(玄冬に手向ける夢の終わり。)
(一年の終わりが近づいたその日は朝から殊更に冷え込んで、日暮れに従い空からは初雪が舞い始めていた。王命を受けてから数週間。正式な公表はまだのはずだが城内は末の姫の婚約話で持ちきりで、年の瀬本来の慌ただしさもあり以前より空気が賑々しい。直属の従者ということで少年が質問攻めに合うことも少なくはなかったが、それ以外は今まで通りの平穏な日常を送れていたといえよう――表向きは。気づいている、あの夜以降、姫と過ごす時間の合間に時折窺うような視線を感じることを。何も行動を起こさない日々が続くにつれ、督促が増えていることも。御前で反抗的な態度を取った自分が悪いのだが、あれ以来彼女を「アメリア」としてしか扱えていない。姉妹がそれに対して何かを察していたのかは分からないが、ともかく痺れを切らした王の使者たちに囲まれたのがつい数時間前のこと。猶予を伸ばせるのもこれが限界かと、姫とふたりきりにしてもらうのを条件に頷いた。言外に渡された小瓶は事を成した後に飲めということなのだろうか。今頃呼び出しを受けているであろう蒼のどちらが来るかは分からなかったが、どう転んでも辛いのは目に見えている。国王から指定された尖塔に辿り着き、入ってすぐの壁際に体を凭れかけさせて、はめ殺しの窓の向こうに舞う白を眺めどれぐらい経った頃だろう。不意に隠し扉の魔法が反応すれば、そちらに視線をやって、)――アル。(唯一を差す名を呼びかければ、外見で見分けるまでもない。即座に歩み寄り彼女のいでたちを確かめる。もし雪をかぶっているのなら、払ってあげるつもりで。)夜中にこんなところまで呼び出してごめんね。……寒くはなかった?(ついつい眉を下げて心配を口にして、そこで腰に吊った剣がカチャリと音を立てたものだから、紫水晶の奥で光が波打つ。これから自分がやる事を思えばおかしな言動だが、何から切り出せばいいのか分からない。迷う心を表す視線が彼女と周囲の景色を緩やかに行き来して、しまいには途方に暮れた様子を見せた。)せっかくだから、少し探検しながら話さない?普段は堂々と、入れない場所なんだしさ。(時間を稼ごうとしていると気取られてしまうだろうか。だがもう一度ぐらいは彼女と冒険がしたいのだと、細い螺旋階段を指し示す。とりあえずは上にも下にも行けそうだ。)
* 2022/11/20 (Sun) 09:31 * No.4
(雪明かりの眩い、しんとした夜だった。おろしたての外套を初雪が粧す。乳母から贈られた真白い外套は、きっと妹だけの花嫁衣裳だった。涙に暮れる半分へと別れを告げて、訪れた尖塔を仰ぎ見る。不思議なものだ。この扉の向こうに彼がいる。その事実だけで、どんな終幕も愛せる気がした。ゆっくりと瞑目し、まなうらに魔法陣を描く。募る光。結われる風。解呪の反応熱は、冷えた頬に心地よかった。ああ、これが夢の終わり。酔夢の余韻は、想像よりもずっと長かったように思う。たとえ「アメリア」としてしか彼に関われないとしても、想い人との新たな思い出を綴じてゆけたことは、何よりの幸いだった。)ケヴィン。(すべての影が凍てつく灰色の世界で、紫水晶だけが鮮やかだ。紫水晶に明星が像を結ぶ。愛しい声に名を呼ばれる。それだけのことでまなじりは綻んで、まっすぐな歩みを待った。白雪を払う、世話焼きの手がくすぐったい。)いいんだ。きみに会えて嬉しい。(柔い笑声が転がる。不意に響いた金属音は、甘やかな逢瀬には不釣り合いだった。なればこそ、この尖塔に似合いの冷たさを孕んでいたといえる。蒼は紫水晶しか映さない。ゆえに、苦い波紋を申し訳なく思った。彼を手放せるほど大人にもなれず、何もかもから目を逸らす子どもにもなれないまま、その迷いを見守る。)お供いたします。どことなりともご随意に。……だったかな?きみの真似だよ、ケヴィン。どう?似ている?(だからせめて、いつかみたいに戯れていたかった。舞い散る雪の花が、何もかも白に還すまで。なるたけ平坦になるよう努めたいらえは、果たしてどんな響きで彼に届いただろう。先んじて螺旋階段へと足を掛け、恭しく手を差し伸べる。金風が幼い主従を包んだ日、彼がそうしてくれたように。)懐かしいな。あのとき、私はきみを知らなかった。哀愁漂う騎士がおもしろおかしくて、声をかけただけだったんだ。そうしたら、昨日のあなたはこんな悪趣味をお持ちには見えなかったって、きみが言うものだから。この子が不運の騎士なんだ、こんな偶然もあるんだなって驚いて、ついでに失礼だなって思ったよ。覚えてる?(意図的に脚色した過日が、彼の心をほぐせばいい。わざとらしく微笑む。その手のひらが重ねられたなら、上階へと導きたかった。先細るばかりの未来でも、より多く光が差す方へ。)
* 2022/11/20 (Sun) 16:58 * No.10
(魔力の燐光が薄れた先。ほの青い宵闇に浮かび上がった白さは、塔内の淀んだ暗がりの中でも不可侵で穢れなく見える。いつも通り濃藍の騎士団制服を身にまとい、夜の底へと溶け込んでいた少年は、一瞬だけその神々しさに目を細め、けれどふわりと綻ぶ笑みの柔らかさにつられるようにして微笑んだ。)うん……僕も嬉しい。会えたのもだけど、アルがそう思ってくれるのが。(夜中の突然の呼び出し。おまけに場所が場所ともなれば、ただならぬ何かがあるということは察しがつくだろうに。現に紫水晶の内側では来ないでほしかったという矛盾した絶望も、静かに静かに広がっているのだ。意気地のない躊躇いすらやさしく見守ってくれる蒼い星が、行く先を導くように動くのを視線で追う。出会いの再演は立場がまるきり逆で、なんだかそれが少しおかしい。)全然似てないよ。そこまでそっ気のない言い方をした覚えは……いや、どうだったかな……?(平坦な声音に首を捻る。できる限り一人前の騎士として見做されたかった、あの頃が遠い。語尾を曖昧に濁した呟きを漏らしながらも、差し出された手に揃えた指先を預ける。彼女に対する寸評は最愛の姫。そしてその一言では到底語り切れないほど、かけがえのないものをくれたひと。)ええと、僕の記憶と違うから一つずつ訂正するけど。悪趣味とは言っていなくて侍女姿も似合ってたし、不運じゃなくて幸運だった…っていうのは前にも言ったような。失礼だと思われてたのは知らなかったけど、リア様と間違えていたのは確かだから、そこは謝る。(懐かしいようで誇張の多い思い出話に律儀に応じながら、ふたり手を取り合って階段を上っていく。とはいえ無人の尖塔内に見どころはそれほど多くない。先ごろ王命を賜った玉座の据えられた謁見室と、こまごまとした居室がいくつかあるだけの上階を眺めゆけば、いつしか足取りは塔のてっぺんに向かうことになる。そこは元が鐘楼だったと思しき、四方が開けた展望台だった。)昼間なら峰の向こうまで見えたのかもしれないけど、さすがに今は無理そうだね。(石造りの欄干の向こう、雪間に眠る景色を見渡す。頭上に星影はなく、音すら消えた静かな夜だ。まるで自分たち以外のすべてが絶えてしまったような孤独感に、唯一確かな傍らの存在へと身を寄せたがる。幾ばくかの沈黙が辺りを支配したのち、紫水晶をそっと伏せて、少年はようやく切り出した。)……アル、よく聞いて。実は陛下から王命が下ったんだ。
* 2022/11/20 (Sun) 22:42 * No.17
