、答え合わせの機会は永遠に喪われているわけだけれど。故人はさて置いて、この世界には同じ蒼がふたつある。真実を秘めた微笑みがまたひとつ、透明な罪を重ねた。差し伸べられた手に揃えた指先を預けながら、彼に付する寸評は親切な騎士。ただその一言に尽きる。双子の共有事項はひどく曖昧で、半分の謗りも当然と言える杜撰さであるからして、まさか彼が件の騎士とは思いもしない。彼が口にした「姫」は誰なのだろうと、頓珍漢な思索を巡らせる始末だった。)それはもちろん、彼らの冒険譚を乞いますよ。小さな彼らから見る世界はどんなものなのか、知りたいとは思いませんか?(無事庭園に降り立ち、口ずさむように唱えた静音の魔法はふたりの靴音を奪う。)あわよくば、私のあずかり知らぬ抜け道を知る機会になればと期待しています。(ご機嫌なアルトをそのままに、前触れもなく立ち止まる。悪戯めいた蒼が、紫水晶を見つめた。)栗鼠は嵐を予知する力があるそうですよ。きみは嵐の騎士なのか、夕凪の騎士なのか、どちらなのでしょうね。(それは言外の「栗鼠を捕まえなさい」である。戯れの微笑みは、すっかり固まったままの栗鼠と彼とに向けられた。頃合いを見て「冗談ですよ」と笑うつもり。)
* 2022/10/16 (Sun) 23:24 * No.22
(一片の重みすら感じさせない、軽やかな笑い声だと思った。己が抱えた憂いや驚愕を他愛もない一言で吹き飛ばし、そのくせ謝罪は律儀に添えるのだから、文句すら出てこない。憎めないとはこういう人のことを言うのだろうなと頭の片隅で考えて、緩く頭を振るのは否定の意。実際の気安さはどうあれ、間違いなく雲の上の人なのだから。)いえ、不躾な態度にて失礼しました。昨日お会いした時点ではこういったご趣味をお持ちとは夢にも思わなかったものですから…。次回以降の訪問は、出来る限り取次ぎを介して行わせていただきます。(ほんの一日前とでまったく異なる印象が、気にならないと言えば嘘になる。だが大方、公私の振れ幅が激しいのだろうと結論付けて、せめてもの配慮で言い添えたのだが、)っ!……差し出がましいことを申しました。忘れてください。(母と語る言葉に目を見張って、直後に失言だったと後悔する。複雑な出生の真相。ふたつの蒼の上澄みすらも掬い取れない騎士の身なれど、亡くした肉親を思い出させるつもりがなかったのは確かで、赤かった顔を青く変えては身を縮める。姫君を前にするとどうにも上手く立ち回れないのは、少なからず浮ついている部分があるからだろうか。未熟さが生む焦りの中、歌うように未知を語るアルトだけが静けさに染み入るようだ。)確かに、小さな生き物にとってはこの庭園だけでも広大の世界なのかもしれません。でも僕としては、姫が抜け道をどのような目的で使うおつもりなのか、そちらの方が気になるところではあります。(護衛としてそこは由々しき点なので聞き流せないなと。少しばかり眉を寄せ問い詰めようとしたところで目と目が合い、一種の謎掛けめいた要求を向けられる。戸惑いがちに瞳を瞬かせて、これは試されているのか貴人の気まぐれかと、考え込んだところできっと意味はない。姫君が撤回するより前に栗鼠を視界に入れたなら。)嵐でも夕凪でも。主君の所望する通りの騎士であれたなら、それで。(答えの代わりに告げ、唱え始めるのは眠りの呪文。靴音が消えているので栗鼠との距離を詰めるのは容易く、捕まえることだってそう難しくもなさそうだが、ほんの少し憐れむ気持ちがないわけでもない。だからといって仕える相手の命令は絶対だと――詠唱の最後を口にしようとしたところで、突如横手から割り込んでくるもう一匹。それに反応して固まっていた方も顔を上げ、あっと言う間もなく揃って駆け去ってしまった。残された側はただ見送ることしか出来ず。)…………追いかけましょうか?(一先ず、判断を仰ごうと困惑気味に振り返る。)
