(新たな季の訪いに、数える花弁は何色か。)
(天高き暮秋の候。二頭立てのクーペ・ド・ガラが一台、王立騎士団一個小隊の護衛と共に緩やかな轍を描いていた。蹄が蹴る音は石畳の硬質さから草の地面へ、車窓の景趣もまた城下の街並みから長閑な樹林地へと流れゆく。色付いた木々の葉は辺り一面に散り敷かれ、開けた場所では遠き峰に施された雪化粧もよく見えよう。窓枠を額とする景趣は絵画より、当然ながら騎士の持ち合わせる語彙のみで説明する光景より、遥かに彩り豊かで鮮やかである。任の一環という目的は重々承知ながら、外界の出来事を話題に上らせるのみでも佳容を無邪気に輝かせる姫のこと。実際にその眸へ映せるとあらば、少しはその心に新たな光を灯すことも叶うだろうか。そう在ってほしい、と。ごく自然に願うのは付き人として至極当然のことである、筈だった。その立場ゆえか対面の席に同乗する形で、常と同じく他愛なき雑談を重ねもした後。)……、一旦停めてください。(月輪の眼差しは不意に姫君から逸れ、御者への指示として声を飛ばした。慣れた手綱によりギャロップの音が止み、停めさせた当人は扉に手を掛ける。一度だけ車中を振り返り、成る可く柔らかな表情と音を意識して声を編んだ。)姫。申し訳ございませんが、少々こちらでお待ちください。カーテンを引いたら、私が戻るまでお開けになりませんよう。(一度周囲に視線を廻らせてから注意深く降り立つ。何も不審な音が鼓膜を打った訳ではなく、寧ろ辺りはしんと静まり返っていた。楽団の指揮者がタクトを振る直前、或いは剣術の稽古にて間合いをはかる最中に似た――否、比しがたいほど剣呑たる静けさ。内包した気配を察知できたのは若輩ながら経験の賜物か。各々の持ち場と行動に関して淡々と命じ、即座に察して従った小隊の一人が草を踏みしめる。瞬間、俄に膨れ上がる周囲の闘気。又の名を、殺気。図ったかの如く四方八方から現れたのは銀の毛皮を持つ、狼やジャッカルに類する見目の魔物達。堅く握り締めていたレイピアの柄を抜き、先制した一振りは攻撃より威嚇を目的として。)領域を荒らして申し訳ない。しかし此方とて志を違えられはしない、覚悟を。(穴持たずの獣が如く飢えた獰猛さを前に、再び身を返して振り抜く細剣。今度は明確に相手を狙って、光る切っ先が銀を紅く染めた。一秒でも早く殲滅せんとする剣筋には一切の迷いもなく、ただ馬車が火の粉を被らぬように留意しながら腕を振るい続けて。)
(姉は正しく娘であり、妹はそうではなかった。常と同じように交わす御挨拶の抱擁の中で父がどんな顔で言葉を掛けてきたのかはわからない。そしてその顔を見ても何かをわかってはいけない。妹は出来が悪く、封じられた歌と姉には無い愛嬌だけしか持っていないと決まっているのだから。妹は常と変わらぬ様子で託された手紙を胸に抱いて微笑む。父はそれを見て安堵し、姉はそれを見て不安を募らせた。外出用のシンプルな乳白色のドレスを纏った妹は常と変わらぬ様子で、滅多に無い外出を喜び、そして鳥籠を飛び出した。何もわからない妹は今日も微笑んでいる。慣れぬ旅路ではあったがそれよりも外出への喜びが優っていただろう。初めは嗜める様子であった侍女も草の地面へと至らぬ内に諦めてしまった。窓枠に飾られた移ろう絵画を覗く眸には相変わらず星が踊る。あれは図鑑で見た樹木だとか御伽噺に出て来る山だとか、頭の中で広げて来た空想の景色を騎士との間に広げ、その違いをひとつひとつ正して行った。長閑な木々の連なりに慣れ、体の疲れにようやく気付き始めた頃、事は起きる。)リューヌ……? ――わかりました。(離れ行く月輪の眼差しへ当然の如く不思議を重ねる。この末の姫よりも日頃から公務に付き従う侍女の方が理解は早い。末の姫もすぐに状況が飲み込めないもののそのかんばせと声の作る柔らかさの意図を疑うわけがなく、一拍開いた後に頷いた。扉が閉まるや否や侍女はカーテンを引いて末の姫に傍に置いていた外套を羽織らせる。「万が一のことも御座いますから」と元より持続性のある治癒魔法と熱魔法を施された外套の上から更に衝撃に備える簡易の魔法を降らせた。馬車の外より聞こえる音は何も無い。「御耳を」と今のうちに耳を塞いでいるようにと掛ける侍女の声に首を振った。)……いいえ。これはアルシノエの道だから知っておかねば。(背も指先も一層に正しく美しく。ヴェールと外套の内側で呼吸を繰り返す。身を小さくしたがる背、何かを求めたがる指先、今はそんな不安をねじ伏せてただただ外の様子に向けて神経を研ぎ澄ませた。外套が綴る魔法の温もりがこの身が冷えているのだと教えてくれる。馬車の外の無事を祈る唇は大地に向けた古い祈りの言葉を紡いだ。)
(群れは親玉を、隊は司令塔を叩けば早々に陥落する。獣に等しき敵も本能でそれを解したか、単なる偶然か。辺りを囲む数匹の照準が不意に、男一人へ集中した。妙に凪いだ脳裡の泉は、全てを躱しきるなど到底能わぬと当然の事実を受け容れて。急所への攻撃だけを二つ三つ選んで避け、細身の剣を振り抜いて獣の身を裂く。同時に一匹の牙が敵討ちとばかり、男の左肩を深く鋭く刺し抜いた。流石に多少眉が寄りはすれども、傷ひとつで態勢を崩す程に零落れて居やしない。自分も、周囲も。一群れの大半を切り伏せ、逃げ帰った分までは深追いせぬよう指示して戦闘は終了した。持ち上げた月輪は先ず無傷の馬車を映し、安堵の息を短く零す。それから一度小隊の面々を見渡し、血気盛んな若者の勝ち鬨を軽く制した。誉れ高き騎士団の実力か、或いは人知れず捧げられた清らかな祈りに拠るものか、致命傷を負った者は一先ず居ない様子。)白魔法に長けた者は、急を要する負傷から優先的に治癒を。問題なく立て直せるようなら、速やかに出発準備を行うように。風向きが変わらぬうち移動する。(滞りなく整い始める隊列を横目に、肩の傷へ右手を翳して簡易な治癒魔法を施す。全快には至らずとも腕の感覚が戻る程度、手綱を振るえる程度に。失血の影響で多少面の色は白茶けていようが、時間経過と共に癒える筈とは経験則から知れたこと。すぐさま正しく美しき姫の在所へ駆け寄り、指の背で窓を数度叩いた。)お待たせして申し訳ございません。一帯が魔物の生息地だったようで、戦闘となりましたが無事に退けました。ここからは馬車外で護衛を致します、今暫くのご辛抱を。(仲間の血を嗅ぎ付けて、更に獰猛さを増した魔物が集く可能性とて皆無ではない。そうした露骨な表現は避けながら端的に説明し、窓枠から手を離す。か弱き御身は、此処までの行路で既に疲労を覚えているやも知れぬ。かの姫君へ無配慮に知らしめるべきではない。血錆の臭いも、夕陽とは似つかぬ無粋な紅も――馬車内と外とを視覚的に隔て続ける刻限として、己が告げたのは“戻るまで”。もしも声に応じるべく内側からカーテンが開けられたのなら、それら全てを知らしめてしまうこととなろう。その場合は“お見苦しいものを”の意で頭を下げるのみ。声だけで了を得られたのなら、同行させていた愛馬で併走するべくマントを翻すのみ。騎士は今日も望まれる侭、正しく従順な騎士で在らんとしていた。)
