(夜の向こう側へ。)
(日時及び場所を示す用紙を自室にて受け取ったのは昨夜のこと。白の欠片に踊る簡潔な情報を見て思わず笑いを零した騎士の姿を知る者は誰もいない。以降一瞥もくれぬままぐしゃりと指先で握り潰せば徐に開け放った窓の向こうへと放り投げ、そのまま指先を弾くことで赤い炎に舐めさせ、炭へと変えることで空気中へとばら撒こう。――静謐且つ厳か、悪く言うのであれば命を感じぬ尖塔。城下のように民の笑い声が響く事も、馬車が行く音も、鳥の声一つすら無い閉ざされた空間を騎士は歩く。外を覆う白は冬の訪れを示し、城内も城下も年の瀬の用意に明け暮れていることだろう。無機質であるが故か、外の空気よりも冷えているように感じる回廊の先の階段を上がる。――以前この場所を訪れてからもそう大きな変化は無いままに。何も知らぬ顔で涼やかに姫君の傍へと侍り、淡々と仕事をこなす日々。二人の姫君の内どちらの傍に在ろうとも、騎士の仮面は揺らがずにただその日を待っていた。)…失礼致します、シリルです。(あの日と同じく、月が天に浮かぶ頃合。白の扉を前に騎士は持ち上げた片手にて扉軽く叩き、低くも良く通る声を発する。騎士の正装、普段と同じように後ろへと流し一つに括った赤い髪、鋭い光伴う瞳、腰には握り慣れた剣を携えて。王の命を果たすべく、今。開かれた扉の向こう側にいる人物を認めれば、部屋へと踏み入る前に恭しく頭を下げるだろう。不思議な色を持つその瞳を持つ人物は二人、今宵密かに存在を消せと言われたのはその内の何方か。思考巡らせずとも明白ではあるが、騎士は許可を得られるまで動かずに。)
* 2022/11/20 (Sun) 10:46 * No.5
(姉は幼い頃、よく熱を出していた。手を握っているだけでは心細く、代わってあげられたらいいのにと願ったのが魔法のめざめ。だから『あなたの夢が守られますように。』とかけた魔法がさいごになるのだろう。おだやかな寝息をたてるひとの額に唇よせる。)あいしてる、レティーシャ。(寝台を抜け出し、身支度を整える。互いの服を選ぶ習慣はつづいていた。大きなリボンとフリルがあしらわれた薄紅色のドレスにふかふかとした手触りの真白いケープは姉が選んだもの。お揃いの金糸は寝入る前に姉が結わえた三つ編みのまま。あたたかな居室を出ようとすると当然のように愛犬が付いてくるから笑ってしまった。逞しくなったからだを抱きしめ、乳母や侍女が休む部屋へと頭を下げて、久しぶりに“外”へと出た。うつくしい夜だった。空気は冷たく、澄んでいた。かがやく星を数えながら少し遠回りを。温室を眺めてから、終着点へと足を向ける。城内を歩き回っていたけれど、塔まで足を延ばしたのは一度きり。幼心に異質で異様なものに見えたから。今も、うちに色づいたものを黒く塗り潰してしまうような息苦しさがある。来るものを拒むようでもあったけれど、壁に手にした魔法陣が浮かぶ。触れれば、闇に飲み込まれた。振り返っても石壁には印一つなく、目の前には螺旋階段が一つ。一歩進むたびに隔絶された場所だと教え込まれる。登り切った先に扉を見つけた時には、落ちるだけの穴が広がっていることを覚悟した。――部屋はなにもなかった。嵌め込まれた硝子から白い光が差し込む。不思議と寒さはない。けれど、それだけ。毛布も短剣もない。朝方手にした封書のなかみも時刻だけで他にはなにも。)一言、わたしに命じてくださるだけで。(窓際で茫然と天を見つめ、どれくらい経っただろう。通る声に振り返る。覚えてしまった声だった。振り返れば誰と間違えることもないひとがいた。その背後に誰もいないことを確かめてから騎士を見つめる。威風堂々たる佇まい。末の姫の付き人ではあるけれど、それ以前に、王国に、王に、仕えるひと。)ごきげんよう、シリル。(一度強く目を瞑り、鋭いまなざしに微笑みかけた。彼が騎士として立つのであれば“わたし”は必要がない。とはいえ姉が“外”でどうしているか口頭で知るのみで、騎士との話をねだっても「変わりない。」と素っ気なかった。)王のご用命はあなたが伝えてくださるの?
* 2022/11/20 (Sun) 14:57 * No.9
(見張りの一人すら視認できないのは今日までの騎士の態度を見てのことか、それとも何らかの魔術で状況を確認されているのか。何れにせよ、手元に剣がある以上は何の不安も無い。二人だけの空間、この手で命を摘み取るために用意された場所。落ち着いた声音で向けられる挨拶は静けさに似合いのものであった。光を受ける窓際の姫君はまるで繋がれた鳥のようだとの思いは封じたまま。何も聞いていない筈も無かろうに、改めて尋ねるその声へと答えよう。己が此処へ何をしに来たのかを。)今宵二つを一つに、歪を正せと。自分で言うのも何ですが的確な人選かと思います。(色を伴わない無感情な声音が真実だけを音へと変える。これだけでも十分に意味は伝わるだろう、そう言いたげな瞳を姫君へと送れば真っ直ぐに見詰めもう一度口を開く。)――ただ。私が受けたのは“末姫を片方処分しろ”との命のみ。其処に姉妹の指定はありませんでした。(忠実な騎士を演じたまま、相手の感情を揺らすべく彼女にとっては酷であろう選択肢を態と宣う。反応を探るように向ける冷えた視線が捉える姿が何であろうと、淡々とした低い声が途切れることは無い。窓も向こうで散り積もる、白い雪と同じように。)…もっと言うなら“処分しろ”と言われただけでその方法もまた指定されておりません。私が貴女へ提示できる選択肢は三つ程。一つ、私がこの剣で貴女を処分する。二つ、私がこの剣で貴女の片割れを処分する。三つ、私を雇い神隠しに遭う。どれをお望みですか、姫サマ。(指折り数える選択肢はたった三つで、王が真に意図したであろうものは先頭に。ゆるりと首を傾げれば姫君の望みがその小さな唇から紡がれるのを待つばかり。口を閉ざしてしまえばしんと静まり返る室内は、やはり外界から閉ざされたままであった。)
* 2022/11/20 (Sun) 18:29 * No.11
(部屋を目にした時点で、否、“火事の家”へと足を踏み入れた時点で期待はしていなかった。けれど、せめて、死神役は顔も声も名前も知らないひとがよかった。会いたかったひとだけれど、こんな場所で会いたくなかった。)てきかく?……わたしは、あなたでないひとがよかったわ。(口元に笑みを刷いたままささやく。立てる音一つすら飲み込もうとするような静謐な空間でなければ彼の耳に届かない細い声は独り言のように。)姉妹の指定がなくても、ここにいるのは一人だから答えは一つでしょう?(被っていたケープのフードを下ろし、首を晒すように首元の留め金を外した。判り易く“半分ずつ”であったけれど見た目では判別がつかないらしい。どちらが来るか判らないからこその騎士らしい無駄のない硬質な態度だろうか。騎士が指定を受けておらずとも、此処へやってくるのは決まっていたから王にとって不足はない。様々な物事を半分にした双子のどちらがレティーシャか父にも母にも告白したことはないけれど、密書が確実に妹へ届けられたように二人を別ける方法は幾らでもあったのだろう。)――ふふ、あなた、ほんとうにお人好しね。(冷え切っていく身体のままに知らんぷりしようとしたけれど、王らしからぬ三つ目の選択肢を変わらない表情で言ってのけるからつくり顔が崩れる。肩を震わせ、身をよじった。笑って、笑いが治まらなくて、ちがうものに変わってしまいそうな気配に両手で顔を覆い隠す。)…わたしのお話、少し、聞いてくれる?(俯いたまま、おずおずと。最期まで現れなかった父にも、父の発した処分という言葉にも、父の命により訪れたひとにも、すっかり踏みにじられたような心地になっていた。)
* 2022/11/20 (Sun) 21:07 * No.14
(選ばれた理由、遂行した暁に待つもの、大体は理解できている。姫君が何を望まれようとも全て今更、命は下され二人は今此処にいるのだから。赤では無く他を望んだ姫君の声に表情を動かすことはせずに。)私は私で良かったと思いますよ、他の人間には任せたく無い。(ふと、口元に薄い笑みが乗る。姫付きとなる前であればいざ知らず、確かに二人の姫君と共に時を過ごしてきてしまっているのだから。)…さあ、どうでしょう。この騎士の頭が存外悪く、命令の解釈を根本的に誤る可能性は否定できませんので。(指定が無いからこそ自由に解釈することが出来るのだと、騎士は涼やかに佇んだまま。踵を返して片割れの姫君の寝所へ足を向けることは不可能では無い、夜が明け太陽が全てを照らし出すまでに決着をつけることはそう難しいとも思えずに。晒される首は姫君が持つ答えに繋がるのか、口を閉ざしたまま――柄には触れず静かにその仕種を見守るのみ。たった三つの選択肢のどれをも選ばず、話は横へと逸れて行く。引き戻すことも、その笑いを諫めることもせずに騎士は飄々とした態度のままでこう返すだろう。)どうぞ、聞き手が私で良ければ。お気に召すままに。(表情が見えない姫君を前に、話の先を促すばかり。今此処に在るのは姫君付の騎士であり、目の前に在るのは姫君であり、同時に姫君の片割れでもある。月と舞い散る雪が王国を彩る中、ただその声にのみ耳を傾けよう。何を想い、何を口にしたいのかなど知らぬままで。)
* 2022/11/20 (Sun) 22:22 * No.15
それは…あなたの手で、わたしを殺したいということ?(聞き間違えようのない言葉を、それでも誤解だと言ってほしくて確かめた。そうして口にした言葉のかたちに傷ついた。命令に順じて訪れたのではなく望みと一致したというのであれば、死を願われるほどのことを彼にしてしまったということだろう。)あなたは見分けられないでしょうし、どちらでもいいのかもしれないけれど、それでも、……レティーシャを、お姉さまを、守ってくれると約束したのに?(笑みのかたちがひび割れる。目の前のひとが姉と妹をそれぞれ天秤にかけてしまえることなんて知りたくなかった。選ぶ答えは決まっている。決められている。それなのに聞いてほしいと願うなんて傷つくだけ。)あのね、レティーシャの婚約を知らされた次の日、お父さまから、お手紙が届いたの。わたしね、幽閉されると考えて、喜んだわ。命があるってことは体裁よりもわたしの命を大事にしてくれたのだと、教えてくれたでしょう?だから、頑張ろうって思ったの。いつか、みんなと会えた時に胸が張れるように。(見当違いだったことが解るから、つい嗤ってしまった。己が笑えていることに気付き、手を離して)今朝届いたお手紙は、時間だけが記されていた。それでもね、また、期待していたの。お父さま、会い来てくださるかしらって。さいごに訊きたいことがあったから。(歌うような口調で紡ぎ、夢見る乙女のかおで目を細めた。言葉はするすると引っかかりなく音になっていくけれど、頭の奥は靄がかかっていくような冷え切っていくようなふしぎ。)短剣が贈られてきたなら胸を貫いた、毒であれば呷った、それなのに、どうして選択肢を与えるようなふりをするの?あなたも、どうして?