* 2022/10/17 (Mon) 21:47 * No.32
昨日?(蒼い水面へ落ちた一滴が、静かに波紋を広げてゆく。昨日は自室から出ていない。なぜなら姉がアメリアを務めたから。無造作に散らばる鍵から導いた仮定は確信めいていた。)……なるほど。そうですか、きみが。(まじまじと彼を見つめる。謁見の始終、決して頭を上げなかった騎士が彼であるのなら、あの可愛らしい反応を不躾と題するのも頷ける。なればこそ、いま告げるべきは。)さみしいことを言うのですね。きみの言葉を借りるなら、不躾なきみの方が私は好きですよ。ケヴィン・アーデン。(口にして、美しい名だと思った。世界でただ一人、彼だけを表す音韻がすこしだけ羨ましい。アメリアは姉の名だ。母の胎で死した双子の妹に名などない。愚かしい憧憬が翳りを落とそうとして、小動物よろしく萎縮した彼の様子に破顔した。)きみは百面相ですね。そう気になさらずに。私も余計なことを言ってしまいました。でも、本当に嬉しかったのですよ。これ以上ない殺し文句でした。(偲ぶための思い出すらない実母は、一頁目だけに登場する脇役に等しい。彼女の命と引き換えに享けた生にさえ、感謝のひとつも捧げていない冷血ぶりだ。そんな自分自身に誰より辟易しているからこそ、あたたかな心遣いをくれる彼が眩しかった。)これはこれは、藪蛇でしたね。差し出がましいことを申しました。忘れてください。(意図的に転写された言葉たち。謙虚な輪郭に反して、おどけたアルトが躍る。戯れの不実を転がすくらいには、彼の人となりを好ましく感じていた。眠りの呪文を選んだセンスも称賛に値する。しかし、寸でのところで逃げ果せた二匹の栗鼠は全くの予想外だった。)……――っふ、(淡い呼気がこぼれる。なけなしの気品で口許に手を添えたけれど、困惑の紫水晶を認めてしまえば、こみ上がる衝動を抑えられるはずもなかった。)あはは!いやあ、すごいな。嵐の騎士ならぬ、嵐の栗鼠の御登場とは。(からからと笑うさまは、礼儀作法を忘れた少女然としたものだ。微笑ましい一幕を前に、すっかり心を許したエイミーがまろび出たところで、はたと我に返る。ささやかな逡巡の果て。こほん。わざとらしく咳払い。)そうですね。嵐でも夕凪でもなく、共に栗鼠を追いかける騎士を所望しても?(きりり。一文字に結んだ口唇は、すぐに柔い弧を描いた。純真な紫水晶に甘えるように、蒼がまどろむ。)
* 2022/10/17 (Mon) 23:48 * No.36
(意図せぬ部分で揺らめいた蒼色に、先の失態が蘇る。よもや忘れられているのではないかと過りかけた不安は、どうやら杞憂に終わったようだ。)良かった。覚えていて下さったのですね。(心からの安堵が溢れるように口をついて、硬質だった紫水晶に和らいだ光が灯る。畏れ多いばかりの昨日の対面を思えば、今こうして視線と言葉を交わして向き合えることは確実な進歩。とはいえすぐさま切り替えられる器用さは持ち合わせていないので、控えめに首を傾け思案しつつ。)……左様ですか?でしたら姫が――アメリア様が、さみしさを感じない程度には善処したく思います。もし具体的な要望があれば、なんなりと仰ってください。(耳朶を打った自らを表す音が、何故だか特別な宝物であるかのように響いたから、一匙の躊躇いと共に敬愛すべき御名を言い直す。実りの季節に似合いの、豊かな心を示す名だと思った。輝けるものを見るように瞳を眇めて、頭が固い少年なりの譲歩を向けた。つもりなのに。)殺…っ、(百面相を悪化させるような言葉選びはわざとだろうか。今度は目を白黒させて暫し言葉に詰まったのち、本格的に眉間に皺を刻む。)姫はとかく戯れがお好きな方だと理解しました。詮索はしませんが、大切な御身です。せめて付き人を置いていなくなったりはしないよう、お願い申し上げます。