(本質に先立つ実存はここに。)
(秋は深まり、森の木々は赤や黄へ衣替えを済ませ、冬を前に世界を彩っていた。片道に半日を要する町へ、姫は大事な役目を果たしに向かわれる。それに付き添うのは当然だが、姫が乗る馬車を護衛する小隊が悩みの種であった。己が付き人に命じられたのを、快く思っていない者が確実にいる。そんな者たちが隊員として遣わされたとしたら、連携が取れるとは思えないし、そもそも己は連携だの団体行動だのは向いていないのだ――対、魔物の場合は。予定されている経路図を片手に、騎士団長の元を訪れたのが一週間前のこと。いよいよやってきた出発の朝はやや肌寒い。姫の用意が整い次第出発できるよう、こちらの準備は万端だった。)おはようございます、姫様。道中は紅葉をお楽しみください。(姫に少しでも安心してもらえたらと、いつも通りの挨拶に一言添えた。腕や足には最低限の防具を身に付け、ハルバードを肩に担ぐようにして携えている物々しい姿では、あまり意味をなさなかったかもしれない。馬に乗り、一番前を行くのは己の強い希望によるものだ。森の道を行き、途中で何度か小休憩を挟み、あと少しで町が見えてくる所で異変が起こった。魔物の遠吠えが聞こえたのである。御者へ馬車を停止するよう合図を送ってから、後輩を呼びつける。)オリバーさん、この子を頼みます。それから、馬車のカーテンは閉めるように伝えてください。絶対ですよ!(乗っていた馬を後輩へ預け様に強い口調で訴えたあと、得物を構えて前に出る。四つ足の魔物が数匹、木々の隙間を縫うように駆け出てきた。絶対に馬車には近づけさせまいと、双眸が冷たく据わっていく。ハルバードの先端の槍で深く突き、片側の斧で裂けるほど斬り付け、もう片側の鉤爪で重さを乗せて叩き潰す戦い方は、客観的に気持ちの良いものではないだろうから絶対に見られたくなかった。ちゃんとカーテンが閉められたか確認する余裕もなく、ひたすらに魔物を倒していく。群れを形成している魔物は次から次へと押し寄せて、他の騎士たちも必死に応戦していたことだろう。やがて魔物たちの勢いが衰え、尻尾を巻いて逃げていく個体が出てきたが、容赦なくその背にハルバードを突き立てた。)……何匹か逃がしてしまいました。止めを刺してきますね。また群れを呼ばれては困りますから。(近くにいた騎士へ口早に伝え、そうしてひとり、道を外れて森の中へ追いかけていこうと――。)
* 2022/10/30 (Sun) 00:32 * No.1
(公務。双子の姉が全面的に担う筈のそれを、父から直々に任されるのは初めてのことだった。着なれない装飾過多なロングドレスを身にまとい、「よろしくね。」と御者や騎士たちへにこやかな笑みを浮かべ挨拶を交わす。)おはよう。今日は、付き人じゃないのね。(見慣れない武器を携える騎士を見上げる。話は聞いていたから今更驚きはしないけれど、なんとなく、一緒に乗るものだと思っていたから、確かめるように口にした。言葉少なに別れ、馬車へと乗り込む。滞りなく用意を整えられたのは、姉から手順を幾度も確認した成果だ。侍女の同乗は断って、車内には一人きり。窓枠に頬杖をついて外を眺め、休憩時間もその場に留まり、ぼんやりと過ごしていた。そうして、異変に気付いたのは馬車が急停止した時。勢いを殺せず座席から落っこちて、その衝撃に朧げだった意識は覚醒する。張り詰めた騎士たちの声に警戒し身を潜めている最中、オリバーという名の騎士が慌てやってくる。状況を訊きたかったけれど、知ったところで何もできやしないと分かりきっているから、緊張に身を強張らせ用件だけを聞き出せば「カーテンを閉めて」という何とも気の抜けた内容よ。絶対、と念を押してくる騎士の前でカーテンを括る紐を解いてみせて、気をつけてと加勢に送り出す。窓を閉めても届いてくる喧騒に耳をそばだて、細く長い息をした後、視界を閉ざす布を早々に捲り上げた。)いったい何のつもり。布切れ一枚が防護の足しになるとでも宣いたいのかしら。(響く唸り声から野盗の類ではないと判断し、毒づきながら外を覗き見る。初めて目にする魔物の存在に、場違いにも恐ろしさは感じなかった。窓に身を寄せ一帯を見渡せば、いくら森の木々が赤や黄に色づこうと、ひときわ鮮やかな色をした騎士の姿はすぐ目に留まる。武器を使いこなし、ひたすら魔物を倒す様が目に焼き付き、その姿を追っていた。だから、道を外れようとしたのにもすぐに気付く。――護衛の仕事はよく知らない。けれど伝令なら森に入っていくのはおかしいし、騎士たちは馬車を中心に展開しているように見える。この状況で一人どこかへ行こうとするものなのだろうか。扉を開き地に降り立ち、興奮に嘶く馬を宥める御者の目を潜り抜ける。騎士が動き出してから外へ出た上に走りにくい服装で、もしかしたら追いつけないかもしれない。その姿が見えようと見えなかろうと、眉を吊り上げ語気を荒げよう。)エリックさん! ちょっと待ちなさいよ!