* 2022/11/20 (Sun) 23:59 * No.18
他の者にその役目を任せるぐらいであればいっそ私が、と言う意味で。(何やら誤解がありそうではあるが、これ以上の訂正も補足もせずにおく。言葉の足りない騎士が姫君へと向ける視線には何色を孕むことも無いだろう。)――曲げられないものがあれば私は私の望み通りにするとも口にした筈ですが。(突き放すような物言いだったかもしれない、と他人事のように俯瞰する己がいた。確かに天秤は傾き落ちた。王の中でも、王が禁忌を犯したことを知る人の中でも。騎士の中でもまた同じく。命を感じない尖塔の中、その一番上にて姫君の話を聞いていた。姫君でなくなる姫君もまた前を向こうとしていたこと。手紙と言うにはあまりにも素っ気ないその内容は、騎士が受け取ったものと大差の無いこと。ふつりと湧いた怒りを瞼を下ろすことで落ち着けながら、もう一度ゆっくりと両目に姫君の姿を焼き付ける。国王に恐らく情など無い、であれば処分しろなどとは言わないだろう。最後に何を聞きたかったのかと問い掛けるよりも先に口をついて出るのは、)ふり?(嘲笑にも似た呆れた笑いであった。今宵正装纏った騎士は仮面を投げ棄て、彼女へと距離を詰めて行く。何に苛立っているのかすらわからないまま、鋭い瞳が彼女を見下ろした。)ふりなんかじゃねェよ。お前が死にたいなら殺してやる、姉と入れ替わりたいなら入れ替えてやる。外で生きたいなら連れ出してやる。そう言ってんだろ。(丁寧な物腰は消え去り、個人として彼女と対峙する。)最初は無理にでも攫ってくつもりだったが、お前自身に生きるつもりが無いなら意味ねェしな。(あっさりと当初の予定を口にしながら、一度窓の向こうへと遣った視線を彼女の方へと戻そう。月光を受ける金糸は、あの日よりも輝いて見えた。)…言った筈だ、俺にとってお前は無価値じゃない。(傾いた秤に乗るのは、目の前にいる彼女なのだと。其処に眠る理由はわかりやしない。同情なのか、愛情なのか、別の理由があるのか。ただ、何も無いのだと涙した彼女の傍に、いたいと思ったから。)全部あっちにやるなら騎士の一人ぐらい傍にあったって良いだろ。(彼女の願いを、約束を、反故にはするけれど。赤が傍にと願うのは、国でも王でも片割れの姉でも無く、今目の前にいる彼女であった。どうする。そう問うような瞳を持ったまま、首を傾げて赤を揺らし答えを促そう。)
* 2022/11/21 (Mon) 10:08 * No.22
(あ、痛い。とおい他人事のように感じたときはもう遅かった。支えを失った人形のように頽れる。王命を掲げる騎士は変わらずがらんどうな部屋の前に佇むばかりで、剣で切られた訳でもなければ突き飛ばされた訳でもなかった。何が起こったのか解らず、ぽかんとしたまま涼し気な瞳を見つめる。)そう、そうね、わたし、勝手にあなたのこと、……味方みたいに思ってた。(やわらかいところを明け渡すような気持ちだった。もういっそ、すべて、踏み躙ってほしくて。つよく根付いてしまったものを枯らしてしまいたかった。他の誰でもなく彼にしか適わない。そう想えば、感情の籠らない瞳をした彼の前でも平気になれた、気がした。)わたしのお話を聞いてもまだ選択肢はあって?(ドレスを波打つように広げたしたで足は硬い石畳から離れようとせず、隔たりを埋めたひとを迎えた。青白い光に染められるなかで、彼を飾る色ばかりが鮮烈なもの。未練を焼き切る炎のいろ。)そ、そんなこと、言ってない。お、お姉さま、がいな、く…なるのも、わたしが、いなくなるのも、おなじだって、そういう口振りだったわ。(乱暴に吐き捨てられると台詞の装いが変わった。空々しい響きにも血が通うような。じんわりと視界が滲んだのは見上げた先の険しい顔つきに怯んだのではなくて、息がしやすくなったから。)死にたいわけじゃないもの…生きることを投げ出さないとレティーシャに誓ったもの。けれど、少し、ううん、おなじだけ…お父さまが…わたしに望んでくださることがあるのならば…。お父さまに、みてほしかった。(認めてほしかった。褒めてほしかった。赦してほしかった。浅ましい気持ちがこれ以上零れ落ちないよう唇を噛み締める。)指輪一つ、金貨一枚持っていないから…三つ目は無理難題だと、ばかり。(真円の騎士がちっぽけな存在に見出した価値は量りようもない。けれど、物質的なものでないことくらいは“伝わらない”少女もわかったから気まずさから目を伏せた。心細さに姉の選んだ布地を指先で撫ぜる。『最初は』の言葉にもうそんなつもりはないのだと身勝手に傷ついた翠は降り積もる言葉に顔をあげた。冴え冴えとした色の瞳を見つめ返しても、今は指先までがあたたかい。)……今は、無理だけれど。いつか、必ず、報酬を支払うから、だから、傍にいてくれる?(いつか交わした戯れが真実となるように。与えられるばかりでなく返せるように。彼にも望んでもらえるようになりたかった。聞いてほしいと願いを傾けるのはどうにも胸がざわついた。緊張で顔が強張るのがわかる。瞳ばかりがひたむきに、彼を見上げた。)
* 2022/11/21 (Mon) 23:25 * No.29
(この身体は王のもの。国に仕え、王に仕え、その手足となることで生きている。命令に何故と理由を求めず、是非を問わず。何かを傷付け、奪い、時に奪われながら過ごした年月――それが今、変わろうとしている。力を失ったように、金糸を煌かせながら冷えた床へと落ちて行く姫君。距離を縮めればそのまま目線の高さを合わせ、震えるような声を静かに受け止める。肩眉を持ち上げ怪訝そうな表情を見せつつ、数秒思考を巡らせた後。)…騎士としてはどっちだろうが同じだ、片方が消えればそれで無事任務完了だからな。生憎公私混同はしない性質だが、騎士として振る舞うにも愛想が尽きた。(無論尽きた相手は彼女の父君。下手に誤魔化すことはせずに正直な所を口にするが、ばつの悪さから少しばかり歯切れは悪い。姫君の命も、彼女の命も、叶うのであれば奪いたくは無いが選ぶことが出来る道は一つのみ。彼女が最も望む道は、既に遠いものだけれど。)……。(ぽつりぽつりと零れて行く、彼女の望み。彼女の願い。脳裡過る、月光背負う国王の表情は――今彼女が描いている“お父さま”の像とは遠過ぎた。無理だ、と。否定をすることは簡単でも、重たくなった口を態々割る程では無いだろう。愛故に禁忌を犯したとして、長らくそれを秘していた上に勝手な都合で切り捨てる。考えたところで湧くのが怒りしか無いのなら、それを昇華するように細く息を吐いては片手を持ち上げ金糸の上へと着地させよう。慰めにもなりやしないだろうが、繰り返し撫でる手付きは出来得る限り優しくあるようにと試みた。)真面目かよ。仮にも姫サマなら上から理不尽に命令したって良いだろうが。(脱力とは正にこの事。まさか報酬について真剣に考えていたとは思わずに、呆れと拍子抜けとが入り混じる笑いが口元へと浮かんだ。口元へと手を遣りくつくつと喉を鳴らしながら肩を揺らす。落ち着くまでは早いが、厳かな尖塔には不似合いな声であったろう。緊張が目に見えるその顔と、ぶつかる視線。ゆっくりと、確かに、いつか、と。彼女が未来を紡ぐなら、男は薄い笑みを浮かべるだろう。満足気な、少しばかり喜びに彩られたような、温かな表情を。)いいぜ、契約成立だ。――…言っとくが順序を勘違いするなよ。俺が、お前の傍にいたい。それだけだ。(まるで報酬目当てで彼女の傍にいるようであったから、その点だけは手早く訂正しつつ小さな額を小突いて強張りを解そうと。そうすることが叶えば、そのまま手のひらを上にして差し出そう。剣を握るのが日常である男の手に、華奢な指先を預かる為に。)
* 2022/11/22 (Tue) 01:02 * No.32