(そっくりそのまま返還された言い回しに不服の色を滲ませるのは、幼い拗ね方だという自覚はある。だが直截に釘を刺さねば、風のようなこのひとはどこかへ飛んで行ってしまいそうな気がするから、持って回った懇願を言い置きながら。)……。栗鼠の冒険譚として表現するなら、今のは絶体絶命の窮地を、仲間と力を合わせて脱した場面でしょうか。勇ましいことです。(文字通り嵐のような一連の顛末に混乱が抜けない上、堪えきれなくなった様子を見れば困惑は深まるばかり。市井のむすめと何ら変わりない、明るい笑顔と口調に間の抜けた発言を返したなら、誤魔化しの咳払いを尊重する代わりに紫水晶を伏せて。)はい。仰せのままに、姫君。(いらえは極々簡潔に。そうと決まれば美しく整えられた庭園の小径を、栗鼠を追いかける騎士は姫を先導して歩み始める。庭師が掃き清めているのか地面には落ち葉ひとつないので、侍女のドレス姿でも苦はあるまいが。時折様子を確かめるよう視線を向け、呟くのは取り留めのない言葉たち。)痕跡を辿るよりは、実をつけた木を探す方が確実かもしれませんね。クヌギ、ナラ、それから椎――…なんだか子どもの頃に戻ったようです。
* 2022/10/18 (Tue) 22:01 * No.52
もちろん。(我ながら卑しいものだ。真っ赤な嘘を朗笑に馴染ませて、苦い継ぎ目を覆い隠す。清らかな眼差し。まごころに形を与えたような柔い呼び声。彼が紡ぐ「アメリア」はまるで聖書の一節のごとく響いた。だからこそ罪人は断罪を恐れ、視線を逸らす。紫水晶を彩るまろい光は、美しい刃によく似ていた。)具体的な要望……そうですね、考えておきます。(偽ることばかりが上手になる。さも思案に耽るように俯いてから、高貴な色を仰ぎ見た。再び潰えた言葉の先をねだるように、移ろう表情を見守る。眉間を寄せた渋面が無性に愛おしいのは、忖度に囲まれて生きてきた反動だろうか。)惜しい。すこしだけ違いますね。私は戯れが好きなのではなく、好ましい相手と戯れるのが好きなのです。(言葉遊びは軽やかに。今度こそ偽りなく、ありのままの好意を口にした唇が喜色を象る。そして、名案とばかりに手を叩いた。)そうだ。具体的な要望を決めましたよ、ケヴィン。私が冒険に出るとき、きみは私の仲間になってください。姫と騎士ではなく、ただの友人になるのです。(彼の右手を無遠慮に掬い取る。空いた手をその手の甲に乗せてから、紫水晶へと蒼を寄せた。)どうですか?きみも付き人として肝を冷やさずに済みますよ。(主君の所望する通りの騎士であれたなら。そう誓ってくれた少年と知ればこそ、ずずいと寄せた瞳は期待に煌めいている。わざわざ付き人としてのメリットを付け足した小賢しさはご愛敬だ。口述された栗鼠の冒険譚には、)ええ、実に……実に、勇ましい冒険譚でしたね。(もうそれ以上言ってくれるなと、笑声を嚙み殺そう。しかし、ご機嫌な微笑みもそれまで。曰くの不躾な態度とは程遠い、使い古された定型文には分かりやすく口を尖らせた。目は口ほどに物を言う。――つまらない。じっとりとした目つきが彼を詰ったけれども、騎士の先導に従わない侍女など許されるはずもなく。危険どころか落ち葉ひとつ落ちていない道行きに退屈が滲みかけたところで、彼の呟きがそれを防いだ。)なるほど。先ほどの栗鼠も木の実を抱えていましたし、その方が早そうですね。(瓶底めがねの奥で、蒼が生き生きと輝く。語らいの中で冒険の歩みを進めること自体、初めてのことだった。)ケヴィンはどんな子どもでしたか?(取り留めのない話こそ、いま一番に願うもの。)
* 2022/10/19 (Wed) 13:50 * No.56