* 2022/10/30 (Sun) 20:49 * No.9
(騎士団長に便宜を図ってもらい編成された部隊員たちは皆、エリックという男の悪癖を知る者ばかりだった。誰一人止めようとはせず、周囲を警戒しながらも後片付けに取り掛かろうとしていた。そんな中、姫君が馬車から飛び出すなど一体誰が予見できようか。森へ向かいかけた足がぴたりと止まる。何か思ったり考えたりするよりも早く、弾かれたように体が動き、声のした方を振り返った。)姫様!?(目を見張り、思わず声を上げる。なりふり構わずこちらからも走り出して、姫の元へと急いだ。やがて落ち合ったなら、軽く一礼は忘れずに。姫が怒っているように見受けられたが、原因が全く分からない。)姫様、お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。ですが、まだ安全が確認できておりません。どうか馬車へお戻りください。(馬車の方を手のひらで示しながら、そちらを一瞥した。他の騎士が馬車の中を念のため確認して、特に問題ないと合図をくれる。)私は逃げた残りを片付けて参ります。他の騎士は……後片付けを行います。出発まで少々お時間いただきますが、何卒ご理解ください。(まだ冷たさが抜けきらない瞳で、淡々と告げる。魔物の死骸を放置するのはデメリットばかりだ。衛生的な面はもちろんのこと、死骸に釣られて別の魔物が集まりかねない。だから穴を掘り、一か所に集めたあと燃やして埋める必要がある――などと生々しい説明が出来るわけもなく“後片付け”と手短に伝えた。)
* 2022/10/31 (Mon) 00:06 * No.14
(森へ走り出されていたら、絶対に追いつけなかった。こちらにやって来る姿が見えて、吊り上げた眉は定位置へと戻り、けれど笑顔の欠片も浮かばない。走って損したと言わんばかりに歩を緩め、裾を整えながら騎士を待ち受けた。)謝るようなことではないわ。用が済んだらすぐに戻る。(促された先を見向きもせず、短く言い捨てる。護衛対象に動き回られたら困るということを、理解した上での行動だった。目を見据えれば、いつもは温かな瞳に冷たいものが宿っているのを認め、胸元で両手を握りしめる。声色も相まって怖気づきながらも、騎士が告げる内容には再び顔を険しくさせた。)何を理解しろって言うの。魔物を倒しに行くのが一人で、後片付けをするのが残り全員ってバランスおかしくない? そんな馬鹿げたこと、どこの誰に指示されたの? どうして断らないわけ?(口早に疑問をぶつけ、周囲を見遣る。今回の旅路に付けられたのは一個小隊。今朝確認した限りでも三十の騎士はいた筈だ。負傷して動けない、といった者は見当たらず、人手不足の線もない。どう考えてもおかしい、と言い募ろうとしたところで、幾人かの騎士と目が合い気づく。)なんで誰も、止めようとしないの。(落ち着きを取り戻し始めた森に、甲高く捲し立てる声はよく響こう。耳にしていた騎士たちは、困ったものを見るような目をしていた。あるいは、苦笑。その視線に怯み、困惑に眉を寄せ、問う言葉は勢いを失う。目の前の騎士を、付き人としての仕事振りしか知らないアナスタシアには、状況をさっぱり理解できていなかった。)
* 2022/10/31 (Mon) 22:33 * No.25
(姫の言っていることは正しく、そしてこの小隊から一番欠落していた当たり前のことだった。起因である己に、騎士たちから様々な視線が寄越される。お前の悪癖を知らないのか、何も説明していなかったのか、大体はそんなところだろう。姫の声が響き渡った後には、何とも言えない沈黙が広がる。部隊長も他の騎士と一緒に遠巻きに眺めている有様だったが、姫に言葉を返しづらい気持ちは理解しよう。)……姫様のご慧眼に感服しました。(沈黙を破る声色は、存外にやわらかだった。その場で跪き、武器を置いて服従の意を示す。)私は誰かに指示されたのではありません、自らの意思で魔物を倒しに行こうとしました。馬鹿げているのは私のみ、皆さんは私の悪癖を知っていて止めなかっただけなのです。今まで誰に止められても、私は魔物を倒すことを優先してきました。(そのまま静かにうなだれる。部隊長だろうが騎士団長だろうが、誰の制止も振り切ってきた。だのに、姫の声だけは無視できなかった。今ならまだ魔物を追いかけて始末できるが、姫が異を唱えたのであれば、己が取る行動はおのずと決まる。再び武器を手に取り、顔を上げて立ち上がった際には、日ごろ見せている付き人としての穏やかな表情を取り戻していた。)今日は私も、皆さんと一緒に後片付けを行います。それでお許しいただけないでしょうか? 姫様のお気持ちが収まらないのであれば、いかなる処分もお受けします。(胸元に片手を添えて、恭しく頭を下げる。あとは姫の判断を待つばかり。騎士たちは珍しいものを見るような目を向けていただろう。あのエリックが言うことを聞いている、あいつが魔物を追うのを諦めるなんてと、小波のようにどよめきが広がっていたかもしれず。姫の用が済んだのであれば、馬車に戻るまでの僅かな距離を付き添わせてもらおうか。)
* 2022/11/1 (Tue) 17:25 * No.34
(跪く姿を、懺悔みたいだなって見下ろしていた。見当違いなことを言ってしまったようだけれど、後悔はしない。黙ってすべてを聞き届け、彼のことを語る声に暫し耳を澄ます。)……虐められていたわけじゃないのね。(困惑が解消され、穏やかな表情に握りしめた手は緩めても、眉は寄せたまま。やがて一連のすべてが“心優しいお姫様”には似つかわしくないと遅れて認識し、表情を取り繕った。「ごめんなさい、とんでもない誤解をしていたみたい。」見守っていた騎士たちを安心させるように微笑んで、片付けへ戻るよう促し注目を遠ざけていく。大勢の前で襤褸を出したのに、やけに落ち着いていた。“半分”への劣等感が気にならないほど、心は別の感情で支配されていく。馬車へ進めようと思っていた一歩は騎士のもとへ。目の前の彼だけに届くように、囁くように小さな声で語りかける。)誰に止められても貫いてきたことなのに、私の言動一つで変えるのね。エリックさんは、私が望んだらなんでも叶えようとしてしまうのかな。(声も、表情も、何の感情も乗せないように努めていた。そうしないと、また望みを汲み取ろうとしてくるのだろうなと思ったから。)たとえ馬鹿げたことでも、やりたいことはやるべきだと、私は思うよ。規律とかどうでもいいし。でもこう伝えたら、私の考える通りにしようとするのかな。よく、わからないや。(出逢ってから僅かしか交流を重ねていないのだから、人となりがわからないのも、当然なことなのかもしれない。だから、これはわかろうとするための問いだった。)エリックさんは、私が死んでって言ったら死ぬの?