騎士にだってこころはあるでしょう?感情を殺すと言っていたけれど、自らを簡単に切り分けてしまえるもの?それに、公も私もどちらもあなたでしょう?(きっぱりとした物言いをするひとには珍しい歯切れの悪さだった。見下ろすのではなくわざわざ屈むひとへ責めるではなく純粋な疑問が浮かぶ。間違い探しができるくらいには、騎士として境界を引くひとを見つめていたつもり。)……お父さまは、愛情深いおかたよ。(顔を上げずとも刺々しい気配が伝わってくる。けれど、触れる手にはやさしさがあって、こみあげるものをのみ込んだ。欲しがってばかりの幼さを恥じた。これ以上彼の前で子どもみたいに泣いてしまいたくなかった。父が、妻たちを、子どもたちを、見つめる眼差しを知っている。公平かつ厳格な騎士王。平和を貴ぶ為政者。その、たった一つの瑕疵が“わたし”というだけ。遣わされた騎士が彼でなければ、ともしびは潰えていた。)だって…レティーシャの命令を皆が受け入れてくれたのは、お父さまのご威光があってこそ、でしょう?それだって、見せかけだけのこと。……あなたが付き合ってくれたから嬉しくて、お仕事だからと教えられるたびに、だんだん、後ろめたくて。(屈託なく言い切られて、眉を下げながら言い訳をぽそぽそと付け足した。今となってはにがい思い出さえもいとおしい。はっきりとした笑声を響かせるほどとは思わなかった。凍てついた空気がほどけていく。提示された選択肢とはいえ、自らの意思で一つ選ぶには勇気を必要とした。うつくしい世の理を正す簡単な方法はいつも目の前にあったから見ないふりこそ難しい。けれど、この瞬間――飄々とした年上のひとの表情がいろを変える。あたたかで、あざやかなうつろいは空気の温度すらあげるよう。瞳も、頭も、胸も、微笑みでいっぱいになる。)それは、わたしに都合がよすぎるわ。(かたい表情はこころさえも戒めていたらしい。小突かれたところを擦っているうちに、じわじわと熱が押し寄せてくる。開かれた手のひらに指先を触れさせれば、もう抑えきれずに一方の手で目元を覆った。口元は笑みのかたちのまま、両の眼から涙が溢れる。)…シリル。(こころがいっぱいで、ざわめいて、もつれるように声まで震えてしまった。“ありがとう”も“ごめんなさい”も足りなくて、“喜び”も“哀しみ”も綯い交ぜになって、せめぎ合う真ん中に彼がいた。彼が手放したものを想う。彼が揺らした天秤のかたちを想う。この先どんな神秘を手に入れようと彼が差し出してくれたものには見合わないだろう。それでも、)
* 2022/11/23 (Wed) 01:02 * No.44
簡単じゃなくても切り分けた方が楽なんだよ、命令に一々“何故”なんて聞いてる暇は無い。俺たちは国の、王の手足だ。其処に意思は要らねェだろ。(頭は一つしか無いのだから。何れにせよ棄てる決意は既に胸の内にて固く、最早どうでも良さそうに肩を竦めて。男は騎士として、“王”以外の王を知らない。愛情深いと言うのであれば彼女の望みの一つでも叶えることは容易いだろうに、最後まで何も与えない彼に愛情はあるのだろうか。些か理解し難いと細めた瞳の奥には不満が燻るものの。)お前がそう思うなら否定はしない。(眉根を寄せながらも言葉通り否定はせず、国を率いる者の声を思い出す。――例えば、命令通りに彼女の命を摘み取ったとして。その後は己の番だろうと、今でもそう思っている。秘密裏に処理するのであれば今後情報が漏れ出る全ての可能性を潰していくのが筋であり、彼は粛々と進めるだろうから。)ま、そりゃそうだ。姫様なんて肩書が無いとただのお子様だからな。……仕事なんだから付き合えって思うぐらい強気で良かったんじゃねェの。今更だが。(思ったよりも真面目な性根に苦笑を零し、けれど声音は笑いを帯びていただろう。仕事であったのも、割り切っていたのも事実だが口にする度に後ろめたさを感じていたとは思わなかった。少しだけ芽生えた罪悪感には気付かない振りをする代わりに、彼女が未来へと歩む為の手助けを。片隅にて冬の雪と共に散るのでは無く、明るい方へ、彼女自身として立てるように。)今まで窮屈だった分ぐらいは都合良くてもいいだろ。(重ねられた指先を包み込めば、震えるような呼び声に切れ長の瞳が持ち上げられる。零れた透明が月光を受けて煌めきながら落ち行く様が美しく瞳に反射する。かの報せの後、彼女がもしも心の内を晒してくれていなければ今宵迷わず鋭く輝く切っ先と双眸を彼女へと向けていただろうと思うと不思議な心地であった。)……何だ。(静かに落ちる低音は思ったよりも穏やかに、温度を持って。感謝も謝罪も、何も求めないままにその先を促す。ただ名前を呼ばれただけだとしても構わない。彼女の言葉が届く場所に確かにいるのだと証明するべく口にした。手元に在る何もかもを、家も祖国すらも投げ棄てる道だと言うのに寧ろ心は晴れ晴れとして。)
* 2022/11/23 (Wed) 20:16 * No.52
(納得ができるような、できかねるような。“騎士”の在り方を知る由もない少女は、疑問をかおに貼り付けたまま頷いた。わかったことは一つ。騎士の身分は彼に未練を残させるものではないということ。それでも決して軽いものではない。)博愛ではないというだけで…あなたが仕えるに値する王で…あの、抜け出せたら、またお父さまのお話をきいてもらってもいいかしら。(いまだ父へ傾ける想いではなく、ながく王に仕えていたひとへ伝えたい想いであったから不遜な言葉選びをしてしまった。禁忌を秘密のまま騎士を与え、おなじ時間を過ごさせてくれた理由は憎悪でないと思う。無事に尖塔から、王城から、抜け出すことが叶えば彼の言葉は間違っていなかったと胸を張るに十分な根拠となる。推測が外れたとしても、追手が人でさえあれば彼一人を逃がすことは叶うだろう。否、叶えなければならないとケープの影でそっと両手を握り込んだ。)いつもは、そうしてたの。けれど、あなたはお姉さまの騎士で、双子だとも知らなかったでしょう?(口調は軽いもの。言えないことが積み重なって重さを感じていたから、今更なこととはいえ軽くなっていく。とはいえ、身勝手な重苦しさだった。“外”へ出ても騎士を呼ぶ必要がないことだって多くあったのだから。)窮屈なんて…ずっと、欲しがってばかりで、我儘ばかりよ。(片割れに慈しまれ、乳母や侍女には分け隔てなく大事にされていると知りながら、どれだけ恵まれていたのか、どれだけしあわせだったのか分からずにいた。今も、自分には過分なひとだと解っていながら、この先でも手離さないでほしい、なんて。)……わたしを選んでくれて、ありがとう。(大切な名前を呼べるだけでよかった。けれど、すぐに応えが与えられれば、こころはよろこびで跳ねる。おだやかで、あたたかで、思い出のどれとも異なるいろに導かれて顔をあげた。彼の表情を目にしたくて零れるものを指で払い除け、こころのままに笑みを浮かべる。謝罪の理由は止めどなく明滅するけれど、さびしい響きよりも、やさしい響きを選びたかった。彼が引き換えたものが、笑みを曇らせるようなものにはしたくなかった。この瞬間だけのことであったとしても。せめて、今ばかりは。)…――わたしにも、あなたを大事にさせてね。それからね、一緒にいてくれるひとは、…ずっと、あなたがよかった。(嗚咽を堪えて呼吸を整え、ようやく告げる。誓いを守るために誰の手であっても縋ったかもしれないけれど、誰でもいいから傍にいてほしいのではなかった。ていねいに少女の指を包む無防備な手に一方の手を添えて、眦をあかく染めたままはにかむように微笑んだ。)
* 2022/11/23 (Wed) 23:26 * No.55
…あぁ、好きなだけ話せ。いつでも聞いてやる。(少しずつ間を空けながらも響いては消える声に、静かな肯定を。抱いた憧憬が消える訳では無い、培ってきたものが消える訳でも無い。あの日胸に宿した輝きは、未だ此処に。冬の月光の下、闇に乗じて姿を消すことになろうとも。)怪しいと思うこともあったが口にしたことはねェな、王族が禁忌を犯したなんて考えること自体が不敬だろ。…しかし、お姉さまの騎士、ねェ。(まるで借り物のようだとその謙虚な姿勢に呆れたような声が漏れ出る。自らが不幸の象徴だなどと軽く告げられる筈もあるまいが、そうして今日まで生きてきたと言うのなら男はその環境を確かに窮屈だと言い切れるだろう。)――それはそれは、今後振り回されると思えば先が思い遣られるな。(揶揄いの温度を帯びた低い音が、薄い笑みの乗った唇から紡がれる。我儘だとは思っていないが、“先”の話をすることで示そう。彼女が望む限りは、隣に赤が在るのだと。今までに向けられたどのお礼の言葉よりも温かな響きを帯びたそれが緩やかに心を撫でて行くその刹那に、この選択は間違いでは無いと確信する。例えそれが、叛逆と言われる道であるとしても。女性の涙には変わらず不慣れであるけれど、今彼女の瞳が揺れているのは単に悲しみが故ではない気がして――とは、勝手な都合の良い解釈やもしれないが。何かを、言葉を、発そうとした口を閉ざす。涙に濡れ赤くなった目元を隠すこと無く微笑む彼女を映し出した折に駆られた衝動は何だったろうか。小さく揺らめいていた炎が一際大きく燃え上がるような感覚へ抗わず、繋がる手へとそっと力を籠めて引き寄せよう。壊れ物を扱うかのような丁寧さは、男には不似合いであったろうけれど。華奢な身体を閉じ込めることが叶うなら、少しの間だけ体温を分かち合って。数秒、数十秒。時の流れはわからずとも、そっと身体を離すだろう。ふと落とした視線の先、片手が左の胸元に輝くブローチを器用に取り外す。己がキュクロスに仕え、王へ尽くしていた証。騎士であることを示す光。嘗て憧れ、この輝きに誇りを抱き、何よりも大切にしていたもの。手の内のそれを見遣る瞳に宿る色は何であったか、己にはわからぬままだけれど。――するりと、指の間から滑らせれば自然の摂理へ引かれるように落ちていく。アインスグレイの名と共に。)…行くぞ。(短くも良く通る声が別れの合図とする中。床へと落ちる乾いた音を振り返らず、二人分の足音と共に尖塔を後にしよう。命を感じぬ無機質な壁、その向こう側へ。頭上を覆い尽くす暗く深い空を見上げた先には少しばかり欠けた白の月。吐き出す息は白く、足元は積もる結晶で軋んでいる。研ぎ澄ませる感覚が見張りの目を掴む事は無く、いっそ不気味なまでの静けさの中厩舎への道を辿ろう。)