(無知と嘘、罪として重いのはどちらなのだろうか。キュクロスにおいてそれを裁けるのは神に等しい建国の祖だけなのかもしれないが、より多く傷を負う方はと問えば答えは明白。逸らされた視線。歯切れの悪さ。些細な変化は円環の半分しか理解できずとも察するに余りある。何事か言い連ねようと開きかけた唇は、けれど閊えて音を成さない。謝罪も撤回も理由が分からないのでは空虚なだけで、結局は寛大な蒼を見返すばかり。)…好ましい相手、ですか。確かに栗鼠は愛くるしいですし、見つけた時はとても嬉しそうなお顔をなさっていましたね。(とぼけているのではなく、本気で勘違いしている口調。向けられる真摯な好意の埒外に自分を置いてしまうのは、あくまでも上が勝手にあてがった従者だからという前提意識の強さゆえ。しかし突然取られた掌にいよいよ双眸を限界まで見開くと、詰められた距離のぶんだけ腰が引けそうになる。)ゆうじん、とは、いやその…………努力はしますので、ひとまず手を、放していただけませんか……?(生まれて初めて聞いた言葉の如く要望をなぞって、遠慮なしに視界へと迫る蒼に圧倒されたなら勢いのままつい首肯。予告もなしに垣根を越えられるのは、心臓に悪い。もしも彼女が解放してくれたなら早鐘を打つ鼓動を鎮めるべく胸へと手をやって「冒険に出るときだけですよ」と強がりの念押しを行うだろう。)……今頃、枝から枝を渡って互いの無事を喜びあっているでしょうから、先回りが肝要です。懸念があるとすれば、捕まえて話を聞いたところで、僕たちが悪役扱いされることかもしれません。(順当に職責をまっとうしていたつもりだったのに、背後から突き刺さるもの言いたげな視線。理由は想像するに容易く、仲間になる努力を宣言した手前気づかぬ振りも出来ぬまま、即席の冒険譚を紡ぎながら歩みを進める。秋薔薇とクレマチスのアーチを素通りし、地味な樹木を探す道行はなんとも優雅さに欠けるが、不思議と心は弾んでいた。)ふつうの子どもでしたよ。父や祖父の経験した武勇伝や、邸を訪れる旅人の語を聞くのが好きで、真似事が高じて剣の道に進んでいました。――姫は、いつから冒険を?(問う声に導かれるように思い出を語れば、立派な騎士を目指す内の忘れかけていた心持ちが蘇る。勿論まだまだ道は途中で、はじめての主にも仕え始めたばかりだけれど。照れくさそうに話を区切った紫水晶は少しだけ歩速を緩め、先を行くのではなく隣に並んで質問を返した。)
* 2022/10/19 (Wed) 21:28 * No.60
(一驚。瞬きを忘れた瞳には、純朴な少年が映し出されていた。まさか千両役者ではあるまいなと、幾許かの間隙を据え置いてみる。しかし紫水晶は燦然と輝くばかりで、なんとも毒気が抜かれる思いだった。)よく聞いてください、ケヴィン。栗鼠は確かに愛くるしい生き物です。しかし私は、きみを好ましく思うと、そう言ったのですよ。(口唇を強く引き結び、生真面目に言い聞かせる。ともすれば笑い出しそうになる衝動を堪えて、睫を伏せた。)一国の姫にここまで言わせるなんて、きみも随分と悪い男ですね。(恥ずかしがり屋の姉が望んだ鬱陶しい前髪も、今だけは隠れん坊に絶好の場所だった。しかし、居直り強盗ならぬ居直り友人が成功すれば話は別。まあるい紫水晶へと、満面の笑みを浮かべたアメリアが像を結んだ。)ありがとう。とても嬉しいです。言質は取りましたよ。(念押しの微笑みは意趣返しだ。解放した騎士の手のひらは想像以上に骨ばっていて、すこしだけ驚いていた。)先回り!よい響きです。俄然わくわくしてきました。困難を乗り越えてこその冒険譚ですからね。しかし、そうなると手土産が必要でしょうか。つやつやの木の実や、ぴかぴかの木の実があればいいのですが……(品性のかけらもないオノマトペは集中力の証左。咲き誇る花々には目もくれず、落ちた視線は‎砂金採りさながらだった。――ふつうの子どもでしたよ。生まれながらの「はんぶん」にとって、それは何よりも甘美に響く。)