* 2022/11/2 (Wed) 04:12 * No.38
いじ……?(つい、鸚鵡返ししそうになった呟きすら途切れた。偏りある役割分担を俯瞰して、安全性や公平さを求められたのだと解釈していたが、心配されたのではと都合のいい勘違いをしてしまいそうになる。そんなはずはないと、己が内で可能性の芽を即座に摘み取ってしまった。姫の微笑みは場を和ませ、手を止めていた騎士たちは後片付けの続きを始めた。大まかには穴を掘るものと、死骸を拾い集めるものの二手に分かれていく。魔物の死骸が姫の視界になるべく入らないよう、それぞれが協力して上手いこと運んでいただろう。一歩近づく足音に、そちらへゆっくりと面を上げる。褒められているとも嫌味とも受け取れる言葉は、姫の何も写さない表情からは判別しかねて少しだけ困ってしまった。こちらも声の調子を合わせて、ひそやかに伝える。)此度の任務は、姫様をお守りすることでした。魔物討伐に来たのではないと大いに反省しております。……姫様の有難いお言葉は、私の胸に仕舞っておきますね。(諫めるべきか迷ったものの、結局は笑顔ですんなり受け入れることにした。規律とかどうでもいい、という本音らしき姫個人の思いは尊重されるべきである。問いかけには笑みを崩さず、しばし瞬いてから口を開いた。)承服いたしかねます。姫様がお喜びになるとは思えませんし、それ以上お役に立てないのが心苦しいです。ですが、正当な理由があれば構いませんよ。たった一言、「私を死ぬ気で守りなさい」とでもおっしゃっていただければ、私は喜んで。(その一言は騎士にとって甘美な毒であり、自らの命をいとも容易く投げ捨ててしまえる呪文だ。姫が己の死を望むならば使うが良いと示唆したが、問うてきた姫の真意は測りかねた。)姫様は私を疎ましいとお思いなのでしょうか? 至らないところがありましたら、ご指摘いただければ幸いです。
* 2022/11/2 (Wed) 19:44 * No.47
そっか。エリックさん、ちゃんと断れる人なのね。(ぽつりと、拍子抜けしたような呟きには、安堵が込められていた。心に満ちていた感情は静まり、嵐の後のような静けさが訪れて、無表情を保っていた顔も次第に緩んでいく。)疎ましく思っていたら、意気揚々と森へ送り出しているわ。……服を選んでもらった時、毎日頼もうかなって言ったでしょう。断られて、内心ホッとしたのよ。何でもは叶えようとしないのねって。なのに、後から侍女に服選びのコツを聞きに行ったと耳にして、少しがっかりしたわ。(自分から言い出しておいて理不尽な話だと、自嘲に笑みを浮かべる。先ほど飛び出したのだって、理不尽な目に遭っているのなら止めなければならないと、憤ったからだというのに。騎士と侍女との一幕を知ったのは、ついにクビになるのかと侍女本人が尋ねてきたからだった。騎士には動揺しながら「白が合わせやすい」と無難なことを教えていただろう。)魔物を追わないことに、みんな驚いていたから。そんなに重大なことだったのかなって。だから、一番断わられそうな話ならどうなのかなって訊いてみただけ。(説明不足はあれど誤魔化しはなく、語った全てが本心だった。そして、ようやく馬車へと歩を進める。)……でも、森へ行かないのも私のためで、理由さえあれば命すらもかけてしまえるのね。なんでそんなに尽くそうと思うのかな。本当に、行かなくていいの。(足取りは緩慢で、穏やかだった声も打って変わって暗く沈む。着いてきてくれるのだろうなと思っていたから、横目にも確認せずに話しかけていた。御者は場を離れ、皆の馬を預かり世話をする姿が見てとれる。戻っても、魔物討伐へと唆す言葉を聞かれる心配はなかろう。)
* 2022/11/3 (Thu) 18:29 * No.57
(不遜な物言いを咎められることも考慮していたが、意外なほど好感触を得られたのを不思議な心地で見つめていた。求め、断られて安堵する心境は、やはり己には分かりかねる領域である。上に立つ方のみが知る心労であろうと拝察するばかりだ。)全てを叶えて差し上げたいのは山々ですが、私には出来ないことがいくつかあります。お言葉ですが、人様に教えを乞うのはいけないことなのでしょうか。コツを聞いて参考にはしますが、安易な模倣はいたしません。(落ち着きを払って述べながらも珍しく食い下がったのは、姫に失望されたままで終わらせたくない一心だった。侍女によれば姫は白が似合うらしいが、姫が白を好きかはまた別の話である。コツをこっそり聞いたのがどこから漏れたかなどは特に気にならず、むしろ使用人同士の会話を耳に入れてなお覚えているのは殊勝であろう。姫が歩き出したならば、当然にその傍らを付いていく。)私が片付けそこねた魔物たちが、別の誰かを襲うかもしれない。襲われた誰かが、ひどく傷つけられるかもしれない。そんなもしもを思ったら、いつも追いかけずにはいられなかった。結局は、私の過剰防衛に過ぎないんです。(行き過ぎた心情を吐露しては苦笑した。手負いの個体がいたならば確実に止めを刺さなければとも思うが、先程見逃した魔物たちは無傷だった。本来、追いかける必要はなかったのである。姫の緩やかな足取りに合わせて、己の歩幅はいつもより小さくなっていく。頭一つ分ほどもある身長差は、こういう時に厄介だ。憂いを帯びた声色を聞いてしまえば、姫が今どんな顔をしているのか気になってしまうが、覗き込むわけにもいかず自らを律する。)私の最上は姫様です。確かに姫様のためですが、実は私のためでもあるんですよ。(尽くされているという感覚が姫の重荷になっているならば、軽くして差し上げるのが良いかと思われた。得物を肩口に預け、開けっ放しの馬車の扉に手を添えて、もう片方の手は姫君の乗車を助けるべく差し出した。)大切な方をお守りしたい、尽くしたいと思うのは全て私の意思です。人が人を想うのに細かな理由はありません。しかし、姫様がお求めならば理由を追々用意いたしましょう。私が今いるべき場所は、在りたいと望む場所は姫様の傍らに他なりません。(周りに人がおらず、馬車で人目を憚れるとなれば、多少の緩みは許されるだろうか。ただひとりの親愛なる御仁へ、幸福を語るように本音を紡ぐ。)
