(純白を装うにはまだ遠い。)
(臨席する皆の視線を一身に集める末姫は蒼褪めた顔でひたすらに膝元を見つめていた。とっておきの一着を選んでほしいと強請られ決めた薔薇色を。重要な話と教えられていたから武装する、と朗らかに笑ったひとは寝台のなかだった。そう、この場に話を聞くべきひとはいない。以前擡げた疑問が心臓を打つ。父は本物が判らないのだろうか。或いは、末娘の片割れを伝書鳩と見做しているのだろうか。運ぶには重すぎる知らせに機を改めてもらおうと顔を上げた。けれど、晴れやかに微笑む異母兄姉が居並ぶのを認め、すぐに視線は落ちた。真白の卓上に揃えていたはずの両手も膝に落ち、鮮やかな紅色の布を握りしめる。震えそうになる身体を抑えるのに精一杯で、縫い留められたビジューが指先に食い込むことに付かないまま。声にならない言葉と降り注ぐ外務大臣の言葉に溺れそうになり――娘を刺し貫いたのは父の言葉だった。一瞬、呼吸が止まった。不便をかけたのは、至上のひとを半分と貶めたのは誰か、問われるまでもなく自覚していた、けれど。けれど。「謹んでお受けいたします。」と唇を噛み締める代わりに微笑んで、縋るようにドレスを握りしめたまま深々と頭を下げた。わたしは勝手を怒り、嘆くだろう。けれど、わたしが願ったとおりに喜びも楽しみもある。命じられれば従う他ないのは、どちらであっても同じこと。末の姫は銘々に笑顔と祝辞を向けられ、会は和やかに終幕した。序列通りに退席し、末席の姫の後ろで扉が閉まる。別れの宣告は随分と呆気ないものだった。継母へ語った祈りと願いと“レティーシャ”に渡せる幸福のかたちばかりが頭を占めて、何もかもが目には映らない。床を散らばる音に、ようやく我に返った。刺繍の一部が綻び、ビジューが転がっていることに遅れて気付く。わたしが気に入っていたドレスなのにと拾おうとして、血の滲んだ指先にも。侍女に治してもらわないと、と思うけれど部屋へはまだ戻れなかった。何処へ足を向けて良いのか分からない。方々へと繋がるホールに立ち尽くした娘は、付き従う足音に意識を向けた。)すてきな、お話だったわね。誰にとっても好いお話で、これが物語であれば、めでたしめでたし、でしょう?(空々しく、響く。乾いた笑い声が反響した。それとも、いつもと変わらない、だろうか。)…お父さまのご用は終わったから、もう、大丈夫。呼びつけて、ごめんなさい。(口の端を持ち上げる。笑っていなければ“レティーシャ”でいられない。けれど、わたしはわたし以外に決して謝らないことを知っている。ならば“わたし”は一体誰なのだろう。)
* 2022/11/9 (Wed) 20:52 * No.9
(会議室の扉を潜る騎士に表情は無く、冷めた瞳は入室と同時にさり気なく室内を一周する。響く靴音と衣擦れの音の中を歩き、姫君からは少し離れる形で控えていた。明らかに特別な意味合いを持つであろうこの時、この場にて出来る事等何も無い。あの日と変わらぬ笑み湛える黒の姫君、表情の見えない王妃、静謐な空気を割くかのように一言目を放った王。美しい薔薇色の背を持つ姫君は、今どのような表情をしているのだろうか。年齢を考えれば何も不思議では無い、当然のこと。普段であれば眠くなるような大臣の声も、今日ばかりは赤の騎士の耳へと届いていた。――王の告げる言葉の中に理解が及ばないものも確かにあったが、引っ掛かりを覚えるのみで封をしよう。晴れやかな空気感の中、姫君の返答に疑問を覚えたと言う事もまた同じく。「必ずやお護り致します。」赤の髪を垂らしながら、室内にて発したのはその一言のみ。皆が一様に姫君の幸せを願い祝う時間は瞬きの間に過ぎ去り、何事も無く退席が済むなり末姫の騎士は声を掛けるべく唇を開きかけて。)………。(重力に従い落ち、跳ねる輝きに視線を落とす。束の間の自由を得て好きな方へと転がり行くそれの幾つかを摘み上げ、手のひらへと乗せて姫君へと差し出したところでその細指に咲く赤に気付けば僅かに瞳を細めた。)他人事ですね、姫様自身のお話でしょうに。(付き従うようになってから傍に合った、姫君の笑い声。孕む色が違うことぐらいは察せられる。空ろにすら思えるその声、一人にしてほしいと願うようなその台詞に。)…失礼致します。(赤が流れていないその手を取ろう。爪先向けるのは回廊の最奥、サボるには最適な使い手の少ない空室だった。鍵の掛かっていない扉を開けば姫君を先に通し、静かに閉じれば静かな空間に二人だけの時間が流れるだろう。チェスをしたあの時のような席では無いけれど、今優先すべきは居心地よりも静かな環境であった。)姫様。先に謝っておきます、申し訳ありません。(騎士らしく、丁寧に、心を籠めて謝罪を紡ぐ。着いた片膝、垂れる頭は常より深く。そうして、姿勢を戻すなり浅く細く息を零した。)大丈夫なら大丈夫な顔して言え、見え透いた嘘つくんじゃねェよ。…何があった?(腕を組み、呆れたような声色で以て姫君を見下ろす瞳には確かに心配の色があっただろう。聞き分けの良い騎士の仮面を外せば、ただの“シリル”が其処に在る。不敬だと首を刎ねられるならそれはそれで構わない。ただ、男は“彼女”の言葉を聞きたがるのみ。)
* 2022/11/9 (Wed) 23:59 * No.14