(初めに聞こえたのは何であったか。地に何かが墜ちた音か或いは獣の咆哮か。いずれにせよ末の姫の身は小さく揺れた。知らない音が幾つも幾つも周囲で弾ける。馬車を王城とした縮図を頭の中に描いた。この場において無力なこの身が今まで如何に守られて来たのかを教えられている気がした。音の種類が変わる。勝ち鬨に事態を把握し胸を撫で下ろしたのも束の間、待ち兼ねていた声が窓を叩く音と共に訪れて、世を知らぬ無邪気さはカーテンへと直ぐにも末の姫の手を伸ばさせた。侍女の制止も聞かず。一刻も早くその姿を見たかったのだ。)――、(途端に広がる無粋な紅の色と血錆の匂い。月の名を呼ぼうとした唇が止まる。そのかんばせを見たかった筈なのに眼差しはすぐに血に濡れた左肩へと吸い込まれる。次いでその色をやや失っているかんばせ気付いた。ふたつの事象を結ぶのは容易い。戦闘を知らぬ身であれば傷の程度がどれほど命に関わるかも分からぬから不安と恐れとが身体を走った。けれど衝動的な行動に走らなかったのは、今日も廉直な心の有り様を映す麗しさで頭を下げるその姿を目にし、また何故彼が扉を開かなかったのかという優しき気遣いに思い至ったからであった。)――……(侍女は背の向こう、そして未だ戦闘後の処理に騎士の面々が追われている。誰の目も此方を見ていないのをいいことに、一度周囲へ巡らせて状況を確認した眸を月輪の眼差しへと向けた。慈しみを朝露に宿した暁の色は血に濡れてもなお清らかな彼の像だけを映す。そしてひたりと窓硝子に手を添えて、先に潰えたその名を唇は今度こそ音も無くなぞった。ただその一瞬を、手のひらが僅かに硝子を温める間の時だけを、月の騎士一人だけに捧げた。)わかりました。皆のお陰で手紙は無事です。感謝します。一先ず休めるところまで無理に至らぬ範囲で急ぎましょう。後程、詳しい状況を報告してください。(硝子へと熱を僅かに与えた手のひらが離れれば、周囲に聞こえるように少しばかり声を張って返した。何もわからぬ身が口を挟むべきでないから休める場所へ行くも目的地まで急ぐも任せることにして、この身より負傷者を優先してくれと告げた。最後にちらと左肩へと眼差しが向かうもそのままカーテンを閉めて仕舞えば、周囲の騎士たちは"半分"の姫の気紛れな冷たさこそ感じれど他に何も思うことはなかろう。侍女もまた背の向こう側で起こったことなど知る由もない。)
(淑やかに陽を取り込む肌の主は、纏う柔らかな白と今日も美妙な対比をなしていた。審美に疎き男でも充分に伝う、侵してはならない花の色。護るべき一人の姿。何の変哲もなき秋の景趣一つ一つに輝く眸へ、未知を知として収めゆく暁光の在処へ、万が一にも要らぬ記憶の像を結ばせてはならない――そう念頭に置いておきながら、窓硝子越しに先ず「そのままで」の一語を添えなかった点は完全な手落ちである。姫の表情を目の当たりにして、そんな時既に遅き自省が浮かんだ。手負いの影響で頭が回転を低めていたなどとは、無論言い訳の一つにもならぬ事実。莟の花唇は無音の侭に月の名を象ったというに、ふと聞こえた気がする純美な音色は疲労による幻聴か。僅かに揺らいで見える暁の雫色、シナモンの枝より遥かに華奢で優美な指、いずれにも込められたるは慈しみばかりだと距離の近さから自ずと伝う。対峙する月輪は緩やかな瞬きの手前に似て細め、口許もまた仄かな下弦に撓めた。案じなくとも良い、この身は大丈夫だと、音を織れぬ代わりに示すべく。礼をとる胸元からやおら離す指先は、寸陰ばかり姫と騎士との透明な隔てに触れる。体温が伝う余地もない掌同士を互いに合わせ、面に浮かぶ心情をも分かつように。)承知仕りました。お気遣い痛み入ります、アルシノエ様。(交感と呼ぶには極々細やかな刹那を経たのち、男は短い承諾と今ひとたびの辞儀を以て任に戻る。盾となる騎士にとって、負傷は軽重問わず日常茶飯事である。馬車を護る小隊と共に白毛の愛馬も暫し走らせた先、谷間の清流で一行の身を清めさせたなら更に半刻ほど行程を往く。すれば丁度西日の時間帯、現在地から目的の町まではもう一跨ぎといった処。隊の面々および御者に小休憩の合図を送って停止したその地は、多少なりと木々も開けた緑の湖畔。水場近くの樹に馬を繋ぎ、先と同じく馬車へ駆け寄る。ただ此度は手ずから扉とカーテンを開き、穏やかな秋風を馬車内へ送り込みながら。)此処で一旦、小隊と馬に休息を取らせます。姫……我が君も一度、外の空気をお吸いになっては如何かと。(車外は安全であること、万事問題なき状況となっていることを示唆する声だった。躊躇いがあるようなら、座したまま風に当たるのみでも構わない。必要とあらば無傷の右手を伸べ、慣れぬであろう地面に降り立つ手助けも行おう。透徹した湖水は一枚の鏡めいて、金じきに染まりゆく秋空を映している。)
(薄氷一枚、隔てたる向こう側の掌の温もりなど伝わりはしない。肌が感じるのは硝子を温めた自分自身の温度だけだというのに指先が余計に熱を帯びた気がした。雲に隠されていた玉桂が柔らかなおもてを覗かせた中宵の一幕、暗き宵に憂う娘が月の光から悦びを得るのは容易い。叶うことなき逢瀬は元より遠い月を更に遠く思わせる。月桂に出会う悦びと、その距離を可視化された軋みと、故に睫毛が揺れるだけの僅かな時の邂逅は時の長さより膨大な感情をまなうらに流し込んだ。カーテンを引いた後、指先をそうと唇に寄せて胸の内に溢れた何かに息を詰まらせる。侍女は窓の外を見た故に気分が悪くなったのかと誤解してくれたようで、外套を脱いだ後はその思いやりに甘えて暫し目を伏せた。疲労と緊張に末の姫の身が微睡に攫われるのは早い。妹は遠浅の夢を見た。)――……、(次に気付いた時にはその耳に随行する者たちの声が入ってきて、移動が止んだことを知る。カーテンは引いたまま。外も見えず状況もわからない。外の様子を常に窺っていた侍女に小休止のようだと教えてもらってやっと現状を理解した。当然のように身体が強張っている。外はどうなっているのだろうかと扉に目を向けたとき、機を待っていたかのように扉とカーテンが開かれた。射し込む西陽と吹き込む秋風、そしてそれらを率いて来たその人を待っていたから、眩しくて眩しくて。)――ありがとう。(言葉と感情を暫し置き去りにしてしまっていて、やっとのことで出した声はちいさい。次いで表情が戻り、ほのかな綻びが唇に浮かんだ。「貴女も少し休んでいて」と侍女に言い残し、外套を羽織って車外へと足を踏み出す。月の騎士の右手には素直に甘えさせて頂いた。先の負傷のこともあるからお行儀良く手を乗せるのみに留めたかったものの、久方ぶりに歩みを強いられた足は思うように動かず、結局その手に縋るようにやや力を込める形になってしまった。慣れない地面であるのも手伝ってその歩みは辿々しい。ドレスの裾に注意しながらようやく大地へ数歩踏み出した足はすぐに止まった。暁の眸は金に染められ、言葉はもうひとつの世界を映す湖水へと吸い込まれた。金の空へ、凪の湖へ、暁は彷徨う。)……まぶしい。(ようやく出た言葉がそれで、自らのことながらはにかみが浮かんだ。)すこしだけ、湖に近付いても構わない?(そしてはにかんだままで右手をそっと引いた。)