* 2022/11/24 (Thu) 12:17 * No.63
(「ありがとう。」と小さく微笑んだ。末の姫に引き合わされた所為で立身栄達が断たれたのだと考えれば意味合いは変わるだろうけれど、“父”への不満は多少雪げるだろう。それに、聞いてほしかった。父から与えられた問いの答えを他の誰にでもなく彼に。答えを持つのは姉だったから、問われた時には答えられなかった。片割れがいなくなったとしても、姉の傍に騎士は残るだろうと想像していた。騎士だけでなく、すべてが姉のものだと少女は信じていた。告げればますます呆れられそうだったから、曖昧に微笑んで口を噤む。)…ちゃんと、言いつけは守るわ。(だから捨てないでほしいと同情心に縋るような言葉をかろうじてのみ込んだものの声色に哀切は帯びた。自分のことがほとほと――疎ましい。望んでいる訳ではないのにすぐに“終わり”を見つけてしまう。何故、彼は衒いなく“未来”を見通せるのだろうか。静かな色の双眸を借り受けたとしてもおなじものは映らないだろう。彼がうちがわに抱えるものを覗くすべを他に持たなくて、うすい唇が動くのをじっと見つめていた。気を取られていなくとも、炎を宿すひとに対して鎧を手離してしまっていたから、少女の身体は容易く納まっただろう。息を詰めたのは事態が把握できなかった一瞬。すき間を埋めるように自ら身体を預けた。まるで大事なものを抱えるかのような、とは自惚れに過ぎずとも。血潮が彼に向って流れるかのように心臓が激しい音をたてるなかで触れ合うところを意識する。息遣いを、香りを、体温を、触れ方を、一つ、一つを。動揺とは無縁にみえる大人の心臓がきちんと動いていることに安堵して微笑んだ。自由な方の手を彼の背にまわすことは叶うだろうか。――身体を離したあとこそ浮かべる表情に困ってしまった。落ち着かないのに名残惜しいような慌ただしいこころの波を誤魔化すため、フードを被りなおして熱をもったかおを隠す。少女に触れる不器用さとは裏腹に勲章を扱う手つきは器用なもの。無造作に捨てられたものの行く先を見届ける。石畳にぶつかって響いた鈍い音も、細く差し込む月光を弾く光も、刻んでおきたかった。)…はい!(振り返らない潔いひとの声に応じて、一人で上った階段を二人で下りていく。閉ざされていた壁が開け放たれていた。外には雪化粧を刷いた木々や青白い光を反射する積雪が広がっている。石造りの尖塔から一歩足を踏み出すと途端に頬を冷えた風が撫でていく。舞い落ちる雪花が熱も音も奪っていくけれど、おそろしいと感じるものではない。見回りと遭遇することなく厩舎へと辿り着けば、ようやく生命の息遣いを感じることができた。冷たさに赤くした鼻先へ馬のにおいが届く。)
* 2022/11/24 (Thu) 16:53 * No.66
(小さな微笑みの奥にあるものが何であるのか、男には予想もつかないままでいる。同じ立ち位置を兄と分け合った事も、同じ名を持つ事も無く生きてきた身としては根本的な考え方が違うだろう。律儀なのか、それとも何かが恐ろしいのか。願うような声音に肩眉を持ち上げながら、その言葉の裏を読もうと冷えた瞳を細めた。含むような声がやたらと耳について離れない。)何にビビってんのか知らねェが、そりゃ良い子で何より。(手のひらを返すような言葉の割に大して気にも留めていないような、軽い笑いを含んでいた。親に叱られるのを恐れる子供、または飼い主に捨てられるのを恐れる子犬。そんな姿を彷彿とさせていた。庇護欲にも似た感情の答えを見付けられないまま、腕の中に在る温もりを確かめる。月光に輝く金糸、細く小さな身体、背に触れる手の感覚、それらを大切に想えば、離す間際にもう少しだけ力を籠めた。――我ながららしくないことをした自覚はあったが幸か不幸か表情には欠片も出ないまま。考えるところはあったものの、彼女を解放した後は頭を切り替え涼やかな表情で今の己に別れを告げよう。転がり落ちた先でどうなったのかを確認することも、白へと刻んだ二人分の足跡を振り返る事も無く、無人となった厩舎へと。まずは己の愛馬から、管理者のいない中で着々と用意を進める中でふと手を止めれば少し離れた彼女を感情の薄い瞳が見遣るだろう。)“レティーシャ”じゃないなら本当の名前があるのか?(純粋な疑問を口にする声は揺らがずに。手を止めた事に疑問を覚えたのか、単なる習性か。振り返ろうとする愛馬の頭を撫でた後、再度指先を動かそう。かちゃかちゃと響かせる音は迷い無く、手慣れた様子にて。名があるのであれば知りたいと思うのは当然のことだろう、無いと言うのであれば考えなければなるまい。災いを齎すと噂された姫君と同じ名を名乗ることなど、異国にいたところで出来やしないのだから。)…無いとしても、その名前は名乗るな。年齢と見た目でわかる奴にはわかるしそうなると面倒だ。(厄介事は可能な限り遠ざけたい、そんな口振りだったろう。彼女の為、そしてキュクロスの為でもある。そうしてもう一つ、)どの馬にする。(城下まで駆けた姫君の愛馬の姿は確かにあるが、彼女へと選択を委ねよう。ロロを、と言うのであれば迷わず用意をする心積もりで、返答を待ちながら厩舎の外へと視線を向ける。良く冷えた静かな夜、他に人の気配は感じられなかった。)
* 2022/11/25 (Fri) 01:04 * No.70
(白い世界で赤を追いかけている間は無心でいられたけれど、ひとたび立ち止まれば恐怖がひたひたと押し寄せる。黒い影が飛び出してくるのではないかと深まる雪景色から目を離せずに、暫くの間軒下から動くことができなかった。魔物に襲われようと、かのひととの別れが決まろうと、尖塔に閉じ込めらようと恐怖だけは遠いところにあった。それなのに。『何にビビってんのか知らねェが、』と彼は軽やかであったけれど、少女自身“何に”は自覚できようと“どうしてか”が把握できないまま。冷え切り強張ったかおで振り返ると真っ直ぐな瞳にぶつかった。投げられた問いにはたりと瞬く。思い返せば、名乗る名前がないと告げたことはなかった。)……生まれなかった子どもにわざわざ名前をつけたりしないでしょう?(傍にいたいと望んでくれたひとへ、己の価値のなさを改めて説くことになろうとは。つくり笑うことすら難しく、馬房で休む馬たちの様子を見比べるふりで身体の向きを変えた。夜更けに人が訪れたからか、主の妹がやってきたからか、姉の愛馬が落ち着かない様子をみせることも見ないふり。)レティーシャの名はとっくに返したわ。お姉さまは“外”でいつも通り振舞って、わたしの居場所を残してくれていたようだけれど。(遠く離れようと“レティーシャ”は祝福とおなじである。唱え、宿せば“喜び”を齎し、少女へ淡くも微笑みがかえるように。けれど、再び騙ろうとは思わない。)……あなたは、まだ、……不幸ではない?(不幸はつづくと世間知らずの姫へ教えたひとに怖いことを訊いた。少女はまだ、災いをまねいてはいないだろうか。)今更と、あなたは嗤うかもしれないけれど……怖い。あなたのこと、守れなかったらどうしよう。ずっと、数えるのは一つだったから、平気だったのに…あなたがいる…。(賭けるのは一つきりで、遠い星に願いをかけるようなささやかなものだった。負けたところで、諦めるのは容易かった。それが今は、二人分の命がかかっている。)………それに、わたしの命まで重たくなってしまったわ。(分け与えられた命は、失われれば還るものだった。真円なひとが欠けたふりをしなくとも良くなると、在るべきかたちを取り戻すのだと、やさしい物語を想っていた。けれど、此度は。この命が失われたところで、彼が手放したものは返らない。後に引き返す道を失ってから、気付いた。それに、決して釣り合わない天秤へ少しでもよきものを乗せていきたいと願いを、祈りを、抱いている。)だから、置いて行って、というお話ではないのだけれど…。(フードにすっぽりと覆われた頭をしょんぼりと俯けた。次々に与えられる選択肢が怖ろしくて、けれど、尊重されていることは伝わってくるから。)