(国と国を結びつけるため。とはいえ、相手も条件も文句のつけようがない。王の我が子に対する想いがのぞくような、忌み子を愛しているのだと公に知らしめるうつくしい縁談。若い二人を通して国々の未来も明るいと謳う吉報にも違いない。けれど“レティーシャ”ですら蚊帳の外で進む物語を優しいひとへどう届けて良いのか分からない。欠けた運命を惜しまれていることを知っていた。向けられる慈しみを疑ったことはない。別れの日が来ることは解っていたけれど、告げるのが己だとは思いも寄らなかった。“わたし”がいなければ物事は美しい円を描いて閉じただろう。幸福な御伽噺は他人事としても不吉な神話が付き纏う所為で相槌すら打てず。短い応えは別れの代わりかと思われたけれど――手を掬い取られ、顔を上げれば騎士の持つ赤があった。行き先を問うことも抗うこともせず、諾々と付き従う。薄暗い部屋に辿り着き、手が離されれば、重力に従って腕はぶらりと垂れ下がった。静寂のなか、動くものを追いかける動物の習性で騎士の動きを眺める。燃えるような赤と騎士の見慣れない角度が目に焼きついた。ひどい嘘を吐いていたけれど、傍で過ごした時間は本物だったから。)…嘘、じゃない…もの…。(“レティーシャ”でいられないのであれば騎士が就く必要はない。そんな理由をしらないひとを困らせるだけだと分かっていても、答え方が分からずに身を縮めて、)……なに、も。あなたも、聞いてらした…でしょう…。何か、おかしなこと、あった?(落ちてくるのはぶっきらぼうな言葉。けれど、向ける瞳に確かな優しさがあって胸に逼る。じわじわと染み入るよう。痛みであれば、我慢できたのに。身体から溢れないようにと抑圧していたものが弾けそうで、身じろぎも出来ない。何があったか、誤魔化そうとしたのではなく、言葉が見つからずに言えなかった。口を塞ぐのは秘密ではなく、娘自身に整理がつかなくて。)なにも、なにも、なにもなかった……わたしには…なにも、…そ、んなこと……しって、たのに……わかりたく、なかった。(言葉にしようとすると感情ばかりが先走って喉が戦慄く。名付けられるのは楽しみと喜びだけ。頭や目の奥が痺れるように熱いわけも、ぽろりと頬を伝ったものも、わからないまま。)
* 2022/11/10 (Thu) 12:42 * No.20
(漂う空気は先程までとは違う重みを帯び、窓の向こう側に広がる空は何処か暗い。ようやっと、絞り出すように唇へと乗った声に肩眉が持ち上がる。嘘じゃないなら何だと言うのか。そう口にし掛けたところを、続いて行く言の葉を聞けば収めよう。ただ、疑問符が締めた彼女の声を聞けばそれ以上は黙っていられずに。)おかしなことだらけだろうが。(それはそもそも始まりから。世に回る姫君の噂も、それに違わぬ環境も、ただの部隊長が姫君付の騎士となったことも、其処に大した危機が無いことも、先程の王の言葉も。何より今、婚姻が決まってからの彼女の態度というものが。間髪入れず吐き捨てる声に容赦は無いが、歩み寄りを棄てるつもりも無く。何かを口にしたいのか、したくないのか。口を閉ざしたまま煌びやかなドレス纏う彼女を見下ろしていた男は、続いて行く否定に緩やかな仕種で首を傾げる。――わたしには、なにも。“何も無かった”のでは無く、“彼女には何も無かった”と言うのか。はまりきらないパズルは未だ空白を残したまま。)……泣いてもいい、時間が掛かってもいい。だから全部話せ。言いたいこと、思ってること、全部だ。そうすりゃこんがらがってる頭ん中も今よりかはマシになるだろ。(ジャケットの胸ポケットから取り出したハンカチを雫伝う目元へと押し当てながらそう宣った。彼女の言葉を否定はしない。勝手な憶測で踏み入ることも、決して。剣扱う指先はあんなにも器用且つ滑らかに動くと言うのに、目元の涙を拭い去る動きは少々ぎこちないもの。今思えば女性の涙にはとことん無縁であった。感情薄い瞳が映し出す彼女は、どのような表情をしているだろうか。)
* 2022/11/10 (Thu) 19:17 * No.22
(荒々しい語気に、怯えたように身を竦ませた。寄る辺ない子どもは、与えられた役割が全うできていないこと以外でおかしなことが思いつかない。混迷と混乱の最中、正答を探せども言葉にはならないまま。己がどうしてしまったのかさえ分からないのに、視界さえもあやふやにぼやけてくる。)…泣いて…・…、(目の前のひとの言葉に、頬へ指を触れさせた。赤を微かに滲ませ、濡れた指先を呆然と見つめる。誰かを思いやって涙を流すひとと何もかもが違ってしまった。授けれられた祝福が消えさってしまったなら、空っぽの体に残っているのはきっと呪いだけ。それなのに、目の前のひとは消えないまま、落とされる言葉はふしぎと優しいかたちをしていた。否、意地悪、だろうか。だって、涙が退くどころかますます零れてくる。目が壊れてしまったように次から次へと溢れ出す。話すように促され、何かかたちにしなければと口を開くも、涙を拭おうとしてくれる所作があまりにも優しくて、意味のない音が喉を振るわせた。)あっの、――っひ、ごめ、…ごめん、なさ い。(ぼやける世界のなかで赤い色を見つめる。カードも剣も器用に扱ってみせるひとが滲ませる不器用さにまた胸が詰まって――いつの間にか涙は哀しいだけのものではなくなっていた。ひとは優しくされると泣けてしまうらしい。)……あの、ごめんなさい。(どれだけ時間が経ったのか。泣き腫らした目は熱く、頭の奥は痺れたように痛むけれど、ようやく話せるようになれば再度鼻をすすった。泣いたばかりで声色は沈んだ水気を帯びている。こんな風に付き合わせてしまったことも、無為に消費させた時間も、騙し続けていることも、すべてが謝罪に繋がるけれど、)お父さまに、言いつけたりしないわ。……けれど、お父さまはわたしの言うことなんて気にも留めないの。(胸元で両手を握りしめて、繰り返した言葉の続きを小さく打ち明けた。それだけのことで足が震えそうになった。)それでも、あなたは……レティーシャを守ってくれる?ぜんぶお話するから、なんだってするから、レティーシャは赦してくれる?(泣き過ぎた所為で耳まで熱いけれど、泣き出す前よりも思考は整理されている。話す前に一つだけ約束が欲しかった。腫れた瞼の奥から、真っ直ぐに見つめる。疵のない左手を持ち上げて、そっと小指を差し出した。)