(躊躇いは思いやりの証左だ。その美徳も彼の魅力に違いないけれど、やはり雪解けの微笑みには敵わない。アル。その福音が響く場所こそ、明星の座標。)そっ気なかったよ。つんとしてた。(ぼやけてゆく否定に頬を緩めて、ここぞとばかりにダメ押しを。騎士の硬い指先を握り込む。繋いだこの手から、ありったけの愛しさが伝わればいいのに。)私は、今のケヴィンが一番好きだな。(黙っていると険のある目元も、彼の前では形なしだ。不吉な双晶を救い、間引かれるだけの屑石に名前をくれたひと。ひととせにも満たない時間の中で、祝福を授けてくれたつるぎの流星。紫水晶に酔いしれる蒼が、ふと、正気に戻る。)……いや、律儀すぎないか?(思わず真顔で問いかけた。生真面目に是正して、生真面目に謝罪して。そのどれもが軽佻浮薄の蒼の虚を突くから、驚きが笑顔になる。そうして、見どころに乏しい尖塔で辿る、たまゆらの夢路。誰も訪れない謁見室なら工房にしてしまおう。愛しいひとの襟元をより美しく飾れるように。誰も使わない小部屋なら花でも生けよう。愛しいひとがくれた匂紫の芳香の中で眠れるように。冷たい雪風が頬を撫ぜる。寒さに鼻先が赤らむけれど、はめ殺しの窓がもたらす生ぬるさより余程よかった。白い息がくゆる。空が落ちた世界では、星すら瞬かない。かわいい孤独に身を寄せた。深い夜のしじまには、沈黙がよく似合う。)うん。(粉雪のまにまに消えた、淡い肯定。ふるりと震えた睫が、紫水晶へと向き直る。きっちりと着込んだ制服。きちんと梳かれた黒髪。武人らしからぬ、甘い容貌。その全部を蒼に閉じ込めて、両頬へと手を伸ばす。)本当は、とっておきの悪戯を用意してたんだ。私が「どちら」か分かりますか?って。(甘やかされた指先が、その輪郭をなぞりたがる。自分自身をひたすらに律し、剣を取る勇ましい少年。しかし、その心は誰よりも柔いと知っている。)でも、きみは呼んでくれた。尋ねる間もなく、私の名前を呼んでくれたんだ。それだけで、もう十分。(もう涙は滲まない。ふたりきりの夜の底、孤独さえもが幸せだった。)ごめんな、ケヴィン。私ばっかり幸せだ。(たとえ破滅を招いたとしても、幸いが刹那でも。恋い焦がれた紫水晶が、今はただ世界でただひとり、蒼い星だけを映してくれるから。まろく微笑む。)真円の騎士、ケヴィン・アーデン。きみの王命を教えて。
* 2022/11/21 (Mon) 14:10 * No.24
(つんとしてた。律儀すぎる。どちらの評価に対しても紫水晶の反応は同じだった。)…そう?(きょとんと蒼を見返してから、よくわからないといった風に首を傾げる。当人としては普通の反応だと思っていたのが明白な所作。とはいえ彼女は満足そうに笑っているし、繋ぐ指先も離れはしない。何より今の自分でも好きだと言ってもらえるなら、それだけで許されたような心地になる。幾分ほどけた面持ちで歩む夢路の中。花を贈り宝石を飾った日々を惜しみ、揺蕩う微睡を冬の凍て風が覚ましていく。本来であれば赤い鼻を気遣うべきところではあるのだけれど、何故だか核心を告げるならここが、最も相応しい場所のような気がしていた。)残念だけどそのとっておきは通らないよ。今はもう、ちゃんと見分けられると思うから。(確証はない。姉妹が本気で騙そうとしたらさすがに分からないかもしれない。しかし敢えて断言したのは想い人に対する意地であると同時に、そうなりたいと願ったから。硝子板とその奥の瞳に映る自分自身と向き合いながら、彼女のことも一心に見つめる。甘やかな指が頬の輪郭を写し取るくすぐったさに、小さく口元を震わせた。)アル、(十分だと言われても呼んでいたいのだと、告げる代わりに紫水晶が凛と二音を響かせる。降り積もる雪が作り出す静寂は思いのほかその声を際立たせて、けれど反響することなく消え果てる。)僕だって幸せだった。貴方といて幸せじゃなかったことなんて一度もない。……なのに……陛下と同じように、呼ぶんだね。(真円の騎士。王にそう呼ばれた時のような強い情動は湧いてこなかった。ただ今は無性に悲しくて、寂しくて、心の合間を空虚な隙間風が通り抜ける。ほんの少し泣きそうに歪んだ顔は、けれどどうにか真顔のままで持ちこたえられたから、彼女の指先を頬から外させたなら、手のひらにそうっと唇を寄せんとした。悪あがきの睦み合い。)円環を、正すことを。“半分の姫”の片方を処するようにというのが、陛下のご意向です。――アメリア・キュクロス様。(ひととき、彼女のいうところのつんとした態度に戻る。余計な感情を差し込みたくはなかった。硬い表情と声音で伝えるべきことを伝えたなら、相手の反応を待たずに首を振る。)でも、僕にとって大事なのは陛下よりアルの意向だ。アルの望みはどんなことでも叶えたい。だから聞かせて……どうしたいのか。(一息に言い切れば白い呼気が宙を舞う、その儚さすら不穏を呼ぶようだ。何もかもを覆い隠す雪がしんと降り積もる中、少年は明星の標だけを求めていた。)
* 2022/11/21 (Mon) 23:29 * No.30
(隙だらけに見えた紫水晶が、凛と絞られる。ひとみの純度をそのままに、移ろう彩りが美しいと思った。)それは頼もしいな。(ゆるされた指先が、その輪郭を透き写す。ああ、これが光のかたち。終ぞ過去形しか連れてこない二音に苦笑し、澄み渡る悲愴を眺め、その皮肉を悼んだ。選ばれし真円の騎士。選ばれぬ半円の姫。悪あがきの睦み合いだけが、明星を留めている。)ほら、似てたじゃないか。(つんとした騎士を茶化す。凍えた相輪に雪が散り、白い呼気が玄冬に溶け消えた。王命は必然だ。特筆すべき感慨はない。蒼い心をひっかくのは、紫水晶の揺らぎだけ。)すみません、ケヴィン。さぞ夢見の悪い日々だったことでしょう。(アメリア・キュクロスの口唇はなめらかだ。白々しい理性で、白々しく笑う。そのまま「アメリア」として接してくれたなら、何も望まずに終われたのに。くるりと踵を返す。彼へと背を向けて、雪間に眠る佳景を見つめた。紫水晶から逃れるために。)でも、その聞き方はずるいよ。私にきみを呪えというの。(石造りの欄干は、自傷に誂え向きだった。両指の腹を強く押し付け、荒く引く。破れる肌。走る痛み。せめてこの血が青ければ、彼の心を傷つけずに済んだのだろうか。)生きたいよ。死にたくない。ケヴィンと一緒に生きて、生きて……飽きるくらい、きみに呼ばれていたいよ。私の名前を。(願いに激情は宿らなかった。冴え冴えとした白雪も玄冬の慰めにはならない。紫水晶のいない世界は、ひどくもの悲しかった。)でも、私には何もない。何もないくせに、私はいつも、誰かの人生を奪っている。(雪風が絶望をさらう。頬を濡らした血飛沫のぬくもりを想った。人間に害なす存在として葬られた飛竜。その不文律が、人間に害なす双ツ子へと宛がわれるだけのこと。)きみだってそうだ。私のせいで、こんなところまで来てしまった。(春の宵が寿いだのは、うら若き騎士の栄光だ。何もかも絶え果てた夜の底で、屑石と心中する必要なんてどこにもない。ああ、それでも。)……きみを不幸にしてでも、きみと生きたいと願う私は、やっぱり双ツ首なんだ。死んだ方がいい。(それはほとんど独白だった。潤みそうになる視界を無理やりに閉ざして、息を吐く。父のために死ぬのではない。ましてや国のためでもない。愛した姉を生かすため。そして、恋した騎士の幸いに殉じるために、この命を捧ぐのだ。そう信じなければ、とても。悲劇の小瓶を知りもしない、愚かな怪物が振り返る。紫水晶を見つめて、困ったように笑った。)飛び降りようか?