* 2022/11/4 (Fri) 20:09 * No.69
エリックさんが侍女になるのは嫌。教えてもらうのは、悪いことではないわ。(訊きに行ったところで、姉の好みしか出てこないけれど。以前ご機嫌伺いが癪に障ってぶち切れた結果、勝手知ったる使用人は誰も好みを把握しようとしない。)……それで防衛できてるの。行きつく先はご飯を食べている時も寝ている時も誰かが傷つくのを恐れて、魔物を殲滅してやっと安息を得ることができるようになるのかしらね。(気持ちが落ち込めば、巡る思考は悪い方へと向かうというもの。騎士の苦笑は目に入らず、無遠慮に聞いたままの感想を口にする。視線は徐々に下がり、自分のためだと語る理由は既に知っていたから軽く頷いて、未だ鮮やかな光景をまな裏に描く。――あの日もそうだった。尽くされる言葉の数々を、どうしてちっとも受け取れないのだろう。今も自分の意思だと伝えてくれて嬉しかった筈なのに、拾い上げるのは僅かな言葉ばかり。差し出された手が憎くて、衝動的に振り払う。)求めなければ存在しない理由なんて要らない。(薄い手のひらが当たれば、小さく乾いた音が鳴っただろう。キッと騎士の顔を睨み上げ、刺々しい物言いのまま、ぶつけるのはかつて飲み込んだ言葉たちだった。)ずっと訊いてみたかったのだけれど、エリックさんの最上って、たくさんいるの? ご家族、街の子供達、仕事仲間……いないのかしら。ぱっとお守りを命令されただけのお姫様より、大切な人。(騎士と出逢った春の日、時短くして「最上」と告げられた意味を、未だ理解できずにいる。捧げられる忠誠の数々を、無視してしまおうとも考えていた。けれど今朝、父からの問いに、何者にも命は預けないと噛み付いて、ようやく気付く。命を預けず忠誠も受け取らず、騎士の存在意義とは何たるか。彼を、孤独を埋める道具にしようとしているのではないか、と。憧れを穢したくなどない。騎士を騎士として、正しくあるべきように接してみたかった。)それとも、たったひとり?(たとえ姉に、差し出された忠誠だとしても。)
* 2022/11/5 (Sat) 07:49 * No.73
(きっぱりと意思表示されてようやく、服選びの件がお戯れであったと理解した。悪手を打っていた己に、姫が失望されるのも止む無しだ。)出過ぎたことを申しまして、大変失礼いたしました。(しめやかに詫びを入れる。あれもこれも出来るならばと欲張って手を伸ばしたがるのは、一体いつから生まれた衝動なのかもう思い出せない。姫の感想は言い得て妙だ。魔物との戦いに生涯を捧げても構わなかったが、果たして意味はあるのかと諦観を抱いているのは確かであり、返す言葉も無い。――胸を貫くような痛みが走った。だのに、鋭い目も強い言葉も、幸か不幸か慣れていた。しいていえば、女性から向けられるのは初めてだった。怯めば弱い生き物と認識されてしまうから、笑みを絶やさないのは自らを守るため。)……血の繋がった、という意味であれば私は家族を知りません。街の子供たちや、良くしてくださる方々のことは等しく大事に思っております。(拒絶されてなお、下せずにいた手のひらに視線を落とす。己なんかよりも、姫のほうがずっと痛そうだ。)最上は姫様ひとりです。春の庭で私の手を握ってくださった、あのときの温かさを今でも覚えています。あれから、姫様は色んな所に私を連れて行ってくださいましたね。魔物を片付けるしか能のない、浅ましい私には過ぎたる幸福でした。(思い出を愛おしみながら、瞳をゆるく瞬かせた。たった数か月の間に、己は随分と人間らしくなったと思う。それまでは、ただ漠然と騎士として生きているだけの何かだった。そうっと前屈みになれば、姫と目線の高さが近づくだろうか。)拙い言葉で恐縮ですが、どうか聞いてください。私は姫様のことが、世界でいちばん大切で、だいすきです。……理由ならいくらでも、私の中に存在しているんです。姫様へ告げるに相応しい、美しい言葉を即座に用意できないだけで……。後片付けが終わったらお聞かせしましょうか。(そうしてまた性懲りもなく、恭しく手を差し出した。)
* 2022/11/5 (Sat) 20:27 * No.80