* 2022/11/10 (Thu) 21:59 * No.25
(小さくなる彼女へと掛ける言葉はそれ以上持ち合わせていなかった。日時を変える毎にころころと移り変わるこの国の末姫の涙を初めて見た男は、此方を見つめる色から逃げるのでは無く、零れ続ける透明な涙から視線を逸らして。途切れ途切れのごめんなさいには、呆れたように肩を竦めて口の端を持ち上げた。困ったやつだな、と謂わんばかりに。)無理に喋んな、謝る必要もねェよ。(ハンカチをその手に預ければ、行先を失った腕は再び組まれることとなる。二人だけの部屋の中に一人分の声だけが満ち始めて、時計の針は幾ら進んだだろうか。気の済むまでと決めていた男はそれ以上何も発さず、彼女が落ち着くのをただ静かに待っていた。泣く声が明確な意味を持つ言葉へと変われば、視線は漸く彼女の方へ。何に対しての謝罪化かは改めて問わず、赤を横へと振り、垂れた前髪を少しだけ揺らすことで答えとしよう。先程まで多くの人間から祝いの言葉を受けていたとは到底思えない彼女の様子を窺いながら、その言の葉へと耳を傾けた。――“不便”が其処へと帰結するのかは知らぬまままた一つ、矛盾が生まれるのを認識する。祈りを捧げるように両手を組み、小さな声で必死に紡ぎ上げる姿はあの日城下を駆けていた姫君とは掛け離れて。泣き腫らした瞳が真っ直ぐに向けられたなら、華奢な小指へと視線を落としながら唇を割ろう。)赦す赦さないは知らん、そもそも害を受けてねェんだから赦しようがないだろうが。前者は、…そうだな、俺がレティーシャ様付きの騎士である間は。(温度変化の無い冷めた声音は淡々と、事実だけを並べていく。今の所、与えた害はあっても受けた害など一つも無いと涼しい顔を保っていた――まるで縋る様な願い事だと、深淵を覗くような心地ではあったが。子供が許しを請うような、戦地で敵に情けを乞うような。脳裡に過る情景を瞼の裏へと隠しながら、腕を組んでいた片手の小指を持ち上げよう。彼女が望む、約束をする為に。)…ただ。どうしても曲げられねェ部分があったら俺は俺の望む通りにさせてもらう。(“レティーシャ様”を護るのが最優先且つ仕事である以上、それを反故にするつもりは無い。が、万一を考えると簡単に頷く訳にもいかずもう一言を付け加えよう。それでも良いと彼女が言うのであれば、二人の指先は交わることとなるだろう。)
* 2022/11/10 (Thu) 23:38 * No.28
(貸し与えられたハンカチを今はお守り代わりに握ったまま。冷めた声色に一つ一つ頷いて、小さく笑った。拙い言葉にも耳を傾けてくれるひとが変わらずに目の前に居てくれることが嬉しい。)それで、じゅうぶん。レティーシャがお嫁に行ってしまえば、もう、怖いことないもの。(双子が国の中枢で生きていようと四季が乱れることも、隣国と戦争になることもなかったから、忌避される理由に実感がない。ただ“レティーシャ”と共に居られなくなることが、彼女に害が及ぶかもしれないことが、秘密を形作っていただけ。)わたしが約束して欲しかったみたいに、あなたも大事にしたいことがあるでしょうから。(伸べられた小指に、己の小指をやんわりと絡ませる。今までのようにレティーシャに優しくしてくれますように、と口に出さないまでも願いを込めて、交わらせた指をゆるく振った。)あなたにはわたしのお話をするって約束もしていたものね。(解いたあとも、立てた小指を特別な魔法を得たように見つめていた。「どこからお話しましょうか。」と呟いて、両手を背中に回すと末姫の騎士に視線を合わせる。かのひとと揃いの翠緑を。)…わたしはレティーシャではないの。生まれなかったはずの双子がわたし。(反応を確かめるように、言葉を切った。顔色を確かめながら、内緒ごとをささやく。少女のかおに微笑みが浮かぶのは、懐かしい思い出をレティーシャ以外に語る日がくるとは思わなかったから、)ふたりで一人を……ううん、小さい頃、なんにもなかったわたしが“外”に出られるように、レティーシャが名前を貸してくれたの。けれど、わたしがきちんと、レティーシャになれなかったから、自分を半分に割って、分け与えてくれた…今日まで、ずっと。(微笑みに苦いものが混じる。冷めた色に晒されることへ急に不安を覚え、素知らぬ振りで部屋の奥へと足を踏み入れて、)レティーシャはお母さまやお姉さまたちみたいに、出来るのよ。気まぐれでもないし我儘でもない。泣き虫だけれど、それよりも、いっぱい笑ってくれる。怒るのはわたしを守るためで、誰かを怒るたびに傷ついてた。(重たく垂れ下がったカーテンの隙間から覗く空も重く暗い色をしていた。雪にはまだ早いから、雨が振るだろうか。窓ガラスに映った姿はとても“レティーシャ”には見えなくて、哂ってしまう。)…それがお父さまの仰った“不便”と“一人前”の意味。お嫁に行くのはもちろんレティーシャよ。そうして、あなたはレティーシャの騎士。わたしが“レティーシャ”として振舞えないのであれば、あなたに傍にいてもらう価値がないの。だからね、『大丈夫』は嘘じゃないのよ。(くるりと振り返った時には無表情と同じ意味の笑み。神さまの話は尽きないけれど、己の話になると何を話していいのか分からなくて、)これであなたの疑問は解決したかしら?…あなたの言う、おかしなこと、他になにかあった…?