(数刻振りに見る主のかんばせは、長い夢想から舞い戻った少女のよう。朝から馬車に揺られ続け、加えて道中に物騒な光景を見てしまったとあらば心身両面に於いて疲労していて当然である。ゆえに慮りながら注視する月輪には、少しでも気が晴れればとの在り来たりな思いが籠められて。はらりと程なく降ってきた声のひとひらは淡く、次いで綻んだ花の顔に仄明るくも確かな安堵を見た。同時にこの胸裡へ結ばれる感懐もまた、恐らく安堵と呼べようもの。仄かに和らげた面を緩やかに左右へ振り、礼には及ばぬと示しながらも信頼を受け取る仕草。すんなりと預けられた繊手に己が指を柔く折り、隔てなく伝った温度を包む。侍女にも軽く会釈を送り、姫を外界の只中へ連れ出した。幸いにと言うべきか、戦傷を負った肩は利き腕とは逆。細い手指にどれほど頼られた所で揺るぎはせず、その御身ごと確りと支え導いた。小さな幅の歩みが止まるなら騎士も随う形で、豊かな感受性が捉えたものを共に見遣る。雪を纏った尾根は白い冠を戴いたように煌めき、小さく見える対岸の集落は空と湖の夕映えに優しく抱かれていた。そうした黄昏の景趣ごと、護るべき主の姿を有りの侭に捉える。)――…ええ、(率直に落とされた純な声へ、一度ゆっくりと返した首肯は何に対するものだったか。夕付く日の光、照り映える湖水、佳景と調和して佇む暁色の乙女。それは宛ら完成された絵画の如く、されど面映ゆげな表情の移ろいが現に息づく出来事と知らしめてくる。全てが細めた月の双眸と心へ焼き付くに任せながら、この手も歩みも姫の意思に任せる意で今一度頷く。)勿論です。どうぞ足元にお気を付けて。(その間も儚い脚への気遣いは忘れずに。水辺へ近付けば、控えめながら取り取りに咲く花々も見えよう。淡く青みがかった薄紅のリコリス、釣り鐘の花を開かせた真白のクレマチス、見頃を終える手前の匂い紫。出迎える景趣は穢れなき眸を無粋に刺すことなく、ただただ優しく目映い風色ばかりで象られていよう。)ちょうど今、あちらに見える町が本日の目的地です。日が暮れきる前には到着する見込みかと。(景観の一部と化しそうな対岸を示し、予見を述べる声音はなだらかな音韻。先の出来事や報告については強いて触れもせず、常と同じに姫から語らいの糸が差し出されるなら繋ぐつもりで。あくまで今は休息のひととき故、ただ静謐の中で夕景を眺め過ごしても構わなかった。)
(湖面を渡る風は冬の気配と夜の匂いを抱いている。スゥと頬と胸の内を撫ぜては冷ましていった。数歩馬車から離れると随行する者達の声は湖水の漣に攫われる。漣は金の粒と銀の泡と手を繋ぎポルカを踊っていた。目の前に広がる光景は眩しくて広い。金の光溢るる世界の随所に花を飾り、湖面は限り無き宙と慎ましい人の営みを優しく抱いていた。太陽の統べる世界との境界線をなぞりながら、末の姫は花々を視界に宿していく。睫毛が時折金の色を弾き、そして宵を予感させる月輪の眼差しへと至った。)水が近いからナスタチウムが咲いているかと思ったの。少し遅かったかしらね。(過日、交わした会話の中に咲いた花。馬車の中でもせせらぎを見つける度に身を乗り出していた理由を明かす。末の姫の目に映る限りにその花は無かった。けれど他の花々をたくさん見つけたものだから然程落胆した様子は見せない。そして目的地へと眼差しを向けた。対岸でちいさなひかりが灯り始めている。夕餉の支度だろうか細い白煙が上がっているのが見えた。あの小さな里でも人々がそれぞれに泣き笑い生きているのだと思うとなんとも言えぬ不思議な気持ちに襲われた。長く続くと思われるどんな道にも終わりがある。道中の喜びも悲しみもゆっくりと想い出へと変わっていく。着いて仕舞えばこの長くはない旅路の半分が過ぎたことになるのだ。旅が終わる前から胸に寂しさが宿った。瞬きを重ねた後でふと結んでいる手に視線が止まる。唐突に数刻前の感情が蘇って来て指先が緊張を覚える。歩みを助けてくれることなど極々自然なことでなんてことはない。今までも何度か重ねて来たことだから今更意識する方がおかしいだろう。流石に手を退けることはしなかったがほんの少し指先を浮かせる形となった。)もう着いてしまうのね。 ――ね、怪我は平気? 貴方は……、いいえ、貴方達はいつもあのように戦っているの?(気持ちを切り替えようと試みる眼差しは左肩を見つける。目の前の光景に意識を奪われて、すっかり先ほどの出来事が片隅に追いやられていた。指先の強張りも束の間、硝子越しに見せた感情を仄かに覗かせる。今、その月のおもてに憂う色は何もないように見える。それもあってか負傷を尋ねる言葉の後に、騎士の在りようについての問いが生まれた。見たことのない姿。お話の中では聞いていた姿。それらは彼らが日々生きる世界なのかと問うた。)