* 2022/11/22 (Tue) 13:29 * No.38
(夢見が悪かったのは否定しないが、それは彼女のせいではない。処分を決めたのは王だし、双ツ子を忌むのは民衆、発端に至っては建国神話だ。それなのに向けられた背中はすべての罪過を背負いこもうとする。折れそうな肩で、遍く祝福を受けるはずだった王女の身で。風にはためく白の外套、白い景色。そこに一滴の真紅が落とされたことに気づいたのは、あまりにも世界が色を失くしていたから。)っ、なにを……して、(自傷を止めようと漏れ出た呻き声を、切なる独白が上書きする。呼吸することを忘れて硬直した体は、たった数歩分の距離すら詰められず立ち尽くしたまま。だが語られる望みと呪いから目を背けるつもりはなかったので、口を挟むことなく聞き入ってから。)……アルの分からず屋。(ぽつりと、恨みがましい呟きが零れる。もっと他に慰めたり励ましたりする言い方はあるはずなのに、口から出てしまえば感情が言葉に流されるのを止められない。たとえるならそれは音もなく燃える青い火が、輝石を熱して揺らめくような。)奪ってるだとか不幸だとか、それは他人が決めつけていいことじゃない。誰が何を幸せと思うのかは、その人次第だよ。(にべもない正論を向けることは、手酷い追い打ちなのだと分かっている。でも少年は確かに苛立っていた。双ツ首の呪いが根ざす目の前の姫君ではなく、もっと遠い。彼女をこんな風に歪ませてしまった、運命の輪というものに。)アルは僕を憐れんで、自分を責めて、それで納得してるみたいだけど一方的だ。幸せだって言ったよね?困らせてくれてもいいって。全部強制されたわけじゃなく、僕が決めた意思なのに。(どうして助けてとは言ってくれないのだろう。こちらをようやく見てくれた蒼は、過日は近くにあったはずなのに再び手が届かなくなってしまったようだ。衝動のまま喋ってしまったことで上がった息を、空白の時間を置くことで整えたなら、問いかけは冗談か本気か。試しているのか気まぐれか。困り顔の微笑からその内心は到底読み取れないけれど、生きたいと願っていた、その希望だけをよすがに懐から小瓶を取り出して。)そんな真似するつもりなら、僕のほうが先に死ぬ。どうせ命令通りに事を運ばせたところで、陛下に飼い殺されるか処分されるだけなんだ。処刑人が消えることでアルを一秒でも長く生かせるなら、本望だよ。(蓋を開けた瓶を口元に寄せながら、据わった目で宣言する。姫君が欄干を乗り越えるより、おそらくこちらが中身を呷る方が早い。もっとも彼女に尽くすべき我が身を脅しに使うのは、不本意ではあったのだけれど。)
* 2022/11/22 (Tue) 22:12 * No.42
(ざらついた傍白に目を丸めた。思いがけない燐火に惑い、虚勢がぐらつく。)また正論だ。(使い古した微笑みが口元を飾る。生憎と声は掠れていたから、それきり言葉は吞み込んだ。見透かされた独善が気まずい。ささくれた紫水晶の正しさは、いつも劇薬だ。)強制されたようなものだよ。きみは優しいから。(白く燻る苛立ちを、どこか他人事のように眺めていた気がする。雪風が指し示した無機質な小瓶。どくりと疼いた心臓だけが正常だった。父に奉じた愛の残滓が理解を妨げて、上手く頭が回らない。時も忘れて絶句する。不快に揺らぐ世界で、死神の微笑みを見た。)――ッやめろ!!(喉を灼くような絶叫だった。体が震える。これが憤りだと気づいたのは、小瓶を持つ手を払いのけてからだ。愛しい紫水晶といえども、今ばかりは憎くて憎くてしょうがない。怒りで白んだ指先を揃えて、その頬を叩くべく振りかぶる。その行方がどうであれ、彼に注がれるのは獣じみた睥睨だ。)ふざけるな。おまえが死んだら、(続けるべき言葉があった。伝えたい想いもあった。しかし、口にして初めて、そのおぞましさに恐怖した。引き攣る喉元。まぶたに集まる熱。ああ、泣きたくなんてないのに。あふれる涙も、たがの外れた激情も、何もかも止まらない。)そうだよ。私はケヴィンを憐れんでる。おまえの恋は不毛だ。失うばかりで、何ひとつ残らない。幸せだって?そんなの嘘だ。現に不幸じゃないか!おまえはもう戻れない!私のせいでだ!(それは怒号であり、罵声であり、悲鳴だった。騎士の胸板を乱暴に殴りつける。自分でも何がしたいのか分からないまま、過日をくゆらすラペルピンさえ睨めつけた蒼が、紫水晶を刺し貫く。)今に後悔する。こんなはずじゃなかった。普通の幸せがほしいって。(うつくしい名前に相応しい、うつくしい心の持ち主でいたかった。うつくしい名前をくれた、うつくしいひとの心の中で、うつくしいまま生きていたかった。願いのすべてがことごとく潰えたものだから、醜い自嘲が浮かぶ。)もういい。全部言ってやる。おまえは私のものだ。私以外を愛するなんて許さない。(底冷えの夜気へと、底なしの欲心が落ちる。行き場のない感情をすり潰すように、ぎゅうと外套を握り込んだ。破れた指の腹が痛んだけれど、そんなものどうだっていい。)……でも、私は、自信がない。ケヴィンを繋ぎとめるだけの何かが、自分にあるとは思えない。(自らの浅ましさに耐えきれず、下を向く。ずっと自分が嫌いだった。災いと知りながら生き永らえる卑しさが、どうしようもなく嫌いだった。紫水晶だって、そのうちに気づくだろう。酔いが醒めてしまったら、すぐにでも。)だったら、死ぬしかないだろう。おまえが、他の誰かを愛する前に。
* 2022/11/23 (Wed) 13:35 * No.50
優しい?僕が?(ふ、と唇が弧を描いて、不可思議な話を聞いたように瞬きを一度。けれど目だけはまったく笑っていなかった。本当に優しい人間なら命を秤に乗せること自体しないのだと、小瓶の中の液体を見ながら思う。頭も体も冷え切っているのに思考ばかりは鮮明だ。眼前の絶句も、苛烈な絶叫も、愚行の代償と認識したうえで避けはしない。)! ――…、(悴む手から空中へと払われた小瓶が、塔の壁面にぶつかり奈落へと落ちていく。微かに尾を引いてこだまする音に気を遣っている内に、頬を張る衝撃が走った。痛みはない。痛覚が寒さで麻痺している。ただ、石膏じみた肌に赤い痕が残るだけ。むしろ叩いた彼女の方が痛かったのではないかと、逃避気味に考えつつ横向いた視線を戻せば、暗闇に爛々と燃える対の蒼と目が合った。)ふざけてなんか…。(売り言葉に買い言葉で低く反論してから、失敗だったと後悔がよぎる。途切れた言葉を隔てて溢れる涙。気品をかなぐり捨てた慟哭と胸を打つ拳に、腹の底で煮えていた感情が萎む。しかし恋すら呪おうとする彼女の疑心を、易々と認めるわけにはいかない。)不毛なのは知ってる。だから誰にも明かさないつもりだったんだ。それでも欲しくて、諦めきれなくて、戻れる道を塞いだのは僕だ。アルが悪いわけでもないし、間違っていたとも思わない。(貫く視線を緩く見返して、片手を伸ばす。頬を流れる涙を指の背で拭い、問いかける。)……普通の幸せってなんだろうね?(一般論ではなく彼女個人の考えを聞きたい口ぶり。これ以上触れていいものか今更迷って躊躇いがちに宙へと浮いた手が、続いた言葉によって静止する。丸くなる双眸。夜よりも深い欲心に驚いて咄嗟に二の句が継げなくなったが、理解が及ぶにつれ狂おしいほどの歓びが全身を満たす。今なら幸せで死ねそうなのに、なぜ他の誰かを愛すると断じるのか。)言葉だけじゃ足りない?(両手で下向いた顔を捉まえて、紫水晶が視線を交わしたがる。)未来が怖い?(重ねた問いは確認のようなもの。一呼吸置いて、先ほどの彼女と同じように愛しい輪郭をかたどる。)じゃあ、ずっと死ぬことを考えるなとは言わない。…一日、一日だけでいいよ。その間に僕が心変わりしなかったら、また次の一日も一緒に生きて。(願うのは大仰な誓いを必要としない当たり前。酔いが醒めることを恐れるなら、繋ぎとめる自信を持てないなら、今ここで説く愛だけを見ていてほしいと。真剣に。)アルフェッカ、僕のすべてを貴方にあげる。だから代わりに、アルのこれからをください――。
* 2022/11/24 (Thu) 00:20 * No.57