* 2022/11/26 (Sat) 00:56 * No.77
(有無を問う声への返答は遠回しでありながら、はっきりとした色を持っていた。予想はついてはいたことだと白い息を吐き出しながら、その表情を窺うことができなくなれば感情の薄い瞳は並ぶ生物たちへと向くだろう。名を返し、借りていた場所を返し、“レティーシャ”の全てから消える彼女の声を聞きながら、静かに落ち着いた一頭の馬へと手を伸ばす。指先へと擦り寄ることは無く、動揺に退くでも無く、ただあるその姿を見ながら静かに口を開いた。)不幸だと思うのか?“自分の所為で”俺が国を出ることになって“自分の所為で”追われるかもしれないから?っは、笑わせんな。これは“俺が”“俺の為に”選んだ結果だ。どうあろうとお前には関係ねェよ。(誤魔化しでは無い、心底そう思っている。寧ろ彼女を外へと誘うことが彼女にとって不幸の始まりかもしれない、此処で終わらせた方が悩まず楽なのかもしれない。多々ある可能性一つ一つとは向き合わず、男はただ己がそうしたいと思う道へと進んで行く。暗い冬の夜を越え、朝を迎える為に。いつか春を、夏を、秋を巡り、また冬の景色が見られるように。彼女の心に巣食う恐怖の程は理解できず、この身に精々できるのは声を掛けることぐらい。明かされる心の内へと静かに耳を傾ける間、自然と手は止まり考えるように腕を組む。視線が合わずとも、身体は彼女の方へと向いていた。)不安に思うってことはお前の中で俺はその程度ってことだな。ちょっとやそっとじゃ死なねェよ、お前が思ってるほど俺はヤワじゃない。(肩を竦めながら口にする声は場所と状況に似合わず軽薄な響きのまま闇夜へ消える。失うことへの恐怖、それから。)…俺から言わせれば重たくなったんじゃなくて普通になっただけだ。今までが軽かっただけだろ。(小首を傾げる。二つで一つであったのだから、半分で当たり前。今は個々へと分かたれて、一人分の重さになった。初めて彼女個人として歩き出そうとしている、その難しさは今まで自由に生きてきた男にはわからない。俯き見えない表情を横目に、先程目を付けた馬の準備へと手を動かし始める。蹄が立てる音を聞き、良く引き締まった体へと触れながら少しばかり視界に揺れる赤を払うべく頭を振った。)俺には家族もそれなりに親交のある人間もいるにはいるが。例えばそいつらと今同じ状況になったとして、全部捨てて他国へ逃げるなんざ考えることも無いだろうな。(逃げられるよう手配ぐらいはつけるかもしれないが全てを棄てようとまでは思わないだろう、細めた瞳は指先にて引っ掛けた金具を眺めていた。引っ張り外れないのを確認すれば、次の作業へ。)怖いとまでは行かねェが、失いたくないとは思う。これも根本では同じだろ。(まるで何でもないかのように淡白な声を。彼女に生きて欲しいと願うのは、己の為。赤く燃えるただのエゴを明かしながら小さく細く息を吐く。)お前が大事にしたいと思うものを大事にして、やりたいことをやって、向き合いたいものと向き合えば良い。そうしてる間に大事なものなんざ山とできるぜ、多分。一々ビビってる暇がねェぐらいにな。(――己は決してそうでは無いけれど、一般的にはそうだろう。そんなことを思いながら、フードへと覆われた小さな頭へと視線を向けた。)
* 2022/11/27 (Sun) 14:49 * No.95
(ひたむきなまなこに折れて、再度別れを告げるため姉の愛馬に近づいた。会えないと想っていたぬくもりに触れる。二度目の別れは寂しいけれど、冷たいものではなくなった。)分からなくて……あなたの言葉で、不幸ではないと言ってほしかったの。(かおが見えずとも彼の声色は雄弁で真っ直ぐにこころを揺らす。一つ一つを確かめたがったのは弱さであり、甘えでもあった。響いていた金属音が止んだのが不思議で振り返れば、彼の身体がこちらを向いていたから、ぎこちなく動きを止め、)……その言い方はずるいわ。ずっと平気なかおでいないといけなくなってしまう。(彼へ寄せる信頼がどの程度であろうと彼の資質を損なうものでないにしろ、『その程度』を超えるべく否定の意味で首を振った。かたく結んでいた唇がやわらかくほどける。個を認められようと、欠けた半分は手に入らない。けれど、歪ないのちを諦める理由にはできなくなった。着々と整えられる出立の準備を邪魔をしないよう窺いながら、片隅に置かれた踏み台を引き摺ってくる。少女の腰当たりの高さの木台がざりざりと地面に跡をつける耳障りな音は家族のくだりで一度、全部捨ててのくだりで二度、止んだ。幾たびも彼が選んだ道だと繰り返してくれようと、素知らぬふりすらできそうにない。)あなたはどんなことを怖いと感じるの?(怖いことなんて一つもなさそうだった。真っ直ぐに支えるこころの芯は何で創られているのだろうか。自信や勇気は経験から湧くのだろうかと赤くなった手のひらを見下ろした。先のことを考えると途方に暮れてしまいそうだけれど、今のおのれが大事にしたいもの、やりたいこと、向き合いたいものは考えるまでもない。確かに彼の口から発せられた言葉であったのに、空々しいような響きにまばたきを繰り返した。離れている間にずっと繰り返していたから記憶が擦り切れてしまったのかもしれないけれど、あの日の方が彼が近かったような。叩くようにして埃っぽくなった手を払って、騎士装束に手を伸ばした。)あの、…えっと…。(袖口を引っ張って、かおを覗き込んだ。ささやかな違和感はかたちにならない。瞳を揺らしながらも逸らさずに、)…手を繋いでほしいと言ったら、繋いでくれる?(向き合いたいひとと向き合えているのだろうか。彼の言葉を十分に理解しているとは言い難く、想像が及ばないことは多いけれど、知りたいと、聞かせてほしいと、ずっとおもっている。“誰か”にではなく“あなた”がいい。)あなたがレティーシャと呼んでくれたとき、とても嬉しかった。けれど、名前のかたちはべつになんでもいいの。あなたが呼んでくれれば、「おい」でも「おまえ」でも振り向けるわ。……それでも、あなたに名前をつけてほしい。(姉へ差し出せなかった喜びを懐かしむように紐解いた。あの日には背を向けていたけれど、目の前にいるひとにゆるんだかおのまま微笑んで――込み上げる気配に彼から手を離した。)もう姫の立場ではないし、犬の名でも馬の名でも誰かの名でも。えっと、あなたが一番呼ぶことになるのだから、呼びやすいものを…。すぐ、でなくていいのだけれど…。…困らせたかしら。(冗談みたいに軽くするために付け足したけれど、結局、重たくなって双眸は爪先へと落ちた。)
* 2022/11/27 (Sun) 23:17 * No.100
(幸も不幸も、受け手の取り方次第だろう。今この瞬間、飛んできた矢に射られて命を落としたところでそれは彼女の責では無いのだから。関わった事を、起こり選んだ選択を、振り返ることはあれど後悔することは無いだろうと燃えるような赤持つ男は冷える空気の中で思う。己は不幸では無い、けれど、彼女を幸せにするとも決して口にはしない。木が地との摩擦で奏でる音がやたらと耳につくが、――ふと、問われた言葉に肩眉が動く。怖いもの。ぴたりと手が止まったことに引っ掛かりを覚えたのか、目の前の言葉持たぬ生物が一対の瞳を赤へと向けていることを察知しながらも、尖塔とは違った意味で愛想の無い天を見上げる。)…さあ、何だろうな。騎士じゃなくなるのも、国を出るのも、死すらも怖いとは思わない。強いて言うなら、(口にし掛けて、一度噤む。言い淀む己に困惑と少しの苛立ちを覚えながら、)ある意味俺もお前と同じだ。失うことが恐ろしい。命を落とすんじゃなく、心が離れることの方がな。(他人事のように紡ぎ上げる低音には少しの迷い。今でも傍にあるとは言い難いだろうが、それ以上に。)お前は俺のものじゃない、逆もまた然りだ。お前が一人で立てるようになるまでの間は俺がサポートしてやる。此処から出た先で色んなものを見て、したいと思ったことをして、いつか誰かの隣に立ちたいと思うならそうすれば良い。……だから、これ以上は踏み込むな。(願うような小さな声は静かにそっと線を引く。彼女が呼ぶ己の名が、特別な色を帯びて聞こえるようになったのはいつからだったか。生きて欲しい、強くそう思う。ただ、傍に縛り付けるような真似はしたくは無かった。否、いつか離れてしまうのであれば最初から線を引きたかった。