* 2022/11/11 (Fri) 20:17 * No.34
(微かに温もりを分かち合う小指の先へと視線を落とし、やんわりと揺らいだそれが解ければ重力に従い落とすのみ。――彼女のことは何も知らない。付き人として傍に侍っていたのみで、仕事として線を引いてきた。であれば、何故今更。自身へと問い掛けたところで得られる答えなど無く、「話したいところからで良い。」と始点は語り手である彼女へ委ねてしまって。重なる視線の先には不思議な色、今日まで見詰めてきた色がある。そう揺らぐことの無い男の瞳は、双子と聞いたところで変わらず逸らさぬままでいた。禁忌の双子、災いを招く欠けた存在。国に動揺が走ったことは覚えているが、結果末の姫は一人であると言う事は皆わかっていること。――最後の空白が埋められる。姫は二人、公には一人。別個体は同じ思考と記憶を共有することは出来ず、時に矛盾を生じさせる。それが、“半分”の正体であった。もしかしたらと思い掛けては不敬であると封じた結論を彼女の口から聞けば、小さく、深く、呼吸する。緊張も呆れも諦観も蔑みも無く、赤持つ男は“彼女”を映していた。開いて行く距離を埋めようともせず、只々話を聞こう。一言一句、取り零すこと無く。そうして全てを話し終えた最後に此方へと向けられた笑みは、先程までの泣顔とそう大差の無いもののように思えた。)……一つ聞きたいんだが。(問いには答えず、沈黙を破った男は遠くへと離れた彼女へと言葉を向ける。静かな低音に感情の揺れは見えない。)“レティーシャ”へ尽くすのはこれまでの恩を返す為か?お前が望んで双子に生まれたわけでもねェのに律儀なことだな、俺だったらキレて暴れ倒してる。(姉の名を借り生活するなど、幾ら相手が王家とは言え馬鹿げているとしか思えずに疑問の後は呆れ交じりであった。彼女らにとってはそうすることが普通であったのだろう、当然のように分かち合って日々を過ごして。春も、夏も、秋も、冬も。重ねて綴ってきたものを、今完全に二つに割こうとしている。末姫を護れと改めて言葉にされ、目の前の彼女が末姫で無いのだとしたら。出し掛けた結論の不愉快さに小さく舌打ちが零れた。なにもない、そう繰り返しながら流された涙は未だ記憶に。禁忌だ何だと口にすることすら憚られていたのが馬鹿らしくなる程、沸々とした怒りは胸の底へと沈めて。)“半分”って言われる理由も真相も理解は出来た。疑問は解決したがお前のことは何一つ解決してねェだろ、これからどうするつもりだ。(どうする、と言うよりかはどうなると問うた方が正しいのかもしれないが。幽閉も有り得ると眉を顰めれば表情は難しくなり、徐に天を仰ぐも綺麗に手の行き届いた天井が映るばかりであった。空室の癖に抜かりが無い、そんなところに力を回すなら“彼女”のことももっとやりようがあっただろうに。)
* 2022/11/12 (Sat) 01:05 * No.38
(王家の裏切りに動揺を見せなかったひとの瞳は、末の姫として傍にあった時と変わらず静かなもの。磨かれた鋼に似た色を持つひとにとって、己はまだ切り捨てる対象にはなっていないらしい。詰めていた息を浅く逃がした。)恩返し…できたら、すてきね。ずっと、奪っていたから…一つでもレティーシャのためにできることがあれば嬉しいもの。大切なひとに何かしてあげたいって人間らしい気持ちだと思っていたのだけれど…違う?あ、あなたに約束してもらったこと?それだって…わたしがじょうずに出来ていれば何事もなく済んだことでしょう?ほんとうは、今日は本物が“外”に出るはずだったの。(感情の読めない色で問われ、緊張が走る。何事か身構えていたけれど、答えは悩むものではなく、声色から硬さが抜け落ちた。感情の機微に疎いのは空白のままで過ごした歳月の所為か、レティーシャを名乗るのを止めても名付けられないものが多い。)わたしが秘密を大事にしていたのは、レティーシャと一緒にいたかったから。もういいよ、って手を離してあげられなかったの。少しでも長く続きますように、って……愚かだと思う?(禁忌を犯していることを責められるものと思っていたけれど、伯爵家に生まれたひとが気にかかるのは別のことらしい。小首を傾げたまま)あなたは、仕方がないと諦めたことは、ない?(自身のなかに芯を持つひとは曲げることも、折れることもしないのだろうか。作り話のなかでさえ不条理が溢れているのに。とはいえ、少女も境遇を初めから受け入れていた訳ではない。最初から、いなければ。)レティーシャには言えなかったけれど、どうしてわたしを生かしたのかしらって考えたことはあるの。どうして生まれた時に殺してくれなかったのかしら、って口にしたことも。……お父さまには深いお考えがあると、双子が安心して暮らせるように尽力されていると、侍女は励ましてくれたけれど……あなたはどう思う?わたしを生かしたのは愛情だと想う?(“わたし”の言葉を探そうとするひとに謎かけを。侍女が言葉を尽くしてくれたから、二度と口にしたことはない。優しい御伽噺を信じていたい気持ちもあったから。――それこそが愚かだった。)……わたしのこと?(少女のなかで解決は終わりを指す。レティーシャだけが居場所を与えてくれた。かのひとが国を去るのであれば、おそらく。)尼寺へ行けと言われたり、顔を焼かれたりするのかしらって想像していたけれど…。……どこか遠い場所で笑ってると信じてもらえるように、頑張らないと、と想ったところ。(幼い頃は乳母とレティーシャにしか見えない幽霊だった。最初からいない人間に問題は生じようもない。少女が持つ情報より少ないとはいえ、近い予測は立ったのだろう。天上を見上げるひとの険しい横顔に、微笑んだ。嬉しいことを見つけるのは、少しだけ得意だったから。使われない部屋であっても手をかけてくれるひとがいるように、期待されたことのない子どもの道行を気にかけてくれるひとがいた。)
* 2022/11/12 (Sat) 17:21 * No.45