(がらんどうの紫水晶が白日と重なる。たじろいだ口唇は冷気だけを食んで、否定も肯定も叶わないまま怒りに身を任せた。無防備に頬を打たれる彼が憎い。穢れた血に冒される彼が憎い。やわらかな受容が、ただただ憎い。夢見てしまいそうになる。彼ならば、不完全な自分を認めてくれるのではないかと。きつく引き絞られたまなじりが疑心を撒く。)……さ、っきの言葉、そのまま返す。ケヴィンの、分からず屋。(嗚咽混じりの意趣返しは、きちんと棘を含めていただろうか。甘やかしの指先が涙を拭うせいで、あふれる愛しさが隠せない。もうやめてほしかった。泣いて喚いて、詰って打って。醜いばかりの不信を晒してもなお、こんなにも優しく見つめてくれるひとを他に知らない。信じてしまいそうになる。この恋は、許されてもいいのかもしれないと。)知らないよ。半分の私に分かるわけない。(つんとした騎士よりも、ずっとそっ気ない否定だった。しかし、穏やかなまなざしに宥めすかされた蒼が、気まぐれに自らの幸福を探す。濡れた睫を瞬かせて、ぽつり。)……きみが。ケヴィンが、私のことを、好きだと言ってくれたとき。私は、すごく幸せだった。……きみが、名前をくれたときも。きみが、私の目元に口づけてくれたときも、……(想いが通じ合うこと。喜びも悲しみも、痛みさえ分かち合えること。そんな幸福がこの世にはあるのだと、教えてくれたのは彼だった。救いの手に誘われるがまま上を向く。まっすぐな紫水晶がどうしようもなく慕わしい。言葉だけじゃ足りない。未来が怖い。何もかも見透かす問いが悔しくて、肯定は小さな点頭だけ。輪郭をなぞる指先があまりにも優しいから、もう、やめてほしいとは思わなかった。)……――っふ、(淡い呼気は、序章とそっくりの。)あはは。プロポーズみたいだ。(笑声がまろぶ。未来なら疑えた。しかし、今ここで説かれる愛を疑うすべなんてどこにもない。呪いを雪いだ涙が頬を伝う。真摯な指先を濡らしてしまうそれが、今日の彼にとっては穢れではないのだと信じてみよう。大丈夫。一日ずつなら、怖くない。)いいよ。私は、ケヴィンのすべてがほしい。だから、私のこれからを、きみにあげる。(奇跡を確かめるように、赤の残る頬へと手を伸ばす。「叩いてごめん」と苦笑して、しばし口を噤もう。紫水晶に映る明星はやはり不純物にしか思えない。それでも、彼はすべてをくれた。これからを望んでくれたから。愛したひとに愛された奇跡が、勇気をくれる。)ケヴィン。今日のきみは、私を愛してくれている?(助けを呼ぶための息継ぎを、今。)
* 2022/11/24 (Thu) 13:28 * No.64
(ささくれ立つ意趣返しも嗚咽を伴っては威力など半減だ。怒って泣いて憎む。忙しない姫君の様子を緩やかに見つめ、彼女はやはり双ツ首ではなく人間なのだと考える。ままならぬ心に振り回される、人が人であるがゆえの不均衡。一見醜いそれこそがうつくしいのだと――告げたところで理解されない気がするので、代わりに堂々と意地を張る。)そうだね。アルに関することだけは、譲るつもりはないから。(この恋と幸福こそ、何もかもを失っても護りたい唯一。国王にも死神にも、それこそ彼女自身にだって明け渡すつもりはなかった。涙を拭ってなおご機嫌斜めな蒼に少しだけ困り顔を見せ、溜息混じりに零す。)またそういうことを……(“半分の姫”の汚名は一朝一夕では消えない。17年分の呪いをそそぐにはどれくらいの時間が必要なのだろうか。とりとめのない思考の海に埋没していく中、光を投げかけるのはやっぱり目の前の明星だ。彼女が考える幸福の中心に自らが据えられていることに、打ち震えるように紫水晶が揺れて、息を飲む。)……僕も同じ。アルが傍で笑っていて、好きだと言ってくれて、ときどき僕のために泣いたり怒ったりしてくれる。それだけで普通に幸せだから、後悔なんてしない。絶対に。(この世に不変や永遠はない。この想いがいつか擦り切れて別の何かに変わらないとは言い切れず、彼女を苛む不信だって全てを拭うことはできない。でもそれは詮無いことだ。だったら少年が取れる手段はひとつだけ。飽きるほど名前を呼んで、好きだと言って、共にある毎日を積み重ねる。やがてそれが彼女の自信となり、死の間際まで続くことを祈りながら。)そっ、それはまだ……早い、かな。(いつか聞いた明るい笑い声。予期せぬプロポーズ発言に分かりやすく動揺して、視線をさ迷わせながら恥じ入る。生涯の約束に等しい願いに同意を得たなら首肯して、頬への気遣いには「平気」と答えよう。先ほどまでは灰色に見えた雪景色すら今は明るい。絶望の合間に拓けた未来、それはまさしく奇跡だから。)勿論。今日の僕も、アルのことだけを愛してるよ。(曇りのない笑顔で告げる。夢が覚めてもこの恋が消えないように。片割れと分かたれたひとりが生きてゆけるように。愛しい人のまろい頬に添えた両手を引き寄せて、眼鏡に当たらないよう角度をつけながら触れたくちづけは、言葉だけでは足りない分を補ってくれればいい。)……ええと……とりあえず、中に戻ろうか。(そうして照れた顔で体を離せば、ひとまず小部屋にでも移動する心算。彼女の指の傷を治癒して、暖を取って。何より今後のことを話し合う必要があった。)
* 2022/11/24 (Thu) 23:44 * No.69
(忌憚のない意見を述べる紫水晶の勇ましさは、控えめな苦言を金風に乗せていた少年とは似ても似つかない。やはり彼はずるい騎士だ。正論なら咎められる。しかし、主語を「僕」に据えられてしまっては何も言えないではないか。)ふん。(つむじ曲がりの明星を憂いても、放り出してはくれない。その過分な献身を拒みたがる一方で、心に灯がともる矛盾を確かに感じていた。ふたりでひとりの「アメリア」では知り得ない、彼だけの「アルフェッカ」として得た情動。もう知っていた。この世に不変や永遠はない。だからこそ、奇跡がある。)やっぱり、きみの言葉は魔法みたいだ。ケヴィンの言う絶対は、不思議と信じてみたくなる。(紫水晶の騎士が双子の前に現れたこと。それは双ツ首の呪いを絶つ無二の奇跡。今なお未来は怖ろしい。酔い覚ましの紫水晶がその本懐を思い出したらと怯えずにはいられない。それでも、変わりゆくからこそ生まれた明星の名を、飽きるほど呼んでもらえたら。愛するひとに愛してもらえる一日を、積み重ねてゆけるのなら。17年分の呪いは、次の17年を待たずにそそがれるのかもしれない。)そうか。じゃあ、明日の私はきみじゃない別の誰かと婚約してしまうかもしれないな。(夜よりも深い欲心はもう晒した。すっかり開き直った口唇が、言外に生涯の約束をねだる。)うん。(ずっとずっとほしかった言葉を、ずっとずっとほしかったひとがくれる。砂糖菓子よりも甘い笑顔が、閉じたまぶたさえも彩った。触れたくちびるは驚くほど柔らかく、驚くほど心地よかったから。離れゆく口唇を追いかけて、一度だけくちづけた。)ねえ、私は初めてだったよ。ケヴィンは?(恥じらう騎士がかわいくて、ついつい戯れのアルトが弾む。上機嫌に身を寄せたくせ、おもむろに「指が痛い」と眉を顰めたのはご愛敬。治癒魔法に感謝して、少ない薪を燃やして。暖炉に向かい合う少年少女のあわいに、低い焔が揺れる。)………その。怒らないで聞いてほしいんだが、私はまだ、なんというか……ケヴィンの手を煩わせてまで、と思わずには、いられないというか……。(しどろもどろ。分からず屋の紫水晶を起こさないように、慎重に言葉を探す。)いや、違うんだ。何が言いたいかというと、勇気を出そうとしている。ので、手を、握ってほしい。……いや、握る。(一方的な語らいのもと、一方的に手を握る。みっともなく震える指先が疎ましい。彼がくれたぬくもりを想い、命を乞う罪深さを振り切って、ゆっくりと口を開いた。今更かもしれないけれど、)お願いだ。私を助けてほしい。……幸せになりたいんだ。きみと一緒に。
* 2022/11/25 (Fri) 15:47 * No.73
(魔法だなんて、そこまで大それたことを言ったつもりはないけれど、後ろを向きたがる末姫を少しでも明るい場所へと連れ出すことができたなら、これほど嬉しいことはない。恋い慕う金と蒼のまなざしは、初めて見た時から変わらず紫水晶を酔わせている。けれどそれはあやまちではないのだと教えてくれている気がして、自然と浮かぶ笑みは穏やかなまま。けれど少々意地の悪いおねだりにはぐっと言葉に詰まった。変心を恐れているのは彼女だけではないと、分かっているのか否か。)冗談でもやめて。別の誰かなんて考えたりしないで。(自分でも意外なほどはっきりと声音が落ちる。架空の誰かすら視野に入れるなというのは、怒りと共に明かされた欲心より性質が悪かったかもしれない。)……ちゃんとここから逃げ出せて、落ち着いたら改めて言う。だから今日はさっきの言葉だけじゃ……ダメかな?(一瞬とはいえ再び感情的になってしまった浅慮を省みて、視線は幾分下方へと。ここにきて意気地がないだろうか。大事な話だからこそ確たる地盤を得てから申し込みたいのだと、真面目さゆえの思考で問う。)は、はじめてだけど……お願いだからそういうことは聞かないで……。(一向に消えない羞恥が憎い。惚れた弱みか年下ゆえか、上機嫌なばかりの砂糖菓子から目を逸らし消え入りそうに答える。いやむしろ消えたい。しかし指の傷を思い出す声には安堵を覚え、幾ばくかの落ち着きを取り戻して苦笑を零した。痛みは生きている証だ。彼女はもはや死の淵を覗き込んではいない、と。)うん?(雪風の入り込まない室内に戻り、薪の爆ぜる音が響き始めたところで切り出された言葉。改まった様子に首を捻るも、握られた手が震えているのを見て取れば、力を籠めて握り返す。)大丈夫。ちゃんと聞いてるから、ゆっくりでいいよ。(そう促して、耳に入れたのは本来なら口に出すのに勇気なんて必要ない。人によっては空気を食むより簡単に言える願いのはずだ。けれど彼女にとっては違うのだと、理解すれば胸が締め付けられる。揺れる双眸を閉ざして一呼吸置いてから、再び蒼を見つめ。)承りました、我が君。……とはいえ、僕が手を煩わせるというより、どちらかといえばアルの力を借りないといけないかも。(窓の外に視線を移す。キュクロスを出るには国を囲む峰を越えなければならないが、雪中の山越えなど自殺行為だ。かといって王領から離れた場所に春まで潜伏するというのも難しい。腕を組んで考え込みながら、ちらりと横目に視線を向ける。)穏便な手段と、騒ぎになりそうな手段、どっちを先に聞きたい?