ナスタチウムは秋の初めに花をつけ、料峭の頃にはもう花の姿が見えなくなっていると……先日お話ししてから少々調べました。本年は丁度終わりを迎えた所であるのやも知れませんね。(今日を振り返れば車窓に水辺の煌めきが映る都度、暁の星もまた呼応して興味深げに煌めいていた。その理由に今更思い至った心地で、城の庭園にも咲き誇っていた花に思いを馳せる。これも過去の話に相違ないが、姫から手向けられた話題を繋ぐ分には問題も薄かろう。澄んだ声の口吻には片道の終わりを惜しむ気配が窺え、一日の旅路が多少は佳きものであったと伝うよう。宙へ伸べた手を自ら離すことはせず、浮いた繊手がそのまま離れるのなら同じ速度を以て退く心算で静止していた。今はただ優しい団居を想像させる町の灯が、隣の澄み切った眸にも温かく映っていれば良いと物思うばかり。)恐れ入ります。負傷には先程簡易な治癒魔法を施しましたから、私は大事ございません。――今日の内に完治させずとも、人間の身体には生来自然治癒力というものが備わっております。それを待たずして魔法やポーションの力を借りては、備わった力も鈍ってゆくかと。(衣の破れは繕えなかったものの、血錆の色と臭いは多少除かれた肩。快癒させなかった事実と、その理由にも端的に触れる。護る対象に心から案じられて、誤魔化しの虚言を告げる真似はしなかった。あのように、が何を指すものかは類推にとどめて。)魔物や敵襲に遭遇した時は力で退けるか逃げを打つか、大きく分けてその二者択一となります。今回は貴女様の護衛という任がございますので、危険がないと判ぜられるまで剣を振るいました。(先の出来事と日常とを照らして述べる語り口は、眼前広がる湖面と同じに凪いでいる。慈雨のごとき眼差しに応えて、月輪の一対も丁重な柔らかさを保っていようか。)“世の人王家を蔑ろにせしとも、我らばかりは命を賭して守り抜かん”……シャティヨン家に伝わる教えです。私自身も幼少の頃からそのように説かれ、我が身の誇りともしてきました。生涯を通して王室に尽くすべしと。(騎士の有り様を語った後は、余談に等しいと知りながら己個人についても言及する。傍仕えとなった現況に抱く、偽りなき誉れの話。)今日のような戦いも怪我も、騎士には茶飯事です。我が君に……親書にも害が及ばなかったのなら、それが一番喜ばしい。私は今、他ならぬ貴女様の騎士であり付き人ですから。
(「残念ね」と小さな応えを返して再び花々を眸に映した。季節の歩みは確かだ。咲く花々も、木々も、色を変えていた。この空さえ纏う雲の形を変えている。金の色の雲は薄く細くのびていた。)……騎士である自分自身に、そして貴方を育んだ家に、誇りを持っているのね。(澱みのない物言いは清水が流れる如く。湖面に広がる水と同じくその心の内を大きく占める生き様を示していた。柔らかな言葉達はそれでいて凛とした調子で鼓膜へと届く。見上げる暁の眸は語られる言葉を聞く内に段々と柔らかく縁取られた。最後まで紡がれた言葉達を確と胸の奥で抱きしめて、唇もまた柔さを描く。)私ね、知らなかったのよ。 知識として知ってはいたけれど解っていなかったの。こんな風に私たちが守られていたなんて。 私たちが太陽の下で花を見ていられるのも、月の下で夢を見ていられるのも、貴方達がいるからなのね。(空いていた方の反対の手が下から戦いを識る手にそうと触れる。両の手で自らのものより随分と大きな手を包んだ。浮いた指先もすっかり先の強張りを忘れて。)……アルシノエを守ってくれてありがとう。(彼の誇りの礎は王室と騎士の家なのだろう。真っ直ぐに語る眼差しはとても眩しい。今、この暁の眸が細められているのは西陽の為ばかりではなかった。されど、同時にふつと心に浮かぶのは彼が見ているこの末の姫という像について。双ツ児で分つ存在、彼が守ったのは“何”か。包んだ手に先に伝えられなかった温もり添えて、それからゆっくりと離した。片割れが想うままにその手を掴んでいては、彼の見る像が崩れてしまう気がして。)貴方が大きな怪我をしてしまったらと、貴方がいなくなってしまったらと、私は不安だったのだけど……、駄目ね。私がしっかりしなくてはいけないのよね。貴方の主なのだし、皆の誇りを守らねばならないもの。(吐露した感情に偽りは無い。されど騎士の誇りの前では個人的な感情など小さな小さな事に思えてしまった。姉ならしっかりやるのだろう。姉ならうまくやるのだろう。すぐに甘える我が身の弱さを自覚する。馬車の外では他の随行する者達の目もあるからしゃんと出来るはずだ。幸い旅の目的はまだ果たされていない。自覚するのが早くて良かったと、見上げていた暁の眸は月輪から逃れ再び対岸へ向いた。)しっかり親書を届けなくては。
今は……貴女様にお仕えすることこそを、我が身の誇りと。(優美な微笑みを見つめる内、飾らぬ心が紡ぐ本音はごく自然に零れた。二人称の重みを知らぬ男は、その浅はかさを知らぬままに無知な誠意を捧げる。真実と照らせばいっそ滑稽な程に、真率な光を湛える月輪で。さりとて今、見つめる先に佇む影がひとつであることもまた紛れなき真実。)ご存知なくて良い。その澄んだ眸に血の色を映すべきではない、繊細な耳に獣の断末魔など届けるべきではない。貴女様の穢れなき心には馨しい花や冴えた月があれば良い――…要らぬ錆を知らしめるべきではない、と。今この瞬間まで、そのように思っておりました。(危ないから待っていなさいと、目隠しをして遠ざける大人のように。剣の柄と馴染んだ片手を、荒れも肉刺もない小さな両手に包まれる。ふ、と笑い未満の吐息が落ちた。口許を微かに弛めれど、三日月を描くには至らず。纏うものは自らへの呆れに等しくありながら、自嘲よりは軽く。)とんだ独善もあったものです。知ることに権利が必要ならば、貴女様はそれを充分にお持ちだ。(自らの置かれた現況を、偽りなきまことを。王族である前にひとりの人間であることを、よもや失念していた訳でもあるまいに。空になった手はひとたび下りかけて軌道を変え、徐に滑らかな頬へと伸びる。)あなたは、“誰”ですか?(持ち上がる指は触れる手前で止まったものの、言葉は心の声に留まらず現の空気を震わせていたらしい。そんな事実に一拍遅れて気付く体たらくを晒し、指をそうと退かせると同時に緩くかぶりを振る。所詮は手負いの世迷言、白昼夢か何かと思って忘れてほしいと。)きちんと出来ておいでです。そうして背筋を伸ばすお姿はご立派で、拝見している此方も誇らしい。されど不安を……貴女様の内に生まれた正直なお気持ちを、無理に押し隠す必要はございません。この手が護らんとするものは、御身ばかりではないのです。……“何をお話しなさろうと、なさらずとも、貴女様の無理なき歩みで”。(ナスタチウムの語らいと同じ日に手向けた言を、宛らソネットを諳んじるが如くにそっくりなぞって結んだ。騎士として侍ると誓いながら、聊か差し出がましい発言を呈しすぎたように思う。目映い夕映えが夕闇へと移りゆく前には「戻りましょうか」の一言を添え、再び掌を伸べよう。馬車までの短い道程も含め、付き人としての申し分なき佇まいを保たんとして。)