(本物と偽物、そう明確に線を引く彼女の心境を知ることはできぬまま。その存在は二人で一つ、互いに互いを想いあう二人の姫君。生れ落ちたその時より今日まで一人として生きてきた男は、その苦労を想像もできやしない。)本物、か。(彼女が誰かを大切に想う気持ちは否定せず、かと言ってそうだと同調するでも無く。復唱するように口にした一言は思ったよりも低かった。今この場にいる姫君の片割れは偽物、この場にいないもう半分が外へと旅立つ“本物”。例え禁忌であろうが、我が子が愛しいと言うのであればその命を密かに繋ぐのは親の心なのだろう。少々の不便を強いたところで二つの命を大切にする覚悟があった、それだけの話。)生まれた時から一緒なんだろ、仲が良いなら一緒にいたいと思うのは不思議じゃない。誰にも言えねェような秘密を抱えてるなら尚更な。(他者が姫君を疑うような言葉を諫めたことはあったが、国の頭が禁忌を犯したことを知ったところで糾弾するような性格では無い。トップがするなら他が同じことをしても文句は言えまい、ぐらいの軽い気持ちである。禁忌とされているが故に諫め、不敬だとあの時の兵士には刃を向けたがそれも今更。身体から力を抜いては、首傾ける彼女へと感情の薄い瞳を向けた。)程度による。ただ自分の生き方に関わることで諦めたことは一度も。(彼女の行動をなぞるように小首を傾げた。例えば剣を手に生きると決めたこと。例えば性格故に上に立つと決め、努めたこと。幸か不幸か、諦め折れた経験は無かった。長男であればもう少し違ったかもしれないが、生れ落ちたのは三番目であったが故に。)そりゃ殺したくなかったんだろ、生まれた瞬間に殺されてたっておかしくない。今命があるってことは体裁よりお前の命の方が大事だったってことだと思うぜ。…まあどっちにしろ世間的には殺されてるから大差ないかもしれねェけどな。(都合良く“本物”の陰とするつもりだったのかもしれない、其処に愛情があったのかどうかは本人たちのみぞ知ることだ。腕を組み溜息交じりに吐き出しながら、複雑な状況に眉を顰める。このような状況でも頑張らないとと前向きな姿勢は立派なものだが、手入れの行き届いた天から彼女の方へと向ける瞳には不満が宿っていた。)俺は今まで俺として生きてきたことしかない。お前が今までどんな気持ちで“レティーシャ”として生きてきたかなんか想像もつかん。ただ、“レティーシャ”がこれから先一人になるならお前はお前がしたいことをして生きればいいんじゃねェの。何が見たい、何がしたい、どんな技術を身に着けてどんな奴と添い遂げたい。考えるのは自由だろ。(決して綺麗なばかりでは無い、灰色に染まる重たい窓の向こう側。密かに隠れて穏やかに暮らしたいのだと彼女が望むのであれば邪魔をするつもりは無いけれど、そんな達観した考えよりも新たな世界へ踏み出すことを男は望んだ。低い足音響かせながら彼女の方へと歩み寄れば、黒く覆われた手のひらを持ち上げて美しく整えられた頭へとぽんと乗せよう。そのままぐしゃぐしゃと掻き乱すのはちょっとした腹いせのつもりだった。オープンにされた指先に触れる髪の柔らかさは不思議な心地である。)
* 2022/11/13 (Sun) 16:49 * No.57
(皆が皆、双子を受け入れてくれる訳でない。同じ顔が二つ並ぶことも、同じ声が左右から聞こえてくることも、気味が悪いと忌避されても致し方がないこと。それなのに、嫌悪の眼差しを向けられなかったことに、安堵をして、しまった。後ろに隠した手で彼のハンカチを握りしめたまま、期待していた証左を持て余す。期待はしない方がいい。叶わないと傷つかずに済むから。)勇気があるのね。諦めるって易しいこととも、あなたは思わないのでしょう。みんな、何かしらを諦めていて、わたしだけが特別ではないと思っていたけれど…違うのかしら。(はっきりした声色に目を細めた。眩しいものを目にしたように。様々な人々と結びつき、広い世界で生きる、年上の自立した大人が自らの道を選び進めたのであれば、幸運という言葉だけには納まらないだろう。)……あなたも善良なひとね。生きることは素晴らしいこと、心には愛が宿るものだと、理屈ではなく想えるのだから。それとも、わたしのために嘘を吐いてくれた?(父を悪者にしたい訳でも優しいひとを傷つけたい訳でもなかったから親から最初に与えられる愛のかたちを知らない少女は口を噤んだ。少女にとって自らを犠牲にふたりで在ろうとしてくれたひとの献身こそが愛だった。それに、乳母が語ったレティーシャの産声があまりにも弱弱しかったこと、レティーシャが食いしん坊になるまで一人分の食事しか届かなかった思い出話など、あまりに退屈。)わたしはずっと、そんなものはないと…分を弁えているつもりだったのに……今日まで、支えにしていたみたい。馬鹿みたいでしょう?(美しく誂えられた天上から移された瞳に不満がありありと描かれていたから、笑みを模って茶化してみせる。くるりと回ればドレスの裾が花開く。瞳を和らげる効果はあっただろうか。綺麗なばかりの御伽噺を優しくしてくれたひとたちに信じていて欲しかった。他に遺せるものはないと考えていたのだけれど。真っ直ぐにぶつけられる言葉は未来を指し示すから目を見開いた。飾り気がないのに、きらきらと輝くよう。)――きゃっ!?(空いた距離が埋められるとも、手が伸ばされるとも、思いも寄らずに。頭にわずかな重みを感じるのをそのままにしていたけれど、動かされれば驚くとともに慌てふためく。頭が揺らされるほどの強さでないことを思えば、撫でられたと形容も出来るかもしれないが乱すような躊躇いのなさを何と呼ぶのか。けれど、その気安さは決して不快ではない。)ただでさえ酷い顔をしているのに、もう。わたしが誇れるものって見た目だけなのよ。(手が離れれば手櫛で髪を整えながら、かたちばかり咎めてみせる。ぼさぼさな髪のように、ほどけた笑みが浮かぶ。眦から、また、一粒涙が零れた。)レティーシャがいないところで生きるなんて、考えたことないから……何か参考になるものを教えて。あなたはどうして騎士になったの?これから先、どうしたいのか。どんなひとと添い遂げたいのか。(彼の言葉を真似る少女の瞳には幼い好奇心が宿っている。)