自覚をして執着心が芽生える前に、彼女を眩しい世界へと送り出したかった。初めて知る感覚が知らず表情を難しくさせる――大丈夫だ、まだ間に合う。引き返せる。つんと張った袖口から少し焦点を持ち上げれば、真っ直ぐに向けられる不思議な色の輝きが其処に。)……。(先の言葉も相俟って、はっきりとした返答を口にできないまま――そっと華奢な手を取る。突き放すなら徹底すべきだろうに、と思うあたり些か手遅れなのかもしれない。俯瞰しながら、自らの行動に嫌気が差した。何を願われるかと思えば、名前だなどと。割り切ろうとする中、そうはできないと脳は確かに警鐘を鳴らしていた。)やめとけ、そんなことしたら後悔するぜ。名前は自分で決めろ。(やんわりと赤を横へと揺らして拒絶を紡ぐのは簡単だった。華奢な手が離れて行けば、代わりにフードの上へと片手を落そう。柔らかな髪に直接触れることは無く、それも短な時間ですぐに離してしまうけれど。――失って困るものなど何も無かった。不幸だと俯き嘆くような事も。彼女を守り切る自信も、逃げ切る自信も確かにある。だが、これから先ずっと引き留められる保証など有りやしない、与えた名が枷になる可能性も、また。こんな時にも最悪を計算する己の思考回路にはほとほと呆れたものだが、帰結する先は“彼女が生きていればそれで良い”であった。)
* 2022/11/28 (Mon) 01:02 * No.101
(恐怖の名を訊いておきながら、彼には怖いものなどないと思っていた。囚われることなく自由に生きているひとは周囲に影響を与えることはあっても、その逆はないのだと。躊躇うような、言葉を選ぶような、迷いの滲む声色に、おのれの失敗を悟り唇を噛んだ。誰にだって話したくないことの一つや二つあるだろう。経験豊富な年上のひとであればなおさら。影を落とすような事件があったのだろうと彼の持つ過去に思いを馳せたのは束の間のこと。離別の思い出ではなく、まだ見ぬ未来が綴られる。違和感の正体にやっと気付いた。)わたしを殺す役は他に譲りたくないと言っていたけれど、生かす役は他に譲りたいということ?…ひとりで生きられないままであれば、ずっと一緒にいてくれるの?………わたしはあなたをずっと、傷つけていた?(命じる強さではなく、願う弱さであったから、少女の唇を縫い留める。望み過ぎてしまったから、追いつめてしまったのだろうか。今も、手を繋いでと乞えば、叶えてくれる。けれど、彼にとっては動作の一つに過ぎないのだろうか。定める線の規則がわからない。頭上にやわらかな重みが与えられる理由も。)後悔、しないもの。したとしても未来のわたしだもの。今のわたしには関係ないわ。………わたしが考えたのは…名前を付ければ愛着が湧くでしょう…?…だから、あなたがわたしを棄てるときに、あなたが一瞬でも、手を止めるものがほしかったの。(駄々をこねるような幼さで、卑しい打算を吐露した。面倒だからと切り捨てられれば諦められた。けれど、そうではなくあくまでこちらへ逃げ道を残そうとするのであれば。彼に触れたがった手を胸元に引き寄せて、)…わたしが、線を、予防線を張るのは、傷つくことが怖いから。言葉にするとね…希望が膨らんでしまうの。叶うはずないって理解しているのに…どこかで期待してしまっているみたい。あなたが線を引くのはどうして…?…あのね、あなたがわたしに望んでくれるのであれば…うれしい。あなたにも望んでほしい。与えられるばかりでなくて……。今のわたしはあなたを大事にしたくて、あなたと向き合いたい。(どうしたら彼から憂いを拭うことができるのか。こころを伝える術が言葉だけなのがどうにももどかしかった。)あなたはたくさんのこと、与えてくれようとするけれど、自由がほしいわけでも、真円で生まれたふりをしたいわけではないの。時間がほしかっただけ。…レティーシャの片割れに足りうる自分になりたかったの。それからね、あなたに、出会ったのがわたしたちでよかったと思ってもらえるような自分になりたかったの。(大事なひとたちを大事にできるようになりたかった。豊かな人間になりたいと願うからには様々な人々と関わる必要はあるのだろうけれど、目的であり、目標ではない。先のことは不明瞭なものであっても、“神さま”の名はころころと変わるものではないだろう。)
* 2022/11/29 (Tue) 00:01 * No.111
殺す役も生かす役も譲りたくはねェが、選ぶのはお前だって話だよ。…傷付けたと言うよりかは弱くした、が正しいな。心ってのが思っていた以上に難しいとは初めて知った。(今なら少し、かの王の心も理解できるやもしれなかった。仕事では無く、金銭を得る為でも無く、ただ己が望みを――其処に誰かを含めて、言葉を交わす事の難しさに静かに細く白い息を吐く。此処から先、真白の雪へと足跡を一つ一つ刻むように駆けて行くようであろう彼女の未来に、元騎士は必要なのだろうか。雪降る景色に似合いの色合いをした双眸の奥へと小さな困惑を揺らしながら、強かな打算に表情は動かずにいる。確かに引いた筈の線を境に、ただ背を向けて貰えるならば胸にちりつく炎もそのまま消えてしまっただろうに。名を与えずとも棄てることなどしないと音にし掛けた口元はそっと噤まれる。彼女の為にと突き放そうとした事実を振り返れば知らず片手に力が籠り、革の手袋が小さく軋んだ。)…俺が根本的に間違ってたってことか。(呆れの色は自身へと向いている。指先から力を抜けば、時を同じくして全身が弛緩した。胸にすとんと落ちた結論はあまりにも単純で、簡単で。今見えずとも天にて綺麗に輝く白い光のように、冴え冴えとした心地。)お前が何も無いと泣いたあの日、此処を出れば世の中には何だってあるって教えてやりたいと思った。居場所も、他人との関係も、仕事も、全部。……急ぎ過ぎたな、悪い。(彼女の望みを聞くのでは無く、己の心の向くがままに押し付けていたことを詫びよう。つい先程まで握り締めていた指先は既に開かれて、再度彼女のフードへと触れようと。己の感情は二の次に、ただ彼女が“レティーシャ”ではない一人として生きていてくれればそれで良かった。彼女が選ぶのがいつか己と違う誰かであったとしても。フードの内側へと滑り込ませた指先が頬を撫で、顎をとらえようとするだろう。視線が交わるようそっと持ち上げその瞳を覗き込めば、胸に秘めたままの感情が音を立てた気がした。)さっきのは俺が傷付かない為の予防線であり、お前の為の逃げ道でもある。越えて来るなら覚悟しろよ、“何か”じゃなく“誰か”に執着するのは初めてだからな。(細い顎をとらえたまま、低い声音が最終警告を放つ。抱いた憧れを叶えたあの時とは違う。他人へ抱く感情は才能や技術の研鑽ではどうにもならないだろう――それでも、望んで欲しいと言うのなら。)
* 2022/11/29 (Tue) 16:54 * No.118
…他人事みたいだったわ。それに、あなたは最初から選択肢に入ってないみたいだった。………それは、あなたにとって悪いこと?心はわたしも、よく分からないけれど…。(解ることは多くない。彼が無意識か、或いは意図的にか、零したものを拾い上げることしかできない。目に見えないものの測り方も表し方も解らず、せめてとこころをひらいてみたけれど楽しいものでも、喜ばしいものでもない。上手に伝えられれば彼も納得してくれたのかと悩める少女にとって、隠しておきたかった浅ましさを耳にしても彼のかおが歪まなかったことが救いだった。緊張から激しく内側を叩く心臓をなだめるため手のひらを押し当てる。)間違っていたとは、言いたくないわ。あなたの言葉、きらきらしていたもの。うれしくて、大切にしたくて、頑張ろうって思ったの。あなたがくれた言葉を証明できるのは、わたしだけでしょう?(ゆるんだ彼の気配にあの日の気持ちが連れられて、口元に笑みが浮かぶ。初めて泣いた日のことを思い返しても暗い気持ちにはならない。気恥ずかしさは湧きあがるものの、くすぐったくもあたたかい記憶。約束を交わした日。内緒ごとを分けてもらった日。失われる命を惜しんでもらった日。ひとりが二人に別たれた日。どこを切り取っても特別な一日だった。けれど、初めて出会った時から、彼はお願いごとを叶えてくれたから。だから、ほんとうに、ずっと。)…謝ってほしいわけでもないの……取り上げられてしまう気がするから…。ただ…あの……教わるのはあなたがいいの。もう、たくさん、与えてもらっているけれど、それでも、まだ、あなたから…欲しがって……。(こころを打ち明けることは怖いことだった。願いに、望みに、結びつく。踏み込むなと線を引いた彼の気持ちに近づいた気がした。無神経で浅はかだったと思い至ったところで、発した言葉は戻らない。伏せた顔を追いかけるように手が伸びてくる。確かめるような手つきに戸惑いながらも受け入れた。手袋に覆われた指先から熱を感じることはないにも関わらず瞳の奥が熱くなる。)……逃げない覚悟?(低い声を怖ろしいとは感じなかった。目を背けることを許さないというように持ち上げる指先も、今までと変わらずにやさしいもの。顎をとらえる彼の手の甲に触れ、首を傾げる代わりにまばたきで問いかける。)