真似事だなんてとんでもない。きみの努力と才あってこその道でしょう。(事実、剣の手ほどきを受けた姉妹は鳴かず飛ばずであった。秋晴れの空を仰ぐ。)いつからでしょう。物心ついたときには、夜となく昼となく怒られていましたよ。(まだ無垢な冒険者だったころ。心から外の世界を望んだ幼少期に比べれば、昨今の悪評など和やかなものだ。)よいですね。友人は隣で歩むものです。(並んだ影は美しい絵画のように、蒼を捕えて離さない。閉ざされた揺りかごの世界。願えば与えられる一方で、世界の裾野を広げることは決して許されなかった。初めての友人と立ち並んで、ふと、思い出したように足を止める。)そういえば、念のため。公の場では、傍に侍らず後ろで控えていてください。……きみの来歴に傷をつけたくはないのです。分かってくれますね。(ほんのすこし挟んだ逡巡は、みなまで伝える野暮を疎んだから。しかし、慎ましい彼が自罰的に捉えることを重く見た半分の姫は、あえて自らの立ち位置を晒した。鼻つまみ者の姫になど、そう関わるものではない。友人に任じた手前、筋の通らない話ではあるのだが。)
* 2022/10/20 (Thu) 15:53 * No.71
――僕を?(丁寧な説明を受けてなお、意味を測りかねると言わんばかりの間が空く。思考が理解に追いついたのは一拍後。勘違いに恥じ入る面差しを下向かせて、蚊の鳴くような声を返した。)それは光栄の限りです。僕も姫のことは……、……尊敬できる方だと思っておりましたので。(考えるより先に溢れそうな喜びと好意を、骨身に染み付いた畏敬の念が上回る。言葉の途中に生まれた奇妙な空白に気づかぬ相手ではないだろうけれど、詮索を嫌うようにぱっと顔を上げたなら、そのまま渋い様子で。)お言葉ながら友人として申し上げさていただくと、悪い御方は姫のほうではないかと。……いえ、この場合悪いという表現は不適切ですね。姫はずるい。ずるい御方です。(一国の姫にここまで言うのは大問題だ。第三者が居たなら即刻不敬罪で取り押さえられていたかもしれない。翻弄してくるばかりの居直り友人には正直なところ胃の痛さもあったが、金糸の向こうで満面の笑みが花開けば視線は簡単に囚われる。右手の名残をそっと握りしめて、口外出来ぬ秘密がまたひとつ。)つやつやぴかぴかでなくても、たくさん持っていけばいいのでは?栗鼠にとっては宝の山でしょうから。(冒険譚というよりは絵本の中にでも出てきそうな表現が、聡い物言いに反して微笑ましい。真剣に地面を探す姫君を横目に、冒険に出ては叱られる幼い少女に思いを馳せては、その頃に出会い友人になれなかったことを残念に思う。)怒られても止めなかったということは、本当に冒険がお好きなのですね。(今更かもしれない呟きは、空と同じ蒼さを映す語り口に感じ入るものがあったから。努力と才だと褒められた己が剣の道と同じ。彼女にとっては手放せない無二なのだろうと理解して、穏やかに眦を下げていたが、)……それが、姫の望むご命令なら従います。傍付きの騎士などいらないとはっきり仰ればいい。(不意に途切れた足取りより数歩遅れて立ち止まったなら、友としての顔など忘れてしまったかように硬く表情を塗り替える。向き合う視線をひたと見据えて決意のほどを示したまま、答えを待たずに続けた。)けれど僕を案じるのが理由なら納得はできません。主の後ろに隠れているなど騎士の名折れ。むしろそのような振る舞いをすれば、傷つくのは我が家名の方でしょう。(かつて王を守った献身から興ったアーデン家。それは裏を返せば忠誠と犠牲だけが爵位の寄る辺ということだ。嫡男でありその教えを正しく受け継ぐ少年は、悪評程度では決して折れない。)どうか貴方を守らせてください。――姫君。(紫水晶はどこまでもまっすぐに、譲らぬ意志を貫いていた。)