* 2022/11/13 (Sun) 20:32 * No.60
寧ろ諦める方が難しそうに思えるが。…ただ、個々に背景も体格も適正も違う。小柄な女が姫付きの騎士になりたいって夢を諦めずに見続けるのは難しいだろうな。(極端な例を挙げる声は淡々と、けれど彼女のそれとは根本的に異なるものと理解もしていた。目指した道に偶然適性があり、偶然誰かの目に留まり、偶然それを生業として生きられていること。幾重にも重ねてきた努力と切っ掛けが、今を形作っている。)そりゃどうも。冷たいだ淡白だなんだと目を付けられることが多い人間にそんな誉め言葉を頂けるとは光栄だな。愛がどうこうは知ったことじゃねェが、お前って存在に価値は確かにあったんだろ。レティーシャのオマケとしてか影としてか、お前個人としてかは兎も角として。…俺が同情で嘘吐くようなお人好しに見えてんなら医者に掛かった方が良い。(王や妃が双子へと向ける感情など知ったことではないとばかりの言い種で赤の髪を静かに横へと振った。もしかしたら、を想像することにも真実を突き詰めることにも興味は無い。ただ彼女が今生きている、それだけで十分だろう。存在が秘匿された、二人で一つの人。これから二人は二人となり、その内一人は幕の向こう側へと消えて行く。――気に食わない。自嘲するかのような言葉を肯定も否定もせず、花開くように舞い踊る裾を見遣る瞳は険しいまま。そんな双眸が僅かに和らぐのは、慌てふためく姿を映した頃。)見た目しか無いならこれから他にも作れば良いだろうが。長くやれば誇れるものぐらい幾らでもできる。支えにしたってそうだ、他に支えになるもんなんざ山程ある。(これから先があるのであれば、続いて行くのであれば、きっと。また一筋流れた雫は知らない振りを。手に残る感触を閉じ込めるように下ろした指先を握りながら、まるで輝いて見えるその瞳へと視線を注ぐ。小さな世界しか知らない、籠の内から外を夢見るような彼女へと。)……小さい頃、家族で旅行へ行った。領地を出て遠い場所へ。父、母、兄が二人。馬車での移動は退屈で、ずっと窓の外を見てた。(話し手は淡々と、開いた記憶の引き出しの中をそのままに語る。)そうしたら馬車が止まったんだ。騎士団と野盗がやりあってるところだったらしい。窓の向こう、少し先で飛び交う魔法と剣戟が聞こえた時に思ったのが“面白そう”だった。綺麗な身なりとは反対に荒い言葉遣いで指示飛ばしながら剣を振るその人が、何より格好良いと思った。始まりなんてそんなもんだよ。そっから先は頼み込んで稽古三昧、十六で騎士の仲間入りだ。(他人事のようにつらつらと語る声は揺らがずに、落ち着いたまま。もう一つ、もう二つ。反復されるような問い掛けには首を捻ることになるのだが。)どうしたいって言われてもな…正直なところ剣があればそれでいい。金を貰ってる以上は騎士は騎士らしく、優秀な仮面被って生きてってやるよ。(護るべき家が無く、添い遂げたい恋人もいない身軽な男は、肩を竦めて彼女を見下ろした。――逆に言うなら、剣さえあれば何処であろうと生きていける。そんな意味を籠めながら。)
* 2022/11/13 (Sun) 23:31 * No.62
諦めるっていつでも出来るもの。(夢も希望もない少女は大切なひとの話ですら他人事のように聴いていたけれど、彼女が思い描く夢物語が好きだった。難しいと断じても出来ないとは切り捨てないひとは優しいと思うのだけれど、)あなたの周りにいる方々は割れやすい硝子細工みたいに大事にされていたのかしら?冷淡なひとは、わたしのことどころか末の姫のことすら気にも留めないと思うの。(泣き出した子どもをあやして部屋を送り届けるだけでも大人として立派な振る舞いに違いない。騎士として王の深謀を酌もうとするにしては、焦点は少女のまま。だからこそ、幼いままの甘ったれた気持ちが浮き彫りになる。ひとはそれを未練と呼ぶのだろうか。)……価値がなくてもいいと父に言ってほしかった…ないものねだりね。いいえ、嘘を吐くひとには思えないから、あなたがレティーシャの傍にいてくれて良かったと思っているの。けれど、お人好しだとは思うわ。(その言葉に誇張はない。ただ温和と形容し難いのは、冴え冴えとした瞳の色の所為だろうか。今も空気が和らぐどころか刺々しい。)…あなたはわたしが笑うと、いや?…では、なさそうね。えっと、表情を隠されるのがお気に召さない?(不平不満を物語る瞳が和らぐ瞬間を認め、表情の変化を読み解こうと当てはまる言葉を探す。不快にさせたい訳ではなかったから、弱々しく眉が下がった。)わたしを惜しんでくれて、ありがとう。あのね、今でさえも、夢みたいなの。…わたしにもう触れてはだめよ。あなたに触れられると、泣けてしまうみたいだから。(触れられた頭を確かめるように撫ぜ、はにかむように微笑んだ。不透明で曖昧な未来でさえも、確かなものとして捉えるような力強い言葉たち。一つ、一つが嬉しくて、嬉しさで胸が満ちる。このひと時を終わらせることが出来なくて強請った“彼”の物語が願った通りに開かれてじっと耳を傾けた。積み重ねた日常のなかのおそらく特別な一片。落ち着いた声色が耳に心地好い。語り口は他人事のような素っ気なさだけれど、目の前のひとに幼い日の憧憬が息づいているのであれば素敵な思い出に違いない。身を乗り出して聞き入った。“いつか”聞きたかった、彼の話。)憧れを叶えて、今も“面白い”?(16歳。末の姫と変わらない年頃で彼は自ら道を選び、掴んだのだという。小説のように想像もつかない世界の話なのに、そのひとは手の届くところにいる。どこかふわふわとした心地。)金銀財宝を望むのであればハンカチのお礼として持ち出してきてあげたのに。……騎士としてこれからも国に仕えるのであれば、わたしのこと聞いたと周囲には知られないようにしてね。(念のためにと告げた後、ふと視線を彷徨わせ、)……ええと、これは提案ではなく、黙っていると心苦しくて、選択肢の一つとして提示するだけのことで、出来ること言わないのはずるいかしらって…あの、今日のこと…半日くらい記憶から、消してあげられるの。(回りくどい前を置き、視線はドレスの色をなぞった。返事を待つのが怖くて、小さく、心が零れる。)えっと、わたしは、覚えていてもらえると…嬉しい……です。