(最上が複数と答えられても忠誠を信じられず、たったひとりと告げられても傷付く、最悪な質問。姉の騎士だと知った時から決して訊くまいと胸に秘めていたけれど、忠誠を正しく受け取るのなら、春の日に芽吹いた疑念をそのままにはしておけなかった。だけど、危ないところでは当たり前のように着いてきてくれると思う程度には、望めば何でも叶えようとしてくれそうだと勘違いする程度には、騎士の想いが本物だって、わかってた。家族の話にはそっか、と相槌を挟んで、大事な人たちを天秤にかけさせた気がして眉は次第に垂れ下がっていく。)……うん。ひとり、だよね。(処刑宣告を待つ心地で身構えていたのに、語られるのはふたりのこと。春の庭の話は自分だけど、彼と外に出掛けたのは一度きり。色んな所に連れて行ったのは姉で、ふたりでひとりになってしまう状況が、息苦しくて仕方がない。だけど、絞り出すような声しか出なかったけれど、語られる内容が姉だけではなくて、嬉しかった。)能力、一つじゃ物足りないのね。動きが綺麗、優しい、服選びのセンスがある、町に詳しい。……色々あるように、見えるわ。(卑下する騎士の言葉が気になって、数少ない思い出から優れたところを指折り数える。服の話だって、毎日選んでもらっても姉とお揃いになるのが嫌だっただけ。目と目を合わせ、告げられる真っ直ぐな言葉に緩やかな笑みは浮かぶ。)汚い言葉でいいよ。できないことも教えて。……私も、エリックさんのこと、嫌いじゃないわ。(どうせ姉のことなんでしょ、とは思わなかった。先程まで姉として忠誠を受け取ろうと覚悟を決めていたのに、きっとこれこそが、正しく想いを受け取るということなのだろう。受け止めきれずに眼から溢れそうになって、精一杯見開いて、ただ一人の騎士の姿を目に宿した。)手、叩いてごめんなさい。……怪我、しなかった? 魔物、たくさんいたけれど。(差し出された手に手を重ね、春の日は意外に思った節くれ立つ手も、先の戦い様を思い返せば納得の思いだった。必要もなくぎゅっと握り、今更になって気遣う余裕ができて、騎士の頭の天辺からつま先までを確認しながら席につく。先程見渡した限りだと重傷者は見あたらなかったものの、魔物の群れと戦闘を繰り広げて皆が皆無傷とはいかないだろう。カーテンが閉ざされた窓へちらと目をやって、見ていたことを暗に示す。手当の心得はないから、怪我をしているなら治療を勧めて、後片付けへ送り出そう。)
* 2022/11/6 (Sun) 03:59 * No.83
(指折り数えて挙げられる言葉の数々を黙って聞いていたが、やがて己のことだと分かった瞬間、火をくべた暖炉ように全身が熱くなった。浮かべたはにかみが綻びて笑みとなり、たったひとりの親愛なる姫に捧ぐ。)私は子供のころから、詩を書くのが苦手でした。これからも私なりの言葉で伝えさせていただきます。先程、馬車から降りてこられた姫様はとても勇ましかったです。私どもは見習わなければいけませんね。(熱のこもった尊敬の眼差しを向ければ、冗談でないと伝わるはず。自らを信じて行動に移せるのは素晴らしいことだと賛辞した。あの時は驚きが大きかったが、思い返してみれば姫に強く呼ばれ、己を求められていたのだ。疎まれてもいなければ、嫌われてもいない。重ねられる手に、温かな言葉が沁みる。)お気遣いありがとうございます。私は丈夫にできていますから、ご心配には及びません。(こちらからも手を握り返したかったが、この場はすぐ離さなければ不自然であると思えば、指先がぴくつくのみ。得手が長物のハルバードであるのが幸いし、先程の戦闘では治療するほどの傷を負っていない。どこかしら擦り傷はあるかもしれないが、その程度だ。経験の浅い騎士や、接近戦を迫られた騎士たちは多少つらいかもしれない。姫が無事に着席されたなら、手を下ろして背筋を正した。)……ご覧になっていたのですか。怖く、ありませんでしたか。(何が、とは敢えて言わず。問いかけや、気遣いにも似た呟きだった。既に姫は馬車を飛び出してきたのだから、愚問であると分かっていた。魔物が人間を襲うのは生まれ持った性質であり、明確な悪意はないとされている。魔物を一心不乱に屠る者のほうがよほど恐ろしいと、仲間内から言われることも少なくなかった。一礼して馬車の扉を静かに閉め、後片付けへ加わっていく。姫様にお叱りをいただいていたのか、姫様の機嫌は良くなったのかと心配や探るような質問があちこちからに投げつけられたが、全て涼しい笑顔でのらりくらりと躱していった。ただし、姫を悪く言う声が聞こえたならば相手が上であれ下であれ、姫の素晴らしさを語り始めて逆に煙たがられていただろう。大きな穴に集められた亡骸を、魔物にだけ反応する特殊な魔法具を使って燃やしてしまった。匂いも煙も出さないよう魔法が編み込まれた魔法具は、値が張るが実に有益だ。馬車で待つ姫がもし外を覗いていたならば、弔いの炎だけが見えただろう。最後に穴を埋めて、負傷者には出来る範囲の治療を施し、再出発の準備が整うまで半時間とかかるまい。)姫様、お待たせいたしました。これより移動を始めます、よろしいですか。(姫に一言かけてから、目的地へと向かおうか。)
* 2022/11/6 (Sun) 15:09 * No.87