* 2022/11/25 (Fri) 22:55 * No.75
えっ。(素直に驚いた。目を丸め、ただただ一途に少年を見つめる。曲がりなりにも王族として生きてきたものだから、ここまで明確に咎められた経験は多くない。何より、甘やかしの紫水晶ならば困り果てるものだと思っていたのだ。その睫が俯いてようやく、驚きは喜びへ変わる。清らかな少年が、まぼろしに嫉妬してくれること。それは背徳の花を咲かすには十分すぎて、綻ぶばかりの口端を隠せない。)だめだ。今すぐほしい。(意地悪く笑んで、その反応を窺ってから。)嘘だよ。さっきの言葉も、今の言葉も、すごく嬉しかった。だから、おとなしく待ってる。(未来を鮮やかに彩る約束が、明星の心をあやす。耳朶に募る微熱が彼に悟られないといい。こうして蒼をとろかすのも、その頬へとくちびるを寄せたがるのも、約束をねだるのも。すべてが彼だけなのに、少年は架空の誰かすら想うなと言う。恋とは難儀なものだ。)よかった。初めてじゃなかったら、相手を呪い殺してしまうところだった。(かぼそい告白と対をなす、朗らかな毒舌。冗談半分、本気半分の戯れを笑声で和らげる。こうした軽口の続きみたいに、他愛ない冗談みたいに助けを乞えたらよかった。彼を不幸にしてでも生きたいと願う双ツ首。自ら口にした呪いと、紫水晶の謳う幸福がせめぎ合う中、握り返された手のぬくもりに安堵した。こんなにも甘やかされては彼なしでは生きていけないかもしれないと、なけなしの理性が囁く。しかし、何もかも今更だった。彼のいない世界で生きていくつもりもないのだから、とことん甘やかされていたい。)……ありがとう。(ささやかな食糧、心ばかりの薪、うらぶれた防寒具。円環を正すため、半分の死を望むばかりの小部屋においても、まだ主君と呼んでくれるのか。今や「アルフェッカ」の名前以外、この身を証明するものなど何もないというのに。そのまなざしが欠けたばかりの心を癒してくれるから、謝罪ではなく感謝が音を成した。)私の力を?(誘われるように、はめ殺しの窓へと視線を送る。黄泉路を辿るつもりでこの尖塔に訪れたものだから、秘策など何もない。雪月夜の警備体制や、王宮を脱するための抜け道を提供するがせいぜいだ。意図が読めないまま、彼を真似るように腕を組む。やがてもたらされた問いかけに、ぱっと蒼が輝いた。)騒ぎになりそうな手段がいい!(前後を決めるというよりも、手段そのものを断ずるような物言い。地位も名誉も片割れも、何もかも失ったけれど、冒険への熱愛だけは残っていた。)
* 2022/11/26 (Sat) 12:08 * No.82
(驚きから喜びへ、推移する表情の意味はよく分かる。なにせついさっき逆の立場で味わったばかりなのだから。だが容赦なく追い打ちをかけてくるのは戯れ好きな姫ならではだ。ほとほと困り果てた様子で眉根を寄せてから、浅く息を吐く。)わがまま、(咎めるような言葉に反して、声の調子に強さはない。どちらかといえば仕方ないなと言わんばかりの、意地悪すら愛おしむ口ぶり。今すぐの要求は早々と反故にされたので、ひとまず胸を撫でおろしたけれど、もしもこれ以上ねだられていたら折れていたに違いない。)うん……ありがとう。待っていて。(実際のところ我が儘を押し通したのはこちらだ。譲歩してくれた彼女への感謝にひとさじの後ろめたさを混ぜ込んで、紫水晶は控えめな微笑みへと帰結する。とはいえその表情も、からりとした軽口には少し固まった。先の烈火を目の当たりにした直後では、冗談めかして笑えない。無論、初めてを知れたのが彼女でよかったという気持ちはあるけれど。)……そう言うだろうなとは思ってたよ。(夕凪か嵐か。提示した選択肢を選び取る迷いなさに、安心するべきか呆れるべきか分からない。この様子では穏便な手段など提示したところで無意味だろうと、脳内で案ごと棄却して冒険心溢れる姫君を見遣る。仕えるべき国も、継ぐべき家も手放してしまったけれど、腰には一振りの剣が残った。誇りたる刃が彼女や己の血で穢れなかったからには、やはりこれからも騎士は目の前のひとに尽くしたい。)召喚獣を喚んで逃げよう。二角獣、じゃなくて、空を飛んで乗れるのがいいかな。まっすぐ国境さえ越えれば、追手がかかることもないと思う。(以前は却下に却下を重ねた話を自ら蒸し返すことになろうとは。しかし首が落ちる心配はもう不要なので、何もないとは存外心強いものだ。おもむろに呪文を詠唱しながら、組んでいた両手を解いて開く。渦巻く光と共に手中に現れたのは肩掛けの鞄ひとつ。この程度の物質転移ならなんとかなるが、高位の召喚となると少年ひとりでは荷が重い。なので彼女の力が必要という次第だ。)天馬にグリフォン、ドラゴンは……少し厳しそうだけど。アルは何か希望があったりする?(鞄から召喚術の魔導書を引っ張り出してページを捲りながら、一応は共犯者の意向も確認しておこうとする。なお鞄の他の中身は、触媒になりそうな魔石類と金銭的な蓄え。少しの水と食糧と、それから、)そうだ。渡しておくものがあったんだ。(はたと思い出したように顔を上げたなら、「手を出して」と蒼を促した。)
* 2022/11/26 (Sat) 21:36 * No.88
(懐かしい当惑の色。もどかしそうに言葉を選んでいた少年騎士を思い返しては、歯に衣着せぬ言いざまに笑みを深める。ありのままの紫水晶に触れられる幸福をくゆらせて、おどけたように肩をすくめた。)わがままな私は嫌い?(肯定をねだるのではなく、否定をねだる形で問うたのは、否定に添えられるはずの言葉を期待して。何しろ今日の彼は、自分だけを愛してくれているのだ。柔らかすぎる面責も相俟って、怖めず臆せず微笑めた。おねだりに否を突きつける、ただそれだけで寝覚めの悪そうな紫水晶とは正反対のふてぶてしさである。かくして硬直した彼を見遣りながら、不本意な激白もそう悪くない失態だったのだと理解する。魂を分けた片割れであれば未だしも、見ず知らずの誰かに捧げられた何かを想像するだけで気分が悪い。もうロマンチストの姉を笑えないなと、ぼんやり思った。)? それはどういう顔だ?(複雑そうな声音の内訳が分からなくて、小首を傾げようとした。傾げきる前に、)召喚獣!(心躍る単語が訪れたものだから、ときめきを隠せない。現れた肩掛け鞄。捲られる魔導書。いよいよ真実味を増す光景に、これでもかと輝いた蒼が彼を映し出す。)ケヴィン!私は今、とてもわくわくしている!(もはや意向ではなく感想である。いそいそと身を寄せて、魔導書を覗き込もう。結い上げた金糸が彼をくすぐるかもしれないけれど、冒険に目が眩んだ明星に一切の配慮はない。)きみが挙げた中で選ぶならグリフォンかな。一番かっこいい。個人的に喚んでみたいのはシムルグだが、ふたりでは難しいかな?美しい羽毛は治癒の力もあるそうだから、心強いと思うんだ。いや、せっかくならドラゴンがいいかもしれない。うーん、こうなってくると天馬も捨てがたいな。どうしようかな……(怒涛の意見陳述の末、長考。千載一遇の好機を逃すまいと、かつてない熱情を魔導書へと注いでいた。だからこそ彼の声かけは思いがけないもので、咄嗟に「さっきの小瓶でもくれるのか?」と問おうとして、息を止めた。冗談では済まない気がする。憑きものが落ちたように、興奮の熱を冷ました蒼が紫水晶を伺い見る。死にたいわけではない。彼を信じていないわけでもない。ただ単純に、軽んじてきた命を今すぐに尊べないだけ。しかし蒼を生かそうとする彼への侮辱でもあると分かるから、慌てて言葉を呑み込むことにした。あからさまな沈黙は違和感を与えたかもしれないけれど、やむを得まい。口は禍のもとなのだ。首肯を返事に代えて、皿にした両手を差し出した。)