* 2022/11/14 (Mon) 22:04 * No.69
(僅かに首を捻る仕種は納得と理解が及ばない妙な心地とで半々に。いつでも諦められる、をいつでも捨てられると結び付ければ納得はいくが別問題か。)さあな、少なくとも自分が他より丈夫なことは確かだが。割物みたいに扱われたらさぞ窮屈で息が詰まるだろうよ。(不満気に細めた瞳に映る視界からこの部屋にいるもう一人を外し、やれやれと肩を竦める。彼女の言葉に唇の端を持ち上げながら、「優しくすんのも“仕事の内”だからかもしれねェだろ。」と思っても無い言葉を吐いて。赤の騎士は、褒められるのも距離を詰められるのにも少々不慣れであった。それが技術に関することであれば素直に頂戴できたと言うのに。優しさも甘さもどうだって良いが、特別な生まれである彼女は己とは違う。)直接聞いたのか。(静謐な空気を割くような問い掛けは直球に。価値が無いから不要だと、価値を作れとでも言われたのか。緩やかに赤を揺らしながらも纏う空気はまた張り詰める。オマケのような指摘には嘲笑するように唇を歪めるだろう。「そうだな、案外他人に干渉する性質らしい。」と、まるで他人事のように宣って。)笑ってねェような面でにこにこされても腹立つだけだろうが。笑顔じゃなくて無表情と一緒だぜ、それ。…ま、表情に関しちゃ俺が言うなって話だがな。(どちらかと言えば彼女にでは無くそうさせることを当たり前とした彼女の周囲への怒りではあるが故に、呆れたように声と視線から怒りが抜けて行く。惜しんでいる――のだろうか、わからない。その微笑を瞳に確りと映しながら、ゆっくりと口を開く。)言う事を聞かせたいなら“だめ”なんて柔い言葉じゃなくてきちんと命令して頂かないと。ね、姫サマ。(切れ長の瞳が楽し気な色を灯し、悪戯な言葉が彼女を煽る。先に立場を放り出した身でありながらこんな返事をした意味を、彼女は拾ってくれるだろうか。シリル個人としては彼女の願い事を受け入れるつもりは無いのだと、遠回しな答えを。今まで誰にも明かしたことの無い遠い記憶、心の底に沈めた大切な想い。まるで絵本の続きを待つかのような聞き手の態度に、語り手の口元は些か緩んでいただろう。)あぁ、勿論。一人で戦うのも隊を率いて戦うのも、やり方が違って面白いとは思うな。(腕を組みながら問い掛けへの答えを考え、正直なところを紡ぎ上げる声音は躊躇い無く真っ直ぐなもの。)別に金持ちになりたいわけじゃねェよ、今の役職でそこそこに貰ってるしな。十分だ。(彼女が作った空白の後を聞き届ければ、勿論と返答しかけた口を閉ざす。言い訳の様な言葉の羅列と、最後に付け加えられた彼女の願い。)問答無用で消すって言われてたらそれこそ暴れてたところだ、賢明で何より。…国に仕えるのを辞める時が来たらお前が拾ってくれ、報酬は俺が生きていける程度で良いぜ。(冗談なのか、本気なのか。どちらとも取れるであろう低音は軽やかに、涼やかに、凛として彼女へと向けられる。切れ長の双眸を緩やかに細め、持ち上げた片手はもう一度彼女の髪の感触を求める。)
* 2022/11/16 (Wed) 21:44 * No.83
(彼が言うところの誉め言葉を受け取るには抵抗があるらしいと感じれば微笑むに留めた。この翠緑にはそう映る、というだけのこと。美しい言葉で飾り付けたいのではなく、知っていてほしかった。話せることがあまりないから“わたし”が目にしたもの、感じたことを。父と子の思い出話を他人事で披露するにはもう少し時間がかかりそう。)聞いたことはないけれど…。レティーシャとしてしか会ったことないもの。わたしは言葉を賜ったことなくて、二人きりで会ったことも……あ、一度だけ…。(思案気に口を噤み、顎先に指を寄せた。初めて泊まり掛けで行う公務へ発つ前、王の執務室に廷臣たちはいなかったことを思い出す。レティーシャではないのだと訴えれば良かっただろうか。「せっかくの機会をふいにしてしまったみたい。」と取り繕うように笑いかけ、またやってしまったと天井を仰いで己の頬を抓む。)…ごめんなさい。厭な気持ちにさせたい訳ではなかったの。あなたが表情を崩すことなかったものね……末の姫の前でなければ表情豊かなひとかしら、とは思ったわ。王族の前では、無理、していた?(“末の姫”の立場で自由に振舞っていた少女は下から見上げる恰好で様子を窺う。大仰に顔をつくるひとではないけれど、双眸に翻る感情は鮮烈で、)え!?きゅ、急に意地悪、ね?無表情よりは泣いていた方がいい、ということ?(主従の繋がりが解けた今、命令も敬称もかたちばかりのもの。聞き入れてくれるつもりはないと分かり、眉が下がった。これ以上目を腫らすのは困るけれど、触れられることが嫌な訳ではないから強く出ることも出来ない。彼が楽しそうであるなら、と自分自身への言い訳が過る。)素敵ね。幼い日の気持ちが今も色褪せずに輝いているなんて。けれど…そう、よね。憧れが叶っても人間の一生はそこで終わりにはならないものね。(抱きしめるように胸に両手を添えた。屈託のない答えに、子どもの頃の彼の姿が重なった気がした。継ぎ接ぎだらけの少女は夢見るような眼差しで微笑む。ひと続きの物語を持ち、この先も続くひと。傷を負った姿を目にしたことがあったから、微笑みに憂いが滲んだ。)ね、もっと聞かせて。あなたのこと。(暗い気持ちを振り払うように努めて明るい声音を出す。名残惜しくも時間は有限だった。そろそろ部屋に戻らなければ侍女が探しにくるだろう。)知らない方がいいと思ったのだけれど、わたしが生きていたこと忘れないでほしかったの。…あなたがいつ来てもいいように環境を整えておくね。(別れの言葉を選びながら、戯れを交わすのは不誠実なことだろうか。