(月輪の真っ直ぐな光が作る影は何であるのか。妹自身も正しくわからない。何故なら姉妹を識別する記号など存在していないからだ。とはいえこの場にある身体はひとつのみ。向けられている対象はこの肉体であることは事実。)そんな風に思っていただけるのは嬉しいわ。 勿論気持ちの良いものばかりでは無いけれど、知らなければ貴方のその手に刻まれている努力の意味もわからなかったもの。(鳥籠の中で空を知らずに止まり木から止まり木へ跳ねるだけで良いのだと、それは王である父の意向であった。それがどうしてこんな風に外に出してくれたのかはわからないが何も知らぬ妹は多くのことを知り、多くの感情を羽ばたかせていた。その手に刻まれた鍛錬の跡。その身に刻まれているであろう騎士の足跡。見上げた先で生まれる表情の変化さえも城壁の中に居たのならば知らないままのものだったのだろう。ひとつひとつを胸の奥の宝石箱へとしっかりとしまう。)――知る権利、(知りたがり屋は誰か。不意に空気を震わせた問いは、先の言葉と連なった。その指先は届かないも身動ぎひとつでうっかり触れてしまいそうだ。末の姫もまた騎士に目隠しをしているのだろうか。胸の鼓動が妙な速さを覚える。言葉が翻され、指先が去るまでの僅かな間、呼吸の記憶がなかった。)……私にも貴方を守らねばという気持ちがあるのよ。(騎士としての働きを知り、その上に立つ者として何を為すべきか知ったばかりだ。再び差し伸べられた手にそっと手を重ねる。ただ重ねるだけでは知り得ないその手に刻まれた騎士の誇り。真実に目隠しをして、誇りを守りたい気持ちもあるが――)今宵は晴れるかしら。私ね、星が見てみたいの。(馬車に乗り込もうと手を離す間際にぽつと呟いた。車内にいた侍女はまた始まったと言わんばかりに呆れ顔だ。王城では光が絶えることはない。その空を覆う天幕も常に光に照らされている。自室の窓から見る星と今宵湖水に抱かれる星とはどれほど違うのか、常の無邪気な顔は変わらない。)そんな顔しないで。大きな窓のお部屋がいいなというだけよ。 ……ね、だから少し急ぎたいの。これを預けておくわ。足が軽くなるまじないを込めてあるの。(侍女にこれ以上の我儘は言わないと明らかな願いをひとつ提示してみせた。そして振り返れば首元から取り出した何かを騎士の手に握らせる。魔法具の一種だと言いながらも彼の手の内でそれは魔法の力を感じさせないだろう。侍女もそれについては何も知らぬし侍女の位置からは見えぬから、大凡他の者が持たせた旅支度のひとつと理解する。二つの掌の内に転がるそれは小さな小さな指輪。華奢な匂い紫の細工が施されている。抱く石もなく長く磨かれてもいない。そうして身を乗り出せば内緒話の装いで騎士の耳に言葉を忍び込ませた。)……これは私が父と交わした約束。貴方がその約束を守りたいのなら星が空を飾る前に返して頂戴。 もしも貴方が知る権利を持っていると思い、”私”を知ろうというのなら……、今宵の星の下で待っていて。(そうして馬車に乗り込んだ。)とても空が広かったのよ。今夜はたくさんの星を飾った夢が見られそうで楽しみ。(先の話の続きのように侍女に声を掛けた。星の下、人々が寝静まった夢の中ならば、”誰”かはその姿を見せることも叶おうか。間も無く馬車は目的地へと動き出す、ひとたび湖のほとりに夢を置いて。)
(尊き命を護られるべき姫が、騎士である自分を護るなど。花顔の色を案じる指先と共に胸中浮かびかけた異を、しかし言葉の形に整えることも唱えることもしなかった。知る権利云々と唱えたそばから遠ざけては姫も、姫の意思を尊重すべしと改めて律した己自身をも、舌の根も乾かぬうちに裏切ることとなろう。今は細い手を、信頼を我が身へ預けられる光栄を胸に置いて。)宜しいのではありませんか。季節や立地に鑑みても、夜空の星は明るく見えることでしょう。(無垢そのものの願いを耳にする騎士の返答が、助長あるいは甘やかしに傾くのは此度に限った事柄に非ず。二人揃って侍女から向けられてしまう温い視線まで含め、今や日常に根付いた光景と相成っていようか。ごく有り触れた、平穏な日々の延長線。そう信じて疑わなかった心は、有り体に言えば不意を打たれたらしい。手中に転がる一輪から魔法の波動は感じず、何かを判ずるより早くふわりと近付く花の香り。手向けられた花の意匠ではなく姫自身の芳香だと解する傍ら、ささめく声に耳を傾ければ思案の余地もなく瞬いていた。艶やかな髪が微かに触れる感覚すら朧のまま、内容を咀嚼する内に声の主は馬車へと。何も識らない。己は持つ者か持たざる者か、選るべき正解がいずれであるのか、姫の決した意の在処は。何も解らない。ただ一つ判るのは、選択を己自身の手に委ねて頂けたということ。各々の思いを余所に、蹄の音はまじないなど掛からずとも初めと同じギャロップに落ち着いて。馬車は湖水沿いに緩やかな曲線の轍を描き、目的地に恙なく到着した。降り立った町は長閑そのものといった風情の、戦いも魔物の気配も遥けき人里。託された親書もまた無事に、任を携えてきた姫から長の手へ渡る運びとなった。暮らしぶりと同様慎ましくも心からの歓待を受ける間に、釣瓶落としの秋陽は瞬く間に暮れてゆく。一日の労を労う者同士が思い思いに閑談する、豪奢さに代えて真心を尽くされた楽しげな宴。程なく幕引きとなる酣を音もなくするりと抜け、宵の下へ赴くような物好きの人影は一つきりだった。況してや冷える秋宵に湖畔へ向かうなど、例えば風雅を知らぬ同僚などからすれば酔狂の域であろう。レザーマントを纏った人影は水辺に佇む樹のうち、夜のとばりに隠れぬ一本を選んで歩み寄る。満天から降る星光を弾いて存する、真白い月面にも似た樹皮の白樺。男は幹に軽く背を預け、両のかいなは適当に組んで瞼を伏せた。)――…、(握られた侭の片手。常日頃から神経を研ぎ澄ませる騎士のこと、視界を鎖せば殊更他の感覚も鋭敏になるのは至極当然か。些細な物音、例えば華奢な足が草を踏みしめる音の一つでも立てば、やおら開いた月輪が音の発信源を捉えるだろう。手の内を舞台袖と見做すが如くに出番を待つは、香らぬヘリオトロープの小さき環。)
(事は恙無く進んだ。轍に乱れは無く、ひとつのよれも無いままに親書は長の手に渡る。暮れ行く空の下で人々の暮らしは慎ましくも季節の彩りに溢れていた。末の姫は長の案内と共に人々の暮らしぶりを見て回った。眸の最奥の星を幾らも輝かせたが、唇にはそれを乗せずにお行儀良く出来ていた。宴の中でもそれは変わらない。供される品々を眺めては表情を綻ばせていた。口にしたのは侍女が確かめた数点のみで後は随行していた者たちへと譲る。それから労いを込めて酒の類を余分に用意させたのは侍女とすぐそばにいた者だけが知ろうか。いずれにせよ、末の姫はもてなしを十分に受けた後、疲労を理由に宴を後にした。その方が場も和もう。里に伝わる歌はより大きく響いていた。)……平気よ。(与えられた部屋は望んだ通りの大きな窓のある部屋であった。空がよく見える。部屋へ戻ってすぐ、侍女にドレスの汚れを指摘された。食事の際のソースがドレスの裾に付いていたのだ。侍女はすぐに処理をする旨を申し出て、同時に末の姫には先に休むよう促した。