* 2022/10/20 (Thu) 23:36 * No.77
………尊敬。私を。(図らずも彼の物言いをなぞる形となった。心が小さく波打つ。ありふれた賛辞にも関わらず、彼のくちびるから紡がれたというだけで、それは祝詞のように美しく響いた。)ふふ。そうですよ。私はずるいのです。でも、ずるい私もそう嫌いではないのでしょう?(傲慢な当て推量は軽口の延長線。かすかに揺らいだ蒼も、紫水晶に収まるころには悪戯に笑んでいた。友人たるもの、忌憚ない意見を聞きたいところであるが、さて。)それもそうですね。つやつやぴかぴかを好む栗鼠もいれば、ごつごつどっしりを好む栗鼠がいるかもしれません。たくさん持っていきましょう。(目から鱗の進言だった。無二への肯定も含めて、大きく首肯する。所詮は箱庭の冒険だとしても、どうしようもなく夢中だった。神秘を求め、理想を追い、希望を信じていた。呪われた生を自覚するまでは。)そういうわけでは……、(めずらしく言い淀み、一途なまなざしに双眸を揺らす。妹は姉を恨んだ。こんなにもまっすぐに射抜いてくる少年のどこがシャイだと言うのか。不退転の決意を前に、少女はただ無力であった。)……ケヴィン。きみもずるい騎士ですよ。そうも正論を振りかざされては、何も言えないではないですか。(これみよがしの溜息は白旗に等しかった。真摯な紫水晶からは、どうせもう逃げきれない。)知っての通り、私は“半分”です。母と片割れ、ふたりの命を喰らって生まれた成り損ない。きょうだいたちとの折り合いは悪く、陛下からの寵愛も月並みで、病のように心変わりする日もあります。(腹違いのきょうだいは兎も角、実のきょうだいから向けられる憎悪は並々ならぬものだ。何しろ母を奪い、王室に泥を塗った双子の生まれである。極めつけは現王妃の不妊。凶兆の体現は忌み子の誹りを強めるばかりで、唯一の後ろ盾である国王からも、目に見える格別の温情はない。つまるところ、王宮で最も立場の弱い姫なのだ。)残念ながら、きみの献身は徒労に終わるでしょう。どれほど尽くしてくれようとも、私ではきみの誉れになれない。(それは建国の神話を諳んじるような、無感動な声だった。冒険を愛する一方で、とうに未来を諦めた運命の奴隷は、観念したように彼を見つめる。差し出した手の甲が、忠誠を問うた。)それでも、きみが許してくれるなら。……どうか私を守ってください。我が騎士、ケヴィン・アーデン。(私とは誰なのか。名無しの蒼が真実から目を逸らす。一時でいい。夢が見たい。縋るは、アメシストの酔夢。)
* 2022/10/21 (Fri) 16:03 * No.86
(ふたつの想いの半分しか晒すことが出来ずとも、対等を望んでくれた姫の慈悲深さには少しでも報いたい。それは身分だとか立場だとかは関係なしに、少年の素直な意思だ。とはいえ確信めいた問いかけには「う゛っ」と図星をさされた呻き声を上げ、言葉を探して右往左往と視線が彷徨う。)きらい……では、ないですが。もう少し手心を加えていただけると、無様なところを見せずに済みますので……ありがたく思います。(好ましい相手と戯れるのが好きと公言された手前、こう願い出たところで悪戯な蒼が容赦してくれるかどうかは怪しいもの。しかし翻弄されるばかりでは今後の先行きに不安しかないと、忌憚のない意見なつもり。)ええ。僕たちから見れば同じ栗鼠でも、好みは様々なものでしょうから。ちなみに姫なら、どちらの方がお好きですか?(つやつやぴかぴかか、それともごつごつどっしりか。話すにつれ可愛らしくなってきた冒険譚に紛らわせて何気なく嗜好を問うが、奇しくもそれが核心を掠ったことには気づかない。ただ友誼を交わしたばかりの相手の人となりを知りたいと、無邪気に強請る延長で、小首をそっとを傾げて見せる。――向き合う最中に聞こえてきた溜息には微かに頭を下げ、)申し訳ございません。