* 2022/11/27 (Sun) 10:52 * No.93
きら……(愛を説くと決めた初日からこれでは、なかなか先が思いやられるかもしれない。問いの体を取っていても答えは分かっているのであろう、砂糖まみれの甘えたから逃れかけた視線は、結局のところ観念したように元に戻る。これだけ幸せそうな顔をされて、無下にできる人間が果たしているのだろうか。)……い、じゃない。アルのわがままは、僕を見てくれている証拠だって分かるから。少し困る時はあるけど、そういうところも含めて可愛いし、好きだな……って。(誘導されて真正直に思うところを告白して、さすがに居た堪れない心地が顔に出る。ここは雪と闇に閉ざされた冷たい尖塔で、自分たちはいまだに生死の瀬戸際にいるというのに、幾度も想いを確かめ合っていると現実など忘れてしまいそうだ。とはいえ夢に溺れている時間などないと理性も働く。伝えた脱出方法に心弾ます様子には、あたたかな視線を向け。)アルが喜んでくれて嬉しいの顔かな。(多少誤魔化したが、嘘というわけでもない。覗き込みやすいように魔導書の位置をずらしながら、くすぐるように揺れる金糸の尻尾を辿る。暖炉の照り返しを受けて、きらきら輝くそれは綺麗だ。すぐ傍で楽し気に輝く明星の瞳も同様だったから、ひととき見惚れて手を止める。意見陳述中の彼女が気づいたか定かではない。)シムルグ……鳥の王だね。難しいかもしれないけど、一か八かで試してみようか?(身も蓋もない言い方をすれば、少年は召喚する魔物はなんでもよかった。二人で生き延びられるなら、なんだって。だがこれだけ悩んでいるからには希望に添いたいと、魔法陣の描かれたページを開いたまま書物を床に置き、周囲に魔石を並べていく。そうこうしている間に沈黙が横たわっていることに気が付いたなら、不思議そうに見返して。)そんなに身構えるようなものでもないけど…、(多大な期待をされているのではないかと誤解しつつ、両手の上に落としたのは水晶のペンダントだ。雫型のカット石に銀のチェーンと金具をつけただけの簡素な見た目は、装飾品というよりお守りに近い。ただ普通の水晶とは違い、石の内部には虹色の光が灯っている。)一つの水晶を二つにして、遠見の魔法を籠めてもらったんだ。片方を握りしめて念じると、もう片方の周囲の景色が短時間だけ見える魔道具らしいよ。(元々が研磨工房で譲ってもらった双晶だということは一応伏せつつ、使い道を説明してから。)もう一つの方は婚約祝いとして贈っておいたけど……余計なお世話だった?(ここまで言えば大方の意図は伝わるだろうか。反応を窺うように問いかけながら、そろりと視線を向ける。)
* 2022/11/27 (Sun) 20:48 * No.99
かわ……(期待を遥かに上回る告白だった。固まること数秒。)……いくは、ないんじゃないか……?(名を贈られた白日も然り。綺麗だの可愛いだの、そうした賛辞は淑女にこそ相応しい。癇癪持ちの毒婦には過分な代物としか思えないから、ひとさじの羞恥を混ぜ込んだ苦いまなざしを向けた。説かれる愛を疑いはせずとも、その審美眼には今しばらく異を唱えてしまいそうだった。一方で、琴線に触れさえしなければ扱いやすい元姫君である。こまやかな気配りに謝辞を述べたきり、きらめく蒼は旅の伴を探すばかりで、紫水晶が映していたものを終ぞ知らぬまま。肯定的な提案にようやく顔を上げ、あどけなく笑った。)やった!(年上の矜持はどこへやら。一刻も早く魔法陣を描きたいと逸る指先へと、水晶が触れる。やはり小瓶ではなかった。)危なかった……(まろび出た本音を繕うように、示された用途へと相槌を打つ。)へえ。便利なものだな。(もの珍しそうに七色を眺めていた蒼が、弾かれたように少年を見た。もう一つ。婚約祝い。遠見の魔法。それらが織りなす希望の眩さも、こんなにも心を尽くしてくれる彼のことも。この期に及んで控えめな紫水晶の視線も、すべてが夢のようで。)……ケヴィンは、たまにものすごく男前になる。(呆然と呟いてから、そっと水晶を握り込む。永遠に分かたれたはずの半分が、今この手の中にある。身体の芯からあたたまるような心地だった。)もう、鏡の中でしかリアを感じられないと思ってた。ありがとう。(紫水晶の導いてくれる未来がどこまでも優しくて、祈るように睫を伏せる。ずっと不誠実に生きてきた。ふたりでひとりを演じるためだと、賢しらに正当化して。しかし、もう言い訳は出来ない。覚悟を決めよう。水晶のペンダントを首へとかけて、少年へと向き直る。)ごめん。さっき、毒でもくれるのかと言いそうになった。何とか堪えたけど、今後、うっかり口が滑ることがあるかもしれない。(いつかと同じように、紫水晶をまっすぐに見据える。きりりと口の端を引き結んだ。)そのときは心置きなく叱ってくれ。私も好きになりたいんだ。ケヴィンが好いてくれる、私自身のこと。(無謀だと嗤う自分もいる。それでも、彼と一緒なら――真面目な意思表明に「あっ」と素っ頓狂な声が混ざる。無言のまま外套のポケットを叩いて、暫しの沈黙。おずおずと口を開いた。)……ここに忘れ薬がある。きみにあげようと思ってた。今から捨てる。(後ろめたさがありありと滲む早口であった。暖炉へと小瓶へと放り投げ、そそくさとチョークを手に取る。気を取り直してとばかりに咳払い。)よし。やるぞ、ケヴィン。鳥の王の力を借りて、真円の王を見下ろしてやろう。
* 2022/11/28 (Mon) 15:05 * No.106
まさか。(包み隠さず答えたつもりだったので、固まられてしまえば恥など忘れて即座に首を振る。冒険を前にはしゃぐ姿は勿論、触れ合う時の幸福なまなざしも、からかい混じりの笑顔も。紫水晶に映る彼女はいつだって綺麗で可愛いひとだった。撒き散らす呪いだって、根底を辿れば少年の行く末を案じてくれるがゆえ。従者に任じられた当初からあったいじらしさが、今ではこの上なく愛おしい。)たまに……たまになんだ。 まあ、僕もリア様のことは心配だから。遅くなったけどラペルピンのお礼でもあるし。(呆然とした呟きに口を挟んでしまったのはともかくとして、受け取ってもらえたことに安堵を零す。彼女の片割れは騎士にとってももう一人の主であり、誤りとはいえ一時は本気で憧れた相手だった。だから幸せになってほしいと思いはすれど、それは独善ではとの懸念がなかったわけでもない。あるべき場所へと収まったかつての双晶を救われた心地で眺め、急に真剣な面持ちで見据えられたなら瞬きひとつ。一通り話を聞き、忘れ薬が暖炉に投じられたところで小さな溜息をつく。)……あの小瓶は僕が用意したものじゃない。中身も毒だったかどうか分からないんだ。それなのに脅すような真似をしたのは、本当に申し訳なかったと思ってる。(彼女が話題に出さなければ黙っているつもりだった。保身、というよりは瓶の用意を指示したのが誰なのか悟らせないため。この期に及んで父王の件で傷つけたくはなかったが、誠意には誠意で返すのが筋だろう。)真円の王……か。(調和の円。その頂に立つ王。実の娘を冷遇する心理はまったく理解できないが、あの人も大切な何かが欠けて、元に戻らなくなってしまった一人だったのかもしれない。もはや小瓶は地に落ちて粉々だし、王命の真相を確かめる機会も二度とない。けれど自分自身を好きになる努力を誓った彼女の存在はやはり光明だと、床に魔法陣を書き写す作業を開始しながら。)で、なんで忘れ薬をあげようと思ったの?説明してくれないと本当に叱るよ?(焼却処分したからといって有耶無耶にするつもりのない静かな口調。既に心置きなく叱っている気もするが、脱出の準備自体は黙々と進めていく。二人がかりなら間もなく陣が完成するはずで。)じゃあ始めようか。アル、手を。(魔導書に書かれた呪文の唱和を指示し、魔法陣の中心で向き合いながら両手を握る。さて一発勝負の召喚だが鳥の王は応えてくれるか。上手くいけば足元から光が立ち昇った後、塔の上空からけたたましい巨鳥の鳴き声が響き渡り――。)