諦念に懐いていたから希望を描いてみせることが出来ない。それでも、未来へ賭けてみたかった。終わりではない続きをがあるならば、彼に夢物語を聞いてもらえる日も来る、かもしれない。いつでも諦めることは出来るから、どうか、もう少しだけ。――ああ、ほら。真っ直ぐに瞳が向けられるだけで胸が詰まる。感覚のない髪がどうしてか熱を伝えて、また、心臓が暴れだす。ようやく平静が整ったと思ったのに。)その!ハンカチ!頂いていいかしら?代わりは必ず返すから!(いつにない早口で告げた。内臓が口から飛び出してしまうような気配に、己に触れていた剣を持つひとの手を両手で押し留めた。瞳には薄い水の膜が張って瞬きを堪える。花に触れる手つきで彼の手を下ろしたなら「ほんとうにもう大丈夫!」と再度、別れの言葉を口にした。留まっていると足に根っこがはえてしまう予感がある。自身の足に躓きながらも逃げるような足取りで扉を目指し、勢いのまま扉に手をかけてぴたりと立ち止まった。扉の向こう側では“レティーシャ”で居なければならない。)……あの、また、あなたに会いに行ってもいい?(目を瞑って慣れ親しんだひとの気配を手繰り寄せる。わたしはレティーシャ。レティーシャはわたし。そうやってかおを変えたからと胸の内側で言い訳をして、臆病者は振り返らずに答えを聴いた。答えが何であれど、見えないところで微笑んで扉を開くだろう。「今日は、ありがとう。」と言葉をのこして隙間から身を滑らせるように“外”へ出た。爪先は迷うことなく帰り道を辿る。まだ、帰る場所と呼べた。秘密も祝福も呪詛もすべてが真白に覆いつくされるその日までどうか“今”が続きますように。)
* 2022/11/17 (Thu) 20:23 * No.91
(王族の家族の形は知らない、加えて禁忌が絡めばどうなるのか等想像も付きやしないと脳裡に王の姿を思い描く。彼にとってどちらも“レティーシャ”なのだろうか。考えた所で全ては他人の想像でしか無く、真実は此処では得られない。何処か寂し気にも映る繕うような笑みを前に、それ以上追及はせず口を閉ざす。父として彼女へ声を掛けず、王として二人きりになることも無く、であれば彼にとって彼女の存在とは。)機会なら何処かであるだろ、その内。(――それが例え良からぬ機会であったとしても、とは伏せたまま。)別に今腹立ててる訳じゃねェが…王族の前で仕事中に自由奔放に振る舞えるような強い心臓の持ち主でも無いもので。無理ってよりはある程度感情を殺す感じだな、仕事だって割り切りゃ簡単だ。陛下が何を言おうが姫が何を言おうが知ったことじゃない。…内緒な。(見上げる不思議な色の美しい宝玉を上から覗きつつ、悪びれもせずに飄々と語る。念の為にと口元に指を立てて秘密を共有すれば、彼女を共犯者に仕立て上げることが叶うだろうか。)伝わんねェ奴だな、“そのままでいい”って言ってんだよ。(喜怒哀楽を抱いたままに、素直に表現してくれればそれで良かった。呆れたような物言いでありながら少しの温もりを孕んだ低い声音が、諭すように彼女へと向いて。夢も憧れも、遠いあの日のもの。現状に不満は無いが、いつか何かが変わる時が来るやもしれない。)極端な話、自分の行く道なんざどうにでもなる。剣を極めたから次は魔法なんて言う奴もいるだろうし、剣を辞めて料理なんて道に走る奴だっていんだろ。変わるものだって確かにある。(彼女を取り巻く環境がそこら辺の貴族や民とは違うこと、世の中全てが綺麗に回る訳では無いことは理解していた。――形ばかりの赤の騎士は、洞察力に優れている。例えそうでなくとも、彼女の表情には気付いたろうか。)…俺に自分のことを話せ話せと繰り返し迫るのはお前ぐらいだぜ。(態度から遠ざけられることが多かった男は苦笑を滲ませる。末の姫の片割れを連れ去って如何程の時が経ったろうか、ふと窓の外を見遣れば確かに時は流れていた。)まるで死ぬみたいな言い方する癖に頼み事は聞いてくれんのか、律儀なもんだな。(ふと口元に描いた弧こそ戯れに。何かとマイナスへと向くのはずっとそうしてきたからだろうか、男が其処に立ち入ることはできないけれど。指先に確かに触れる柔らかで艶やかな、手入れの行き届いた髪がするりと零れて行く。暫く楽しみたかったけれど、やけに慌てた様子で下から飛び出してくる声にくつりと喉を鳴らした。)どうぞ、ご自由に。数に困ってないもので其方はお好きにして頂ければ。(彼女曰く“意地悪”な面が顔を出し、細めた双眸の奥底に楽しみが揺れる。華奢な手が触れれば諦めたように従いながら、「それは残念。」と本音と冗談の狭間を肩を竦めながら呟いた。脱兎の如く、との表現が似合う後ろ姿を追い掛ける視線から鋭さは消え、何処か柔らかささえあったかもしれない。床と彼女の踵が奏でる音が途切れれば、窓際にて赤の男はゆるりと首を傾げる。彼女に見えない形で先を促した後、わかりきった問い掛けに微かに笑う気配を零して。)俺が会いに行くかもな。(真っ直ぐでは無い、違った形で肯定をその背へと投げよう。未だ騎士の仮面を被る気の無い男は、傷一つ無い壁へと背を預けて腕を組む。細い指が扉へと掛けられたその時、もう一度口を開いた。)レティーシャ。(“彼女”の名を室内へと響かせればその足を止めることは叶うだろうか。視界は素っ気無い室内を映したまま、彼女の煌びやかなドレスの裾すら映さずに。壁へと背を預け、伏せた瞳には何も映さず。)俺にとってお前は無価値じゃない。(――それが、この部屋で男が零した最後の言葉。閉じてしまった扉の内側にて残されれば、伏せていた瞳を持ち上げて深々と息をつく。ゆっくりと腕を解き、背は預けたままで瞼と片手の指先を持ち上げて。指先に確かにあった感触を閉じ込めるように手を握るも感覚は遠い。壁から背を引き剥がすと同時に騎士の仮面を被れば、素知らぬ顔で外への扉を開け放とう。高らかに靴の音を響かせ、無表情のまま歩いて行く。いつか白く白く、山や街、城が染められたとしても――“彼女”を白く染め上げることだけは許さない。)
* 2022/11/19 (Sat) 21:27 * No.101