末の姫が申し訳無さそうにしたのは先に休むことに対してではない。ドレスを故意に汚したのは末娘本人であったからだった。侍女の普段の働き振りを知っていればこその策は予定通りに進む。ただひとつの問題は休息を取るための衣へと早々に着替えさせられてしまったことであった。寝衣とまでは行かぬも何の装飾も無いただただ丈の長い白いドレス。袖も無く、表情を隠すヴェールもないのだからなんとも心細いが仕方がないとそのまま外套を羽織った。袖がなくとも外套は風を遮ってくれるだろう。ヴェールがなくともフードを深く被れば代わりになるだろう。そうして部屋を抜け出した。一歩足を踏み出す度に鼓動は大きく大きく鳴って息を詰まらせようとする。一人で歩いたのは初めてだった。この身を繋ぐものは何も無い。聞いたことのない虫の声がする。転んで怪我のひとつでもしようものなら大事だ。この身に何かあろうものなら侍女に騎士、この里の者まで皆が罪に問われる。この歩みひとつひとつの罪の重さに、そして騎士に“自分”を知らせることへの恐れに、寒くもないのに身が震え、暑くもないのに汗がじわりと背を伝う。されどもう歩み出してしまった。平気だと自分自身に言い聞かせながら進むしかないのだ。夜を満たす漣の音が徐々に大きくなる。)……リューヌ。(外套に隠された暁の眸が騎士を捉えるよりも先に月輪の眼差しは此方を向いていたであろう。呼吸を縺れさせるほどの強張りも、軋む胸の鼓動も、その姿を見ると安堵に塗り替えられるのは一体いつからか。)リューヌ、(どうして彼を星の下に連れ出したのかも今は忘れて、その顔を見ることが叶った喜びに任せて駆け寄った。)
(町長の案内により方々を巡る姫の一歩後ろ、当然の如く付き従う姿があった夕刻。和やかな散策の風情を多分に纏わせた視察のさなか、長い睫に縁取られた眸の奥にはやはり星の瞬きが見て取れた。振る舞い自体は日頃の務めと何ら変わらず王族然と、姫君として申し分なき品行方正さであったが。常々日がな一日付き従う騎士なればこそ、職務中の姿とよくよく似通うからこそ、照らせば違いは鮮やかで――長じれば不敬となろう考えをすぐさま打ち消せなかったのは、恐らく手の内で眠るヘリオトロープの所為。暮れ方も夜も、人前に在っても一人きり逃れてきた今も。権利を有するか否かは不確かである一方、“彼女”を知ろうとする意ばかりは確かだった。待ち人が待ち人であるために心持ち敏さを増していた感覚から、眼差しが重なる前にその姿を捉えさせることが叶ったのは幸いに。ヴェールの隔てもなく露わとなった花顔は、樺の白妙と星の光に映えて見目良きと称されよう姿。されど今、麗しさに感じ入るだけの心の余白は持ち合わせていない。常の柔らかさが窺えぬ表情、どこか身を固くしている様子、それが護るべき主の有り様とあらば然もありなんか。眇めた眸には訝しみよりも憂慮が籠もる。町の灯から離れた小夜色の中、星光のみが照らす視界で如何程伝わったかは定かでないが。)――我が君、(仕立ての良い外套に隠されてはいるものの、細身を夜気へ触れさせるに心許なき装いである位は察知した。されど咎めるに至らなかったのは月の名を重ねて呼ぶ声の調子から、御心の緊張か不安が安堵へと変じたことを知ったが故。由も経緯も、現状すらも正しく判ぜられぬ己ではあるけれど。駆け寄ってくる足より大きな歩幅で数歩踏み出し、此方からも距離を詰める。)良き夜となったようです。お望みの星もご覧の通り、満天に輝いて。……寒くはありませんか。(二人の踏みしめる草場は丁度、入り日を眺めた湖畔から対岸に当たる位置。城壁も砦もなく、教会の鐘楼にも遮られぬ空は高く広い。澄み渡る空気の中で殊更明るく幾分近く、光り輝く星々は湖を鏡として瓜二つに映り込んでいた。そんな光景を視線で示しながら選び取った話題は、風雅を愛する姫の心が上向くようにと無意識下で抱く思いの表れ。それでも間近に寄れば拭い残した懸念が鎌首を擡げ、節介じみた一言も口を突いてしまう。空の利き手を細い肩に添えるよう、外套越しに柔く触れさせた。返る言葉によっては、外套の上から更に己のマントを重ねて羽織らせる心算で。)
(白樺の樹の膚は遠き土地であることと今宵の澄んだ空を唄う。湖に近付くにつれて足の下では柔さが増した。外套とドレスの裾に触れる草の手の多さの分、人の声から離れていく。自然と両手がするりと伸びたのは、幼子がするそれに似ていたが詰まる距離に押されるように再び手は引かれて外套の合わせを内側から抑える役を担うこととなった。足が止まり山より吹く風が外套を揺らすようになって、その指により力が篭る。寒いばかりではない。)――本当に夢のよう。星はこんなにもたくさんあったのね。妖精の粉を散らしたみたいで……(常と変わらぬ調子で夜の色へと滲む息を吐き出しながら空を見上げた。空を見上げても、湖へと視線を走らせても、どこにも星が瞬いている。望んでいたものよりずっとずっと広い広い星の海だった。星を愛でるだけでいられたらよかったのに。)平気よ。(寒くはないかとの問いに首を緩く横に振った。太陽から逃れた髪が一房溢れる。そして肩に触れたその手に自らの手を重ねた。抵抗無くば指を掬うようにして浮かせて、一歩、二歩、と下がり、いよいよ指先たちが離れる距離にまで至れば星の御空へと月の騎士の優しき御手を返した。さながらワルツの終わりのように。)ね、リューヌ……、今日は来てくれてありがとう。 ……夢みたいね。ううん。夢なのよ。(今宵のことは夢の一幕でしかないと言い聞かせるように紡がれる。此処にいることも、今から話すことも、現では起きてはならぬことだった。)――……(躊躇は当然に。されど侍女がこの身を探すのも時間の問題だ。身体が冷えるのとどちらが早いか。外套の奥で眼差しが彷徨う。次に唇が開かれたのは星が幾つか瞬いた後。)もしもね、貴方が最後の恋だと確信する出逢いの果てにその者が双ツ子を宿したとしたらどうする? 何か行動を起こす? それとも躊躇うかしら? ……この身はね、その愛しき躊躇いの産物よ。 ――双ツ子でこの世と繋がり、この世に降りるその時に母の生きる道を奪い、そして私の”半分”が生きる道を今も奪い続けているのが生き延びてしまった妹の私。(直接的な表現は避けるも終いにはかつて彼に語った罪人の自供じみたそれの形を変えて再び口にした。何も産まれ落ちた時に限った話でない。今もなお姉の生きる道を阻害している亡霊のようなものであるのだと。)末の姫、アルシノエは今もなお二人なのよ。(暁の眸は伺うようにその顔を見上げたけれど、正しくその像を映せていただろうか。もう一歩、後ろへと踵は逃れた。この身の真実は麗しき彼の騎士道をきっと穢してしまうだろうと。)