* 2022/11/29 (Tue) 22:37 * No.121
仮面を被るのは得意だからな、仕事だと割り切れば容易い。…さあ、今の所は判断し難いな。(彼女へ切っ先を向けずに済んだのは奇跡に近く、今までの振る舞いを思えば彼女がそう言うのも無理は無い。人の感情により敏く、より理解があれば遠回りせずに済んだのだろうか。考えたところで何かが変わるでも無く、ただ。静かに細めた瞳の奥へ、複雑そうな色を浮かべて。)…改めて言われるとやたらと恥ずかしくなるからもう忘れてもらえると助かるんだがな。(そっと持ち上げた両手は降参を示し、肩を竦めては緩やかに息を吐き出した。願うような声が心底から忘却を望むのでは無いことは、僅かに含んだ冗談のような色で察せられるだろうか。彼女が前へと進むための標となるのなら悪くは無いと思う心、それは素直に音に出来ないままとなる。最初は単に仕事として、付き人として、叶えられる範囲で彼女の願いを叶えるべく。城下への付き添いも、カードゲームに興じるのも、全て仕事の範疇ではあった。変わり始めたのは“あの日”彼女が泣いたその時からだろう。少しずつ吐露される心の内に、切れ長の瞳が瞬きを見せる。一つ、また一つ。此処から先も、彼女が求めると言うのなら。)…お望みのままに。(騎士然とした、単調でありながら揶揄いの色を微かに帯びた温かな声。他の誰でも無くこの身へ望まれると言うのなら寧ろ好都合だと涼やかな表情には乗せぬまま、夜に輝く瞳を覗き込んで。確かめるような問いを、赤を揺らしながら否定しよう。)違うな、逃げられなくなる覚悟だ。悪いが逃がしてやれる自信が無い。(一度捕らえれば恐らく手を離すことは出来なくなってしまうだろうから。大人びた姿のまま、静かな笑みと共に彼女の背を押してやることはきっと出来なくなるだろう――可能な限り、彼女の意思は尊重したいところだけれど。手の甲へと触れるその手へと指先を絡めたなら彼女の頭には自由を与え、代わりにその手の自由を奪おう。)…それでも良いなら、名前の件は預かる。(彼女の最も近くに在るのは赤纏う男である、その証として。友情、親愛、家族愛、恋愛、そういったものとは縁遠い男は何処までも不器用なまま。一度暗がりへと目を向けた後、改めて視線を合わせればどうすると言いたげに首を傾げるだろうか。)
* 2022/11/30 (Wed) 20:51 * No.126
今も…お仕事…?……悪いことだって…判ったら、隠さず教えてちょうだいね。(聞く前から悪いものだと決めつけて乞ういろは沈む。気落ちしたように肩を落としながらも、悪いところは直すという反省に止まり、離れるという発想はない。)……あの日のこと忘れても、わたしのなかであなたは特別なひとよ。お姉さまと仲良くなりますように、と、ずっと、想っていたもの。(彼のこころを映したように軽やかな仕草と声色に少女の頬はますます緩んだ。言葉通りに照れ隠しだろうけれど、一日分の記憶がなくなっても困らないのだと折り重なったこころを広げる。少女が持ち得る最上級の信頼と信用の証。けれど、姉が望んだのではなく少女の願いだった。遠からず別離の日がくる予感と借り物だという意識が根底にあった所為で、主語がおのれだという認識が薄れていただけのこと。いつの間にか宿すこころが育っていたことにも気付かないまま。仮面の有無に関係なく少女にとって“シリル・アインスグレイ”はただひとり。“レティーシャ”として何度も耳にした騎士の言葉から感情のかけらを掬いあげる。“わたし”に向けられたものではないと良心の呵責を感じたものだけれど、今は。瞳のいろがあたたかくて、)逃げるつもりなくても?…逃がしてほしいなんて、思ってないわ。たくさんね、お別れの日を遠ざける方法を考えているのよ。…あなたの怖いこと遠くなった?(指と指が絡む。指を伸ばして、手のひらをくっつけて、手遊びのように動かしても大きな手が離れていかないことを確かめる。笑んだかたちのまま双眸から涙が零れた。自由な手で目元を拭いながら、)…――うん!(ぱっと喜色がはじけた。その勢いの良さに我が事ながらたじろいで、)けれど、あのね、急がなくていいわ。……考えてくれているあいだはわたしのことで頭がいっぱいになるでしょう?それに…あの、侍女の名でも乳母の名でも思いつく名はあるから…。……無理だったらいいの。(勢いを失いながら継ぎ足した言葉もすべて本心だった。どうにもおのれには際限がないから、どこまで彼の許容範囲なのか線を探す。それでも、ほんの僅かでも、先の話ができることが嬉しかった。少しずつ、少しずつ、城の外へ出ることに実感が湧きつつある。先日できなかったからと今のうちに伝えておくべきかと思い浮かんだ別れの言葉は出番を失くしてしまった。)これからどこへ向かうの?
* 2022/12/1 (Thu) 00:54 * No.127
仕事だと思うならこんな風に話したりはしねェな。(遠回しな否定は当然のように、静かなまま夜へと溶けて。落ち込ませたいわけでは無いと言うのにどうにも上手い言葉が見付けられないまま、代わりにフードの上から小さな頭を乱そう。少しでも心が軽くなるよう願いながら。)それはどうも。“お姉さま”と仲良くなれたかは兎も角、お前が俺の中で特別であることは確かだ。(――言葉にするとやけに胸がざわつくのは不慣れであるからだろうか。此方の心境に反して緩む彼女の表情を一瞥すれば額を小突くべく指先を持ち上げる。彼女にとっての特別、この身にとっての特別。内にて燻る炎の色は赤く、赤く、徐々に大きく燃え盛るようで。護りたいものができたからこそ騎士を辞めたこの矛盾が、いっそ誇らしく思える。身に着けたままの剣は輝きを失わずに。)……あぁ、そうだな。言質も取れたことだし、寧ろやる気が出たと言っても良い。(いつか離すだろうと思っていたこの手を、繋いだままで良いと言うのなら。消えたとまではいかずとも遠のいたとは言えるだろう。遊ぶ指先を捕らえ、瞳を伏せてはその手の甲へと誓うようにして額を寄せる。刹那の時を経て、そっと華奢な手を解放すれば零れる雫を拭う姿に双眸を静かに和らげた。)泣き過ぎて体力使い切るなよ、後が辛くなるぜ。(その涙に負の感情は無いと信じれば、声音にも温もりが宿る。喜色の乗った返答とその姿を目の当たりにするなり、また少し感情が動いたような気がして口端がやんわりと弧を描いて。未だ油断すべき時では無いと理解してはいるものの、些か気は抜けていた。)……考えてなくてもいっぱいなんだが。(呆れたような、勘弁してくれとでも言いたげな声音と共に肩を竦めては短く息を吐いた。贅沢な悩みではあるけれど。)いや、預かる。適当につけたくねェから時間は貰うが。…待てるか?(首を傾げては返答を待つ。彼女がこれから先掲げて行く名を、この手で与えられると言うのなら――これが喜び、だろうか。少し色が違う気はするが似たようなものには違いない。確かに胸に宿った執着と、鈍く輝くような独占欲。答えを聞いてから、旅立つ準備へと戻ろう。最終確認を終えれば、後は。)一先ずは東だな、“レティーシャ”の嫁ぐ先とは反対側の方が良い。端の少し手前で用意を整えたら山を越えて隣国の港まで。その頃にはキュクロスの出方も見えてる筈だ、そこからは臨機応変に。(可能な限り、遠くへ。淡々と思考を共有したのなら、この狭い世界から逃げ出すべく彼女を馬上へ乗せようと。屋根の向こう側では月が頂きにて国を照らし出していた。)
* 2022/12/1 (Thu) 12:05 * No.130