(いつも浮かべている穏やかな笑みも安心感があるけれど、その表情を崩したくなる時がある。春の日に手を握ったのも、服を選んで欲しいと無茶振りしたのも、愛称を提案したのも、その一貫。だから、意図せず表れた花の綻ぶような美しい笑みに、いいものが見れたなと笑みは深まる。)苦手なのに、美しい言葉を用意しようとしていたの? がんばってくれても楽しそうだけれど、今はエリックさんなりの言葉が聞きたい気分。……騎士団が私を見習ったら、すぐに解散してしまうわよ。(尽くされてきた言葉の数々を思えば意外に感じたけれど、彼なりに伝え続けてくれたのだろうと素直に受け取ることにする。尊敬の眼差しを向けられる覚えはなく、すべてを受け取るのはやっぱり難しそうだけれど。怪我のない様子には頷き、伺うような声色には目を瞬かせ、馬車の外に身を乗り出し目を合わせよう。)ちっとも怖くなんてなかったわ。エリックさん、強そうなだけじゃなくて強いんだなって呑気に眺めていたくらい。でも、緊張感が持てないのも気まずいから、魔物の恐ろしさは教えてほしいかも。(目に焼き付いた光景を浮かべれば、不謹慎にも活き活きと話し出してしまい、すぐにばつの悪そうな顔で上書きする。次々と魔物を倒していく武器捌きは鮮烈で、騎士のことばかり目で追っていたせいか、魔物は未だ物語の中の存在。人間の方がずっと恐ろしくて、冷たい眼差しを向けられた時は訳が分からなくて怖気づいたけれど、あれは魔物に向けたものだったのだろうと理解すればもう怖くない。すっかりいつもの調子を取り戻し、「がんばってね。」と笑顔で後片付けに送り出した。扉が閉じられて僅かに暗くなった車内。さっそくカーテンを括り、窓枠に腕をのせて外を眺める体勢をとる。時折近くを通りかかる騎士たちに手を振りながら、揺らめく炎の輝きが消える様を、静かに見届けていた。)お疲れ様、移動して問題ないわ。エリックさんは? お話してくれるのでしょう。(「後片付けが終わったら」という言葉を額面通りに受け取って、馬車へと手招く。編成を変えて困りそうであれば、後ほどいくらでも時間があろうと町に着くまで大人しくしているつもり。預けられた時は破り捨ててしまおうかと思っていた手紙も、少しは前向きに届けられる気がする。)
* 2022/11/6 (Sun) 20:59 * No.90
(姫は今しがた席に着かれたばかりなのに、話す勢いに思わず気圧されてしまった。己が危惧していた光景は、姫からすると見え方が違ったらしい。図らずも褒め言葉を頂戴してしまい、恐縮する。)眺めていただくほどのものでは……、ありがとうございます。魔物についても、良い機会ですからお話しいたしましょうか。(笑顔で送り出された騎士の足取りは軽いものだった。その後、馬車への同乗を求められたのなら、承諾の言葉を残して一旦その場を辞す。部隊長に報告し、馬は御者に頼んで馬車を引く馬たちと一緒に繋いでもらい、得物は荷台へ預けに行き、先導役はもしもの時を考えて予め決めていた代役へお願いする。忙しないながら焦りはなく、てきぱきと段取りを終えた。後片付けのあと、一応は身綺麗にしていたので見苦しくはないはずだ。姫へ一礼したのち馬車へと乗り込み、御者へ合図を送れば一行が進み始める。姫の向かいに腰掛け、乗り慣れていない馬車の揺れは落ち着かない心と似ていた。)まずは、私が姫様を大切にしたい理由のお話でしたね。姫様は他者を見た目や肩書ではご判断されず、その人となりを重んじてくださる素晴らしいお方です。また、時にはお気持ちを包み隠さず教えてくださいます。王室におかれては少々珍しいのかもしれませんが、上辺だけの整った方よりは好感が持てます。(胸の内を繙きながら、ゆっくりと穏やかな声で話す。爵位も家柄も持たぬ己を付き人として認めてくれたあの日から、直近の出来事で言えば落とし物を覚えていないことを変に誤魔化さなかったり。こちらも「姫君」だから守っているのではなく、姫の人となりを好いているのだと伝えて。)これは私の個人的な思いなのですが、姫様はさながら蝶々のようです。王城という温室に守られているよりは、城下町へお出掛けされているときなど、羽根を伸ばしていらっしゃる姿がとてもよく似合っているとお見受けします。……蝶は風のものです。あの美しい羽根は縫い留めたガラスケースの中ではなく、風を纏って飛んでいる瞬間こそが魅力的なのです。あの捉えどころのない可憐な動きは、つい目で追いかけたくなってしまいますね。(同意を求めるようなやわらかな語尾で一度言葉を切り、詩的な表現が下手と自覚しているため補足として言葉を重ねていく。)本日の正装はもちろん素敵ですが、お忍びで町を歩くのに適した軽装のほうが姫様も過ごしやすいのではありませんか。帰りを急がれないのであれば、車窓からではなく直に紅葉に触れてみるのはいかがでしょう。私でよければお供しますよ。(何の憂いもなく明日を語るのは、姫の傍らを確かなものと信じているからこそ。)
* 2022/11/7 (Mon) 19:55 * No.97
(騎士が同乗する準備を整える間、待つ方は気楽なもので、開け放つ窓からその姿を覗き見る。無駄のない動きに感心していたところ、近くにいた者たちが「エリックが姫様について熱弁を振るってましたよ。」などと話を盛ってきて、馬車内での賛辞といい美化されすぎやしてないかと、騎士を招き入れる際ぎこちなくなってしまった。窓はそっと閉じ、姉のことも入り混じった話から都合よく自分の話だけを拾い上げ、ふぅんと意味ありげに微笑む。)なら隠さず言ってしまおうかしら。正直、お姫様なら誰でも良いのかなって思っていたの。だって「命を受けた時から最上」だなんて、いくらなんでも早すぎて不審だわ。(包むのを止めたら酷いことを言いそうだから、柔らかな口調に留めおく。「ふたりで一人」とは今も決して思わない。けれど騎士の想いは本当で、姉だけでなく己にも少しは向けてくれているのだろうと理解して、受け取ることにした。ただそれだけ。)温室で守られているからこそ伸ばす羽根がある蝶も、いるのかもしれなくてよ。(癪なことにね、とは続けずに、にっこり微笑む。自身を蝶のようだとは思わないけれど、そう見えているのなら乗っかってしまうことにする。)でも、そうね。