貴女様の眸に映ればこそ、星も数多の光を散らすのでしょう。(御手が為す仕草も音の葉も、一切退けず受け容れる。りとつ、恋の語から始まる謎かけめいた問だけは、半ば虚を突かれたに等しい頭で答を探すにも少々刻を要したが。ゆえにただ、相槌さえ忘れ黙して聴くような有様となったことだろう。森閑とした宵のしじまは、鈴を転がす声の一音をも取り零さず伝わせてくる。家の誇り、神話と名付く国の常識、それらを幾度となく受け取ってきたと同じ鼓膜に。)……、(返すべき言の目次が、当然の如く白紙となった。生まれながらに背負う罪、罰、或いは業。過ぎるもの達を一度の瞬きで押し潰し、意識的に息を吸って吐く。明かさせたことを詫びれば、彼女の至情を無碍にしてしまう。だからと礼を紡ぐのも躊躇われ、先ずは事実を事実と飲み下して。)母君の生きる道を奪った。……これが一人娘であれば、生に代えて遺された宝物と称せられもしましょうに。(呟きめいて夜風にのるは、以前伺った折にも感じた定めの無常。夢だと、すっかりと見慣れた花唇は言った。なれば自分も、昼日中に常々課する騎士の務めを隅へ寄せたとて構わぬだろうか。すれば後に残るは単純に、何処か腑に落ちる感覚だと知れた。)我が主、アルシノエ・エオス・キュクロス様。貴女様の中に、二つの魂が宿っているのか、とは……予てより薄々と感じておりました。分かたれた命の一方が、もう一方の御身に心を託して地へ還ったのかと。(自らの胸懐を音として重ねゆくことは、夢想の一幕を望む彼女の意思に反するやも知れぬ。重々承知しながらそれでも、沈黙による幕引きは選べなかった。離れた一歩を自らも一歩だけ踏み出して縮め、やおら草の地面に跪く。)どうやら違っていたようですね。貴女様は……あなたの抱く心は、初めから。庭園でお目に掛かった春の日から、あなた一人のものだった。(あの日。あの時。明確にどちらがどちらであったか迄、つぶさに種明かしを頂いた訳ではない。見当が外れていたなら優しき姫のこと、恐らく嗤いはせずとも笑って頂いて構わなかった。仰ぐ月輪は常と同じ敬意を携え、常より更に柔い光を纏う。幼き少女を案じるに似た気遣わしさを宿して。)時が経っても残る輝きならば、お伝えしても構わないと……そのようにお許しを頂きましたね。よって憚らず申し上げますが、――…我が君。美を受け取るあなたの御心は、底の見えぬ湖より遥かに澄んでいる。花の雅も陽の光も、星の瞬きもただ在るばかりでは……それでも無論美しくはあるでしょうが、共に眺める今のようには在られぬもの。その穢れなき眸に映ればこそ、弥増して尊く在ることが叶うのです。(ジャカランダの傍らで交わした会話を織り込みながら、冒頭の隻語を補うように、しがない男の見解を真正直に述べた。一騎士として聊か過ぎた発言は、突いた片膝の礼節に多少差し引きされようか。右の手をゆっくりと掲げ、掌を上に星辰の天蓋へ伸べる。細い指の到来を待つ仕草は、さながらワルツの誘いのように。)
(夢の天幕の内で紡がれるお伽噺は国民の誰もが知らない物語。王と王妃と僅かな忠臣にのみが知る物語であった。夢だと口にしたのは勿論それが他言を許さぬものであるという意もあったが、同時に寝物語と同じく朝陽に照らされ泡のように消えてしまえばとの想いもある。夢だから知らない。そんな話など知らない。逃げ道を作った。月の騎士の優しき心は恐らく明確な拒絶などは示さぬだろうが、真実が双ツ首の竜の伝承に倣い忌むべきものと思われる可能性があることは覚悟していた。その方が彼にとっては良いのだと思っている節も妹にはあった。正しく末の姫である姉とその騎士である二人の生きる道にこの身は障害でしかない。妹は王の過ぎたる寵愛だけを纏って奥の庭で人の手で育てられた花を歌えば良いだけの話。円環を正しく連ねるならばそれが正しい選択である筈だ。)どうして……、未だそんな風にしてくれるの? 私が末の姫の"半分"であるから? キュクロスの血が流れているから?(されど漣が幾つか重なった後の眼差しと言葉は予想していたものよりもずっとずっとやわらかくあたたかい。明らかな戸惑いが浮かび、外套の最奥で星を宿す眸は揺れた。あの鈴蘭も、あのジャカランダも、あのナスタチウムも、あの日のままに心に仕舞い込んでいるのは地に還るべきただ一人。胸の内では春の日からひとつひとつ重ねた記憶が咲く。跪く姿にはらはらと瞬きを落とした。)……貴方は、”私”が誰かわかるの?(自分でさえ、鏡写しの存在があることでしかわからぬというのに。この身を示す記号も証も何ひとつ存在せぬというのに。わからないから手を差し伸べてくれるのだろうか。ヴェール無き生まれたままの夜色の髪を飾るように降る優しく美しい言葉たちに困惑を隠せない。先に離した御手と月輪の眼差しとを、戸惑いを宿した眸は何度か行き来した。淡く開く唇は何も言葉を成さぬままに震える白い息を何度か細く吐き出す。)――私には、貴方が何よりもうつくしく見えるのよ。(だからあの日、その御手には触れられなかった。何も知らぬままに、高潔な志を掲げて、ただ一人しか存在せぬ尊き手を持つ末の姫を護る騎士であって欲しかったというのに。こうして真実を告げて、それから手を伸ばしてしまうこの心の弱さが憎い。風の冷たさにか、身体の最奥に呼応してか、細い指は震えながらも優しき御手にそうと重ねられる。暁の眸は未だ戸惑いに揺れていた。)
明確な答えを即座に整えられる程、出来た騎士でないことをお許しください。今はただ、あなたがあなたで在るからだ、と。(噂は知識として、双子を禁忌と見做す世のあらましは常識として。各々教え説かれた通り真面目に、良くも悪くも自我を伴わず騎士の脳裡に収めていた。いっそ己自身にも忌む心があったのなら、かような場での取捨選択も明確だったのであろうかとは単なる仮想。眼前で惑う花かんばせは、籠の外で迷った小鳥を思わせる。)鈴蘭の一輪を大切そうに携え、邪気のないお顔で微笑まれた時。実際にはご覧になったことのない海原や塩田を思い、お声を弾ませていらした時。馬車の中で秋の彩り一つ一つに興味を示される一方で、ナスタチウムの花影一つを探されていた時……未知に触れる都度、眸の奥に星が瞬きました。それらはあなたのものに相違なかったと振り返っておりますが。(相違があったのなら遠慮なく正すか笑って頂く所存で、筆削を求める生徒が如くに応えを待つ。美しいと称されるべきは内に星斗の光を宿し、今は空からの煌めきを受けもする御身こそであろうに。重なった指先の震えは夜風の冷たさのみに因らず、暁へと向かう双眸の揺らぎは湖面を映したのみに因らぬと察せられる。