* 2022/11/28 (Mon) 23:15 * No.108
(甚だ理解しがたい即答である。とはいえ、彼の心を繋ぎとめるものが多いに越したことはない。曖昧に頷きながら、紫水晶の夢譚が続いてくれることを祈ろう。)たまにだ。基本かわいい。(ほとんど無心の肯定だった。あの姉に「シャイな御方」と言わしめた衝撃は記憶に新しい。打てば響く少年の愛らしさに魅入られて、隙あらば戯言を弄してしまうわけだけれど、あまねく絶望から救ってくれる彼はどんな英雄より凛々しくもある。ペンダントに託された義理堅さも、近ごろ多くなった溜息も何もかも愛しくて、小瓶の真実すら翳んでしまうほど。)あはは。あのときのケヴィン、不敬極まりなかったな。(小瓶の中身が何であれ、彼のおかげで今がある。その機転に感謝こそすれ、謝罪されることなど何もないと笑声をまろばせた。)きみのあれがなければ、私は今ごろ血の花だ。私たちはあの小瓶に命を救われたのかもしれない。……という結びでどうだろう?(愛した父に死を願われ、愛した騎士すら奪われようとした現実。どうせ横たわる悲劇なら、せめて優しい餞を贈ろう。父に愛されてみたかった。しかし父は父である前に、真円に相応しい完璧な王だった。ただそれだけのことなのだから。)も、もうよくないか?処分したことだし……(事なきを得たつもりでいたので、狼狽のあまりチョークが折れた。おかしい。過日の𠮟り方と違う。匂紫を携えた少年騎士の可愛いお叱りを想定していたものだから、魔法陣を書き写す手に後悔が宿った。早まったかもしれない。)想像してごらんよ。きみが私を殺したとする。もしくは私が自害する。後味が悪くないか?悪いだろう?そんなとき、忘れ薬があったら嬉しくないか?(嬉しいだろう、と誘導尋問を試みた。何はともあれ、魔法陣は無事完成。深く頷いて、彼の両手を握る。ふたりきりの詠唱は誓いに似ていた。やがて少年少女を包み込んだ閃光が、巨鳥の降臨を告げる。)行こう!(握ったままの両手を引っ張って、鳥の王との謁見を急かす。慌ただしい片付けの後、螺旋階段を駆け上ろう。塔のてっぺんまで残り数段というところで、不意に振り返った。階段の差分が、6cmの隔たりを埋めてくれる。)ねえ、ケヴィン。きみを愛してる。だから明日も、(ここは雪と闇に閉ざされた冷たい尖塔。祝福の星は流れず、からっぽの鐘楼は何をも寿がない。それでも愛を説こう。明星に恋した紫水晶の新たなあやまちが、未来永劫正されないように。)私だけを愛していてね。(まろい頬へと手を伸ばす。くちびるを重ねようと距離を詰めて、甘えたがりの蒼が悪戯に笑った。)きみからしてほしい。だめかな?
* 2022/11/29 (Tue) 13:45 * No.116
(かわいいと言われるのが不服なわけでもなし。たまに男前と思ってもらえるだけ十分だと、納得できたならよかっただろう。しかし少年は志が高かった。肯定に少しの間考え込んでから、真摯な紫水晶を向けて。)分かった、たまにがいつもになるよう頑張る。これからも頼ってもらえるように。(互い以外の何も持たずやっていくのだ。円環の外には希望ばかりではない現実も待ち受けているかもしれないけれど、それでも二人で生きてゆきたい。双ツ子の因習に苛まれ絶望した姫と、主君への献身に取りつかれていた騎士に、それを教えてくれたという意味では王命にも意味があった。)前向きで悪くはないかな…。それに案外あの小瓶も、忘れ薬だったかもしれないしね。(少しだけ似ていた父子の姿に思いを馳せたのは一瞬のこと。生憎、今度ばかりは誘導に乗らなかった。)嬉しくない。忘れたいなんて思わないよ。(魔物の襲撃を受けた際は少年にも非があり、加えて彼女の消沈もぶりも著しかったので心理的余裕を持てた。けれど此度は完全に独断である。きっぱりと答えてから。)後味が悪くても瑕になっても、大切なひとから与えられたものは失いたくない…――僕はそう思うけど、アルは違うの?(魔法陣を描くため下を向いていたので表情は見られずに済んだだろうが、寂然とした声音がどう響いたかまでは分からない。とはいえ召喚の儀式を行い、急かされる内に感傷は通り過ぎる。代わりに浮かび上がるのは胸が逸るほどの期待と不安。大きな魔力の動きを感知して、じきに人々が集まってくるだろう。もしも脱出に失敗したらその時は――背中に冷や汗がつたう心地を、振り返った蒼が照らし出す。)……、(6cmぶん、明日への距離を先に縮めたさやけき明星。請われる愛にひととき言葉を失ってから、淡く微笑んだ。)いや、いいよ。目を閉じて。(まっすぐに見つめた双眸から硝子板を抜き取って、いつかの悪戯をなぞるように願う。息が混じる距離までくちびるを寄せ、けれどそれきりにはならず、ゆっくりと互いの影が交わった。)明日も明後日も、その先も、僕が愛してるのはアルだけだ。だから……必ずふたりで幸せになろう。(窓から差し込む雪明かりの下、ごく近い距離で見つめあったまま甘やかに語りかける。結局のところ、一日どころではない未来を夢見る紫水晶のあやまちは増すばかりだ。やがて階段を上り切って展望室への扉を開いたなら、欄干の上には美しい翼と優美な尾羽を持つ神鳥が待ち構えているはず。召喚が成功するかは賭けだっただけに半ば気圧されつつ近づけば、鳥の王は鷹揚に首を巡らせた後、嘴で自らの羽根を一枚引き抜いて姫の方へと差し出すだろう。そうして背中を向けるあたり、契約という名の慈悲は賜れたようだ。早速彼女を前に抱きこむようにして乗り込んだなら、空の旅が始まるのはもう間もなく。)
* 2022/11/29 (Tue) 23:34 * No.123
それは困る。たまにがいつもになってしまったら、私はいつもケヴィンに惚れ直さないといけない。(真正直に答えた。真正直に答えはしたが、全くの本音でもない。彼が頑張ろうと頑張るまいと、どうせ惚れ直してしまうのだ。真に懸念すべきは、男ぶりを上げた紫水晶に悪い虫がつくこと。ただその一点のみである。この期に及んで欲心を秘さんとする蒼の悪あがきは、果たして成功するか否か。言及された可能性には「確かに」と笑って、数少ない父子の会話を思い返す。父は淡白なひとだった。その王たる風格に憧れたし、父譲りの険のある目元が誇らしかった。しかし、父は真円の奴隷だったように思う。誰の死も望まない代わりに、誰の生も願いはしない。まして愛なんて。あやまちしか生まない蒼を、彼は大切なひとだと言う。寂寞の響きに胸が詰まった。)違くない。ケヴィンがくれる瑕なら、一生残ったって構わない。(感情のままに否定して、はたと気付く。なんという独善。ようやく悪酔いから覚めたくちびるが、罪悪感でまごつく。)……………私が悪かった。許してほしい。(奇しくも過日をなぞるような結実であった。かくして淡い微笑みが双ツの真円に映される。ぼやける視界の中、紫水晶だけが鮮やかだ。そっと蒼を瞼の下へ閉じ込める。生憎と身体を強張らせるような可愛げはなかったけれど、ひとつの影がふたつに分かたれてようやく、頬に朱が差した。幸福のゆりかごにあやされた微笑みは、どこまでも無防備だ。)うん。ふたりで幸せになろう。絶対に。(甘やかな誓いのもと、優艶なる神鳥との拝顔は果たされる。