エリックさんが選んでくれたような服の方が、ずっと良いわ。せっかくだから帰りは、長めに休憩時間を取らせてもらおうかしら。羽根をむしり取られてしまわないよう、護衛よろしくね。(森は徐々に開けていき、小高い場所に位置する町並みが見えてくる。日の出と共に出発しておよそ半日、夕焼けと夜空が混じる空の下、点々と明かりが灯っていく。暮れゆく景色を眺め語らいながら、町まで残り僅かな時間を共にしよう。)長旅お疲れ様。この後はおもてなしをしてくださると聞いているからゆっくりと楽しんで、明日に備えて身体を休めてね。(馬車を降りてから一同に声を掛け、迎えの者に案内をされて町長の屋敷へと向かう。道中、町の人々が集まってきて愛想を振りまきはしたものの、内心緊張でそれどころではなかった。あらかじめの練習通り、町長に定型文の挨拶を交わし迎賓への感謝を述べて、恙無く手紙を渡し終え一安心。そのまま歓待の席へと招かれる。部屋の中央に大皿の料理が並び、この土地で採れたものを中心に用意してくれたのだとか。あとはご自由に、となる頃には長旅の一同は酔いが回り楽しげな様子。付き人たる騎士を手招いて、真っ先に向かった先は酒類が並べられた場所。)エリックさんってお酒好きなの? 注いであげる。(わくわくと輝かせた瞳に、善意よりも好奇心による行動と伝わるかもしれない。グラスを差し出し、もう片方の手にはアルコール度数の高い酒瓶。あわよくば酔い潰す気である。)
* 2022/11/8 (Tue) 07:06 * No.103
(付き人を命じられた対象がどのような方であっても最上と振舞えば、己の出自に難色を示されても角は立たないだろう。自らを守るために用意していた建前は、あのとき姫へ差し出す真実となった。だが、姫が今日まで不審に思いながら過ごしていたのであれば申し訳なく、すみませんと素直に詫びる。そして同時に、聞こえのいい言葉には簡単に流されたりしない姫に対して、また一段と感心して尊敬の念を抱いた。)温室を快適に感じていらっしゃるのであれば、私から申し上げることはありませんね。(姫に合わせて、こちらも微笑みを返そう。姫にとって王城が窮屈でなければ、それに越したことはない。己が軽装と称したものを、「選んでくれたような服」と強調されるのは擽ったい気持ちになる。)かしこまりました、護衛ならお任せください。(往路での休憩時間に、姫が馬車に乗られたままだったのが少しだけ気になっていた。お疲れかもしれないと声をかけずにいたが、この遠出が仕事だけではなく何かしら有意義な時間となれば幸いである。やがて町へ到着し、姫から賜る労いに高揚するもの、安堵するもの様々であった。以後は付き人らしく、務めを立派に果たされる姫の近くで控えていただろう。もてなしの席では食事をそこそこに、羽目を外す者が出ないか心配になり、特に酒好きで愛妻家の先輩騎士を注視していたが、よもや己が酒を勧められるとは思わず笑顔を固くする。)……私は嗜む程度でして、皆さん揃ってお酒を口にしてはお屋敷のご迷惑にもなりますし、(尤もらしい理由で断ろうと思ったのだ。だのに、姫の輝く瞳があまりにも眩しくて――差し出されたグラスを両手で受け取ってしまった。)それでは、お言葉に甘えて……姫様に給仕のような真似をさせてしまい、申し訳ございません。有難くいただきます。(注がれていく酒の強い香りに、噎せ返りそうになるのを必死に我慢した。酒は飲むが頻度は多くないし、度が強いものは苦手だが言い出せないのは己の未熟さ故であり、決して姫に強いられているわけではない。暫くグラスを持ったまま動けずにいたが、意を決して口にする。何でもないようにすぅと飲み干してしまったが、もし姫が気をよくして注いでくれたとしたら、三杯目で酔い潰れたであろう。酒気で頬が赤く染まり、両目が潤んでいる。椅子かテーブルがあれば、ふらふらと寄りかかっていたはず。)これ以上は明日に差し支えますので……。(離れたところから仲間の冷やかしや野次が飛んでくる。「エリックは相変わらず弱いな」「お前飲みすぎると豹変するからやめとけよ」など、あくまでも仲間内の馴れ合いであったが、酩酊した頭ではいつものように受け止められず、苛立ちからつい乱暴に首元のタイを緩めた。)姫様、どうか彼らの言葉はお気になさいませんよう……。(笑みを作ったつもりだったが、今どんな顔をしているか考え及ばなかった。怒っていたかもしれないし、泣きそうだったかもしれない。)
* 2022/11/8 (Tue) 19:57 * No.107
(酔ったらどうなるのだろうという好奇心により差し出したグラスは騎士の手へ。職務中だと断られるかなとも思ったけど、言ってみるものだと、にこにこと酒瓶を両手に抱え直す。)謝るようなことではないわ。飲み物を注ぐくらい、私にもできてよ。(瓶を傾けなみなみと注ぎ、届く強烈な香りに思わず息を止めてやり過ごしていた。平気なのかと見守っていれば平然と飲み干す様に、「丈夫って言ってたものね。」と見当違いに納得して、二杯目、三杯目。止める声にはすんなり従って、顔を覗き込む。)ふふ、顔真っ赤。なんだか悪いことをしている気分。(目が潤む姿に、普段なら絶対見られないだろうなと笑みが零れる。悪意を持たぬまま白々しいことを口にして、座るのは騎士がもたれかかる椅子の隣。)酔うとどう変わるの? 怒りっぽくなる? 泣きたくなっちゃう? いつでも八つ当たりしてくれて構わないし、泣いたら泣き止むまで見ててあげるね。