脆い儚さとじかに触れ合って、改めてその細身へ課せられた責の重さをまざまざと感じてもいた。一回り小さな手をそうと取り直して反転させ、体温を分けるように左手を重ねて包み込む。繊細な淑女の掌は同時に、某かを手渡されたと察知することだろう。右手は掬うように支えたまま、彼女の掌が見えるよう指の覆いを外せば――お目見えするは夕間暮れに預かった指環と、それからもう一つ。)ジャカランダが咲き誇る遠き島国で、ボラ・ミンピ……夢の珠、と呼ばれている品だそうです。掌上で転がした折に鳴る音は、その地で奏でられる楽器の音色に寄せたのだとか。(それは月天の輝きを一所に閉じ込めたような銀に、宵と朝の狭間のような紫の石を填め込んだ珠。鎖を通して首飾りとするも懐に忍ばせるも容易い、星月夜の秘め事を具現化したよう控えめな存在感の一品だった。静かに語るさなか、夜風と睦んだその一粒がしゃらりと清らかな音を奏でる。)傍に侍れない時も、どうかお忘れ無きよう。このリューヌは如何なる時も“アルシノエ様”の騎士で、あなたの味方であること。他ならぬ“あなた”のお心へ、この月色と共に留め置いて頂ければ幸いに存じます。
……その言葉を信じるわ。(付け焼き刃の答えを用意せずあるがままを飾らずに返すのだから信頼を寄せているのだ。これがまさしく傍にあった月の騎士の姿。緩んだ息が漏れた。それは答えを憂いたものではなく、答えを欲しがった自分自身に向けての呆れのような色のものだ。)……そう、ね。この私に違いないわ。忘れないでいてくれたのね。ありがとう。 ――……あたたかい(月明かりが照らし出す想い出のいくつかは確かにそこに妹がいる。いずれの過日も美しく鮮やかに蘇る。花の香さえも再び蘇るようだった。父や姉以外と妹個人として想い出を共有したことなどなかったから、重ねることのできる記憶がどれほどにあたたかく心躍るものなのか知らなかった。あたたかいのはこの小さな胸の内かそれとも触れた指先に点った温もりか。ぽつんと呟きを落とす唇は柔らかく綻んだ。しかしすぐにその唇は新たな驚きに塗られる。初めは指輪を返されたのだと思ったがどうやらそれだけではないらしい。すぐにも不思議を浮かべたままに顔を見返して、そして指の覆いが外されると今度はまたあたたかい手の内へと視線を落とした。父との約束と称した指輪と、それから――)夢の珠……、(夜風に誘われた掌を傾ければ微かに揺れた月の色は空から降る音を奏でる。この音に満たされる地が遠くにあるのだと知れば、この頬に触れる風も見知らぬ土地まで辿り着くのかと空を見上げた。相変わらず星々が瞬いている。耳を満たすのは湖の囁き声と里より遠くで交わされる獣や虫の声。この身はなんと小さなことだろうかと急に心細さを覚えて、そっと隠し込むように元よりあたたかな場所にあるその手はそのままに、その上へと反対の手を重ねて月のかけらを包み込んだ。陽が昇る前に世界が一番静かな時を閉じ込めたような石と知らぬうちに胸の内にある冷たくもあたたかい銀の色がまた手の内で今宵の空の色を奏でた。次に言葉が出たのはやや呼吸を重ねてから。)大切にするわ。……それから忘れないから、この夜のことも貴方のことも決して。(この手の内に今宵の夢の記憶がある。音に触れる度に浮かぶ感情は月輪の眼差しを見上げる度に浮かぶものと酷似していた。されどこの身はその感情の名前を知らない。知らぬままにしておきたかった。あたたかな場所から手をすぐに引くことが出来なかったのはただ寒かったからということにした。今はまだ夢の内、少しばかりの我儘も許されるだろう。やがて空の星と湖の星と、それから傍の月の手から離れ、侍女が外まで探し出さぬうちに戻ろう。「貸していた魔法具を返してもらいに行っていたの」と呑気な様子の末の姫は侍女に明日でも構わないことでしょうと当然のお叱りを頂くのであった。瞼を閉じた後、夜のしじまに落ちる音は娘のあたたかな手の内から。)
〆 * 2022/11/9 (Wed) 11:48 * No.113
(確かな裏付けなど何もない中、一先ずは正答を送れたらしいと知る。あでやかな花弁の綻びと、音韻以上に温かな声とを受け取り緩やかに首を振った。礼になど、全く及ばない。)忘れ得ぬものとして、私の胸に刻ませてくださったのはあなたです。ボラ・ミンピとて他のどなたでもない、あなたにこそ贈りたかったようだ……と、今宵新たな気付きを与えてくださったのもまた。(異国の風を連れてきた夢の珠は、その掌上こそが還る場所だったと歓びを謳うかのよう。想像力を有する眸が珠玉ひとつから何を思い、何を浮かべて天を仰いだか。微かな虫の音、通り風や細波の囁きを如何様に聞いているか。それらは今一度機会が巡るなら巡ってきた折に、答えを得られるならば得ようと胸底に沈めて。)今年の花祭りにおいて、異国の商人が開き売りをしていた品の一つです。所用の序でとして赴いたに過ぎませんが……自然と手に取っていたのは、あなたとの語らいを思い出したからでしょう。(正しく彼女と“出会った”日、暁の眸を揺るがせも輝かせもした話題。我がことながら推量するような物言いは同時に、半年弱もの間持ち歩いていたという誇れぬ事実をも露見させてしまおう。挙げ句の果てに包装やリボンの類もなく掌へじかに転がすなど、女性への贈り物としては満点どころか及第点すら頂けないであろう渡し方に帰着して。それらを恬として述べられるのもまた、“彼女”ならお許し願えると図々しくも信ずればこそ。)光栄の至りに存じます。……心から。(形あるものはいずれ壊れる。自然の摂理は重々承知の上で尚、その繊手が大切に愛でるならば夢の珠も存した甲斐があろうと思えた。人の記憶とて、時の経過に奪われて当然の代物。されどこの澄んだ心が尊ぶ限り、今日の想い出は誰にも奪われやしないと信ぜられた。優しく包むよう被せられた手の甲へ、双眸と共に閉じた唇を近付ける。触れる手前で止め、夜気にのみ口付けて離す。騎士として、人として礼節を保つ所作だった。守り抜く誓いを確固とした暁の君へ、当初とも姉君へのそれとも形を変えた誠意を籠めて。無垢な心が望む限り宵のひとときに身を置き続け、されど季秋の冷たさがその御身に懐いてしまう前に帰宿を促しはした矢筈。山祝いが如き盛り上がりを見せていた宴もそろそろ汐と、人々が退き始めている時分。騎士ひとりが戻らずとも別段訝られはしないだろうと、寝所として宛がわれた客室へ足を向けた。脳裡に転がる澄んだ音、唯一無二の花をひらかせる相貌。唯一の人との語らいを、この日最後の記憶として綴じておくために。)
〆 * 2022/11/14 (Mon) 01:55 * No.123