美しい羽根が契る加護は少年少女を害するすべてを許さない。吹きすさぶ雪風さえも封じて、ふたりを守り抜いてくれることだろう。雄々しい嘴へと頬を寄せる。鳥の王が思いのほか心地よさげに鳴いてくれたものだから、「ケヴィンも!」と少年の手を嘴へと招いた。その結果がどうあれ、いよいよ空の旅が幕を開ける。天翔ける鳥の背から見える真円の世界はもう遠く、松明を手にした近衛兵たちの声すら届かない。不思議と心は凪いでいた。彼の腕が、声が、ぬくもりがここにある。ありあまるほどの幸福が、明星の心をきらめかせていた。おもむろに空を見上げる。明るいアルトが冬空に響いた。)星が!(天を指さす。しかしそこに星影はなく、白雪が舞い散るばかり。もったいぶるように間を置いて、からからと笑った。)流星群に驚くきみの真似だよ。どう?似ていた?(ともに同じ方向を見つめているから、彼の表情は窺い知れない。それでも淀みなく言葉を継げるのは、彼がくれる安らぎのおかげだ。)愛だの恋だの、くだらないと思ってた。そんなものがあるから、もしもが消えない。諦めきれない。世界をややこしくするだけのものだって、私は本気で思っていたんだよ。ケヴィン。(冒険譚が好きだった。勇敢な英雄の姿は、死など恐るるに足りないものだと教えてくれた。だからこそ、恋の物語には惹かれなかった。血の繋がりさえ愛を確約してくれないというのに、一体どうしてこんなものが蔓延るのか、ちっとも理解できなかった。――本といえば、本棚は姉妹で上下を分けていた。姉の上段はひっきりなしにその顔ぶれを変えるのに、妹の下段はいつまでも変わらない。なぜなら恋の物語は世にあふれ、冒険譚は限られた英雄しか記さないからだ。それがひどく疎ましかった。まるで愛も恋も、ありふれた幸福なのだと言われているようで。)でも、くだらなくなかった。くだらなくなんかなかったんだ。(真円の王国を彩る、幾千幾万の光芒を見下ろす。夢を見ていた。もしも誰かに恋したら。もしも誰かに恋してもらえたら。恋人に呼んでもらえる名前もないけれど、いつか、きっと。知れば知るほど救いのない現実が、羨望を嫉妬に、憧憬を侮蔑に変えた。しかし、今は。まらうらに紫水晶を描く。ああ、それだけで。)愛も恋も、ちゃんとあったんだ。それを教えてくれたのはきみだよ、ケヴィン。 私を愛してくれて、ありがとう。(誰の前でも滲まない涙が、呆気ないほど簡単に浮かんでくる。抱えきれない幸福の雫を拭い、浅く振り返った。)さあ、はじまりの地はどこにする?きみの判断に委ねるよ。ケヴィンと一緒なら、どこだって楽しくて、いつだって幸せなんだから。(少年少女には、互い以外の何もない。それでもふたりは生きてゆく。灼熱の砂漠も、広い青海原も、虹のかかる丘も越えて。星降る夜、繋いだ手を引き寄せて、その額へとくちづける。そんな奇跡を何度でも重ねてゆこう。これは玄冬に手向ける夢の終わり。青春を導く、夢路のはじまり。)
* 2022/12/1 (Thu) 18:00 * No.133
えっ、(よもや惚れ直すという単語が出てくるとは思っていなかったので、純粋に驚いて言葉を失くす。大方、基本かわいいままでいいとの戯れが返ると思っていたのだ。おまけに自らに悪い虫がつく可能性など欠片も考慮していない少年は、伏せられた本音にまで思い至らず難解そうに眉根を寄せる。彼女は困ると言い切った。でも、)それなら、たくさん困ってほしい……って思うのはいけないことだよね。(ほとんど独り言のようにぽそりと呟いて、身勝手な我欲を打ち消すようにかぶりを振る。今でも十分好かれている自覚はあるのだから、もっとを望むのは酷だろう。前提自体がなにもかも異なる彼女とのすれ違いを、正そうとするのだって同様だ。過日と同じ言い回しの謝罪を差し出され、躊躇いがちに顔を上げて。)……二度としないなら、それで。(許してほしいに係る返事を告げてから、意識的に柔らかな声色になるよう心がける。)アルなりに、僕のことを考えて用意してくれたのは分かってるから。厳しい言い方をしてごめん。(たとえば彼女の生命が尽きる瞬間を目の当たりにして、自分がその時本当に正気でいられるのかは分からない。だが、なかったことにしたくないのも本当だ。だからと頭の片隅で思う。彼女が死を望んだり、制止も聞かず飛び降りたりしていたら、きっとその時は紫水晶も共に砕け散る道を選んでいただろう、と。――とはいえ、昏い願望は幸福に満ちた蒼を前に霧散する。互いを遮る硝子板がなければ淡く染まった頬を認めるのも容易で、この微笑みを護るためなら、なんだってできるような気がした。羽毛ではなく鋭く硬そうな嘴を撫でる様子には不安げにしつつも、招かれるまま手を伸ばせば意外に大人しい。ただ彼女の時のように鳴き声を上げてくれなかったことにひっそりと肩を落として、見る間に遠退く地上を眺めよう。真っ暗だった王城の窓に次々と灯る明かり。雪に足を取られながらも慌てて駆けてくる騎士や兵士。真円の王国、無二の故郷。連なるように両親や家のことが思い起こされて、一瞬視界が滲む。夜天に朗々と響く、翳りの消えたアルトだけが救いだった。)……あの時は本当に驚いたから、似てるかなんて分からないよ。(とはいえ、なぜ急に物真似なのかという疑問は拭えないところ。憮然とした面持ちは声音にも現れてしまったかもしれないが、話し始めた彼女の口ぶりは至極穏やかだったので、黙って聞き入ることにする。鳥の王が羽ばたき、風を雲を切る音だけが響く上空には、ふたりを邪魔する者など誰もいない。自由と孤独は紙一重なのだとふと思った。)アルは……ふつうの女の子、だったんだね。(一通り紡がれた語りを聞き終えて、真っ先に少年の口から飛び出したのはそんな感想。貶しているわけでも、皮肉を言っているわけでもなく、ただ純然たる事実を今更認識したように。)はじめの頃は僕も、アメリア様は物語の姫君と一緒で、愛も恋も届かない遠い御方なのだと思ってた。もしもなんてあり得ない。それなら最初から諦めたほうがいい。でも――ほかならぬアル自身が、僕の狭い世界を壊してくれた。(彼女は双ツ首の怪物ではない。それと同時に、キュクロス王室の末姫という枠のみで、崇拝すべき存在でもなかったのだろう。たった数か月前までの思い込みを内心にて恥じながら、けれど浮かべる笑みは柔らかい。ありふれた幸福に応えてくれた、彼女には感謝しかなかったから。)きっかけを作ったのは確かに僕かもしれないけれど、大事なものはずっとアルの中にあったんだ。だから、お礼を言うべきはこっちの方。(振り返った明星に僅かに滲む水雫の跡。悲哀ではなく幸福の証たるかんむり宝石が、紫水晶だけのものであることに、心が震える。)生まれてきてくれて、僕を見てくれてありがとう。アルフェッカ。(万感の想いを籠めて、前に座すあたたかな体を抱きしめたなら、触れ合う場所からもこの愛しさが伝わってくれるだろうか。伝わってくれるといい。新天地について判断を問う声には、少しの間思案に暮れてから。)南の海沿いに、世界中から人と物が集まる交易の街があるらしいから、まずはそこを目指してみよう。資金や情報を集めながら、やりたいことや行きたい場所を考えてみても、遅くはないと思うよ。(目下の課題は山積みでもふたりならきっとやっていける。半分でも真円でもない、自分たちだけが望む形を目指して。生きてゆく限り絶えず巡る日々と季節とを繰り返し、やがて満天の星空の下でたったひとつの祝福と再会するその日まで――コッペリアが見た夢は、アメシストのやさしい夢路となって続いてゆく。)
* 2022/12/3 (Sat) 16:19 * No.140