気遣っていただけることが、嬉しくないわけではないのです。(正しさは大事だがそれがすべてではない、とは父にもよく言われたこと。けれど淡々と語られる末姫の置かれた境遇を、自分までもが忌まわしいものとして受け入れたくはないと、謝罪を口にしながら密かに唇を噛みしめる。たとえその相手が他ならぬ本人だったとしても、だ。)……家名に言及したのは失敗でした。僕は主君に王室の威光や名誉を返していただきたいのではなくて……ただ、……ただ御傍にいたいだけ。(いったいどうすれば、彼女を縛る運命の糸を断ち切れるのだろうか。纏まらぬ思考のまま開いた口が、勝手に偽らざる本音を滑らせる。結局は憧れの女性に近づきたい身勝手なエゴに違いない。騎士の身には過ぎた想いに睫毛の下で震えていた紫水晶は、救いの如く差し出された片手に敬意を込めて膝をつく。許しを齎す側は、此方ではないというのに。)はい、アメリア様。必ずや貴方のため、精一杯務めてみせます。(冒険に出てはいても傷ひとつない貴婦人の指先。そこに自らの掌を重ね恭しく頭を垂れたなら、忠誠の誓いは恙なく成されるだろう。胸に一振りの蒼き剣を与えられたその後。姫と騎士からただの友人に戻った二人が栗鼠を見つけられたか、本当に話が出来たのか、それを知るのは秋晴れの空のみ。今はまだ夢見心地の平穏を、金風が撫ぜていく。)
* 2022/10/21 (Fri) 23:56 * No.91
分かりました。善処しましょう。(うら若き騎士の濁音が愛おしい。末子として生を受けたアメリアにとって、ひとつ年下の少年は何より目新しく、無条件に好ましいものだった。忌憚ない意見を歓迎するように、晴れやかな笑顔が咲く。薄っぺらい常套句の信頼性は火を見るより明らかだ。)ふむ。おもしろい質問ですね。………ごつごつどっしりでしょうか。安定感のある佇まいに好感を持てます。(顎先を撫ぜながらの思案は真剣そのもの。未だ出会えない木の実に思いを馳せて、ごつごつどっしりを選び取ってから、朗らかに笑む。それは継ぎ接ぎだらけの17年が齎した、ふたりをひとりに繕う方法。)しかし、つやつやぴかぴかも捨てがたいですね。今日はごつごつどっしりの気分ですが、明日にはつやつやぴかぴかな気分かもしれません。(選択は人を表す。どうせ避けられない矛盾なら、せめて穏やかな綻びとなるように。そんな不誠実を織り込んだ手前、謝罪を受ける道理はない。緩く首を振った。)謝る必要はありませんよ。きみにはきみの考えがあり、それを述べる権利があります。でも、正論は耳が痛いですからね。もう少し手心を加えていただけるとありがたく思います。(戯れの復唱で煙に巻けたらいい。そんな打算を笑声で偽る道化には、彼はあまりに眩すぎる。少年は栄光に満ちた道を歩むべきであって、日陰の姫と縁を結ぶべきではない。そう強く思うのに、飾らない願いは異分子の心を癒してしまうから。ただ御傍にいたいだけ。その言葉のあたたかさを、涙が滲みそうになるほどの喜びを、どうしたら伝えられるだろう。こみ上がる激情に反して、蒼は小さく揺れただけだった。)……ありがとう。(睫を伏せる。この忠誠はアメリアのものだ。そしてアメリアは姉であり、妹ではない。公務を担う妹と彼の接触は、ともすれば姉よりも多くなるかもしれない。それでも、あくまで妹はアメリアを間借りしている名無しでしかないのだ。過分な希望を抱かぬように。決して思い上がることのないように。)私も精いっぱい務めましょう。きみが忠誠を誓うに値する、善き主であれるように。(不可逆の契りは交わされた。輪郭ばかりが美しい円環の中、ふたりの冒険は木の実探しに終わる。逃げ果せた栗鼠の行方を談じる声は柔く、序章はゆるやかに幕を閉じる。金風は夢うつつに溶け消えた。)
* 2022/10/25 (Tue) 18:11 * No.100