(人に酒を勧めておきながら自身の片手に持つのは葡萄ジュース。周囲の声を拾ってにこにこと意地の悪い顔で酒癖を問い詰める。いつもきっちり制服を着ているから、襟元を緩める姿が新鮮だった。やがて酔っ払いたちがふざけながら介抱の仕方を教えてくれて、水を注ぎ渡し、無謀にも肩を貸して部屋へ送ろうと試みる。賑やかで酒臭い一夜だった。)――おはようエリックさん! 昨日の記憶はある? 二日酔いしてない? 森に寄り道しても大丈夫?(明くる日。ばっちり支度を整えて、騎士と顔を合わせるなり口数多く喋り始める。いつも通りにこやかな笑みを浮かべて、昨朝と比べれば一目瞭然、元気な姿だった。明るい声色に、寄り道を楽しみにしているのは伝わる筈。温室は快適でもないけれど、あまり外へ出ようとも思わない。けれどほっぽり出されたついでなら、良いのかなと思うことにした。無事紅葉鑑賞となった際は、昨日聞きそびれた魔物についても教えてもらおう。)
* 2022/11/9 (Wed) 05:22 * No.110
(すぐ近くに見える姫の楽しそうな様子に、瞬間的な苛立ちなど消え失せてしまった。崩れ落ちるように椅子へ座りこんで、姫の美しい声に耳を傾ける。酔ったとき独特の浮遊感に苛まれている身には、唯一の救いのようにも感じられた。)姫様、いけませんよ。酔った男に、優しい言葉をかけては……。(おぼつかない手を姫の頬へと伸ばしたが、触れられたかは定かではない。もし、許されたならば壊れものを扱うような手付きで、柔らかな頬を包もうとするだろう。)姫様がお優しいのは、私が付き人だからでしょうか。それとも、私だからですか。(熱を帯びた呼気に乗せて、甘ったるく囁いたのは奇しくも意趣返しとなった。一介の騎士が姫君に特別性を求めるなど、身の程知らずであるがまともな理性は働かない。しかしながら返事を待たずして、蕩けた瞳に重たい瞼が下ろされた。器用に座ったまま浅い眠りに落ちてしまい、体を揺さぶられたり大きな声をかけられれば寝ぼけ眼で応えただろう。己より小さい誰かの肩を借りて、壁伝いに部屋に戻った気はするのだが、翌朝に目を覚ました時には昨夜の記憶が殆ど残っていなかった。手早く身支度を整え、姫に朝の挨拶へ伺った。目が覚めるような姫の笑みに見惚れてしまい、反応が一瞬遅れる。)姫様、おはようございます。お恥ずかしながら、昨日は一杯目をいただいてから覚えておりません……。酔いとともに抜けてしまったようです。部隊長と話は付けておりますので、本日はゆっくり戻りましょう。(折り目正しく一礼する、いつも通りの騎士の姿があった。帰路の途中、ひときわ紅葉の美しい場所に降り立ったならば、木々の彩りよりも姫へ目を向けている時間の方が圧倒的に長かったであろう。昨日に遭遇した魔物の特徴や習性など説明して、怖がらせるつもりはないが恐ろしい存在であると理解が得られればと思うが、知識として少しでも印象に残れば幸いだ。)――おや、あれは。姫様、あちらをご覧ください。妖精が遊びに来ているようですよ。(何気なく森の中ほどを手のひらで示せば、小さなつむじ風が落ち葉を巻き集めており、まるで見えない何かがくるくると躍っているように見えるだろうか。実際は、己が風の魔法で軽く渦を巻いて見せているだけなのだが、姫の気分転換になればと思った次第。寄り道の時間を今しばらく。)
* 2022/11/9 (Wed) 20:08 * No.115
え、(どこに優しさを感じたの。問おうとして、伸びてくる手を目で追っていた。頬に触れる、硬い指の感触。心配してくれているような言葉と優しい手付きに、大切だと伝えてくれた言葉が形を成し、囁かれる甘い響きと瞳の温度に、ぶわっと頬が赤らんでゆく。騎士の熱が伝搬したかのように熱くて、ただどちらか問われただけなのに、それ以上の意味を考えそうだった。やがて二人そろって顔を赤くした姿に揶揄いが飛んできて、肩を揺り動かし水を飲ませ、逃げるようにその場を後にする。)優しくした覚えなんて、ちっともないわ!(貸していた肩から腕を外し寝台へと放り捨て、既に休む者のいる夜更け、乱雑に扉を閉める音が響き渡る。姉への言葉だろうと答えは出さずにいたけれど、付き人だからか、彼だからか、ぐるぐると脳を駆け巡っていた。)――ふぅん。前にワインを勧めようとしてくれたから、てっきりお酒好きだと思っていたわ。お酒に弱いのね。(翌朝、昨夜のできごとを覚えていない様子に一安心。隊の準備が整うまでの時間、視察の仕事も無難にこなしながら、長閑な町並みを楽しみ出立しよう。道中、騎士に案内されるがまま馬車の外へと降り立つ。魔物の話に耳を傾け知識欲を満たし、木葉舞い落ちる森を歩く。)妖精って、こんな形で見えるのね。本当は身の回りにもいるのかしら。見たことがないと思っていたけれど、見落としてしまっていたのかも。(指し示された先、秋を纏うつむじ風には駆け寄ってしゃがみ込み、興味深げにじっと見つめる。指先で突っつけば、その存在を確かめられるだろうか。首元から華奢なチェーンを引っ張り出し、「知り合い?」なんてヘリオドールのペンダントをかざし、秋風の妖精と対面させようとも試みる。昨日は無感動に見ていた紅葉も、秋の深まる森に導かれれば鮮やかな光景となっていた。忠誠や厚意を受け取るのは不得意だし、命を預けることはないけれど、これから少しずつ騎士から差し出されるものを受け取ってゆこう。)
* 2022/11/12 (Sat) 21:25 * No.122