(少女のために紡がれる言葉が星明かりのように落ちてくる。切り取られた夜の狭間でも寂しくないと輝くもの。与えられるものを並べて栞を挟んでいるけれど、瞬きのあいだに増えていく。躊躇いなく伸ばされる手も、嬉しい。彼から齎されるものであれば、おそらく、傷さえも。)会うたびにレティーシャのこと伝えていたのに…。お揃い…――ふふ、何度でも、教えてもらえるのは、嬉しいものなのね。(くすぐったい胸に両手を置いて「とくべつ。」と口のなかであまく転がした。意味合いが違えど、おなじ言葉で結ばれるのであれば、それさえも“特別”に想える。彼の天秤を、覚悟を、何度も確かめながら、都度、新鮮な感情がひらめく。頬に血色を透けさせて、恥じらうように微笑んだ少女は窘めるような指先にも、くすくすと笑い声を立てた。)よかった。……あなたの恐怖を晴らすのは、わたしがいいなって。(我儘な秘密を息を吐くように告げた。細さも、長さも、厚さも、双子とは異なる手の容を見つめる。大切にしたいと想うけれど、姉へと向けるものとは重ならない。望みのないところへ手を伸ばすのは似ていたけれど、父へ求めたものとも違う。たくさんの言葉を尽くしたけれど、まだ足りない気がした。不意に、動きを変えたひとの様子に返せたのは数拍の沈黙。「…今のは?」都合よく解釈してしまいそうになるから期待しないよう努めた所為で発音がゆがむ。)泣いてしまうのは…あなたのせいだもの…。(言葉にも表情にも棘がないから涙は零れるまま。嬉しくても、優しくても、温かくても、泣いてしまう。)えっと、では、もっと?(笑みのかたちに目を奪われ、考える間もなく言葉を放っていた。語尾を上げて投げかける装いは表面上のもの。)うん!どれだけでも。…それまでは手の届くところにいてね?(明るくかおを輝かせて大きく頷いた。“いつか”はおのれに与えられたものだと今は疑いようもない。他の誰とでもなくふたりの間で交わされるもの。出立のために動く彼の後ろを軽い足取りでついてまわり、)東。みなと…海原もわたるの?大きいのでしょう?山にね、月夜にしか咲かない花があるってほんとう?(近隣諸国が描かれた地図を思い浮かべながら。ふたりで一冊の本を読んでいたからおなじだけ言語は習得していたけれど文化や情勢の知識には偏りがある。教師の説教は右から左で姉の言葉だけしか残らない。片割れに甘やかされた末っ子がはみ出した。踏み台の存在を意識の外に置いて、馬に乗せてと両手を差し伸べる。)あなたを遣わしたのは、お父さまだから、大丈夫な気がしているの。「騎士に命を預けられそうか。」と訊かれたわ。(雪が止みかける外を見つめ、平坦になぞる。)
* 2022/12/1 (Thu) 14:55 * No.131
(特別。その奥に潜むものの正体が何であろうとも、答えは既に得ているし行く先も見えている。もう会うことは無いであろう姫君のかんばせを思い出しながら、目の前にいる彼女へと瞳を向けよう。ちょっとした言葉に喜色を浮かべる姿は冷えた心へと温度を与え、。耳へと届く笑い声は肩の力を抜くような穏やかさで。冬の景色の中、男の切れ長の瞳には彼女だけが一際輝いて見えた。)…そんなこと言うのはお前ぐらいだろうな。(恐怖などと言う単語に相対する日が来ようとは、そう言いたげに。それも刹那の後に彼女の手により遠ざけられてしまえば、少し苦みの混じった笑みが口元を彩る。失うものが何も無かったが故の強さと、手に入れてしまった幸せ故に得た弱さ。その全てを受け入れた上で誓う。「…何だと思う?」ふと、身に纏う空気を和らげるような声音が冬の夜へ。明確な答えを唇へ乗せず彼女の捉え方に任せようとするのが半分、大切な少女が葛藤する姿が見たい悪戯心がまた半分。)それは困ったな、どうすりゃ泣き止むのか聞いとかねェと。ご要望は?(悪いとは思っていないし、謝ることもしないまま。揶揄うような台詞と共に喉を鳴らし、望むものがあるのならと小首を傾げて美しい瞳を覗く。)…案外貪欲なことで結構。(予想していた斜め上を飛んで行く彼女の返答に瞳を丸くしたのも束の間、何処か満足気に静かな声を落としながら口角を持ち上げた。)名前が呼べねェってのは時折不便だからな。…そういや城下でも何処かのお転婆な姫君が先先歩いて行っちまって大変だった。(澄み渡る青空の下、繰り出した城下にて過ごした日の事を思い出す。彼女の反応を楽しみに向けた瞳には何が映るだろうか。――またあの日の様な空を揃って見上げることが出来たのなら。そんなことを思いながら、響く足音と弾む声音を聞きながら旅立つ準備を。)渡る。出来る限りキュクロスからは離れたいからな。大地より海の方が占めてる比率が高いからな、大きいってのはある意味正しい。花のことは知らねェ、道中機会があれば本ででも調べてみたらどうだ。生息地がわかれば実際に見付けられる可能性もあるだろ。(地理については必要事項として頭に入れてあるとしても、花の知識には縁が無い。知らないものは知らないとあっさり言い切れば、答えの代わりに答えを得る為の知恵を差し出そう。伸ばされた両手へと応え問題が無い事を確認した後、赤の髪を揺らして軽い仕種にて馬上へと。高くなる目線が心を前向きにさせる中、手元へと視線を落としながら。)で、その問いへの答えの程は?…何も無いならそれで良い、だが警戒するに越したことはねェよ。さて、そろそろ行こうぜ。(月光を受け舞い散る白の間隔は少しずつ広くなっている。蹄の後は残るだろうか、後を追う者はあるだろうか。過る思考をその場へと置いて、二頭の馬は走り出す。鋭く研ぎ澄ませた感覚は何を掴む事も無く、今宵剣は出番を得ずに終わるだろう。嘗ての同胞へと剣を向けずに済んだことを、馬上にて密かに安堵する。ただ静かな夜、見張りどころか人の気配すら無い中を東へ、東へと。そうして夜を越え、朝を迎え、いつか辿り着いたその先に、彼女の花開くような可憐な笑顔があるのなら。ただ、それだけで良い。)
* 2022/12/2 (Fri) 21:33 * No.138
他のひとが言っても……わたしに、も、分けてくれる?(わたしだけに、と無理を押し付けそうになりぎこちなく着地点を変えた。まだ見ぬ誰かのことを過らせるのは少女も同じ。宝石みたいなひとと彼が出会うかもしれないと想像するのは己の未来を描くよりもずっと容易い。迷った末の問いに問いで返され、弱り切って眉を下げた。目がくらんで答えと呼べない願望ばかりが募っていく。己の見慣れた手の甲と奥に悪戯っぽさを覗かせる瞳とに視線を行き来させ、再び答えを模索する。何事かを誓う仕草。譲れないものを分かっているひと。会話の流れを頭のなかで整理し――違うと言われるのは怖くて、けれど、確かめたくてぐらぐらと気持ちが揺れる。静かに答えを待つひとが滲ませるふんわりとしたあたたかさに唇がほどけて「ずっと、いっしょ?」と推察よりも希望がまさった。)そのうちに…慣れる日がくるのかしら…。何かしてほしいわけでは――。(困らせたい訳でも謝ってほしい訳でもない。だからといって放っておいてほしいと思うでもなく、少女自身が気持ちと涙を持て余している。望みを問いながら瞳へと注がれたのは毒だろうか蜜だろうか。心臓が飛び出してしまいそうになり、両手で口を押さえた。欲しがりも一緒に止まる。心臓が止まれば涙も止まるだろうけれど。)え!?いいの?(悩む素振りなく受け入れられて今度は少女が目をまんまるにした。彼が呆れた様子ではなく何故か満足そうだから、心臓の休まる余白がない。)…騎士のお仕事って大変だったのね。お辞めになって正解だったのでは?(澄ましがおで顔を背けてみたけれど、向ける頬は赤く色づいたまま。)…お遣いのときはお利口だったでしょう?(いつの日も鮮明に思い出せた。職務に忠実な騎士のかおも。後ろに広がる光景も。過ごした時間は大事にしまっておくものだと思っていた。こうして続きが与えられる喜びを何と言い表せばいいのだろう。)あなたは海、見たことある?泳ぐってどうするの?魚や貝や生き物の上を進むのでしょう?(答えが与えられる前に次々と疑問が浮かぶ。姉の嫁ぐ隣国は熱心に調べていたけれど己が海を臨む日が来るとは思いも寄らなかった。)…先を急ぐのでしょう?調べものしてもいいの?(海に心惹かれるけれど、山や花にも興味は尽きない。あれはなにと城下のあちらこちらで騎士の袖を引っ張った姫のかおで首を傾げた。)前は…わたしには答えられなかったのだけれど、今はね、もちろん、はい!いっしょに生きていきたい。(迷いなく言い切った。施しを享けたいのではない。命を背負わせたいのでもない。彼に護ってもらうだけでは足りない。手を伸ばしたら繋いでほしい。「ただいま」と「おかえりなさい」を交わしたい。おなじだけ、彼にも。)お父さまに感謝できるのはあなたのお陰、というお話がしたかったの。(父にとって国の禁忌というだけでない。父の片耳を貫く耳飾りの片割れは土の下に眠るという。愛も憎しみも赦しも罰もあっただろうけれど、双子がそれぞれ国を出ることでひとつ終わりを迎える。彼の合図で馬を走らせる。ふと、薔薇の香りに包まれた気がした。香りは留まることなく風に掻き消されるけれど、気のせいではないと知らせるようにケープのポケットに重みが生まれた。馬上で振り返れど、真白を踏み荒らす蹄の跡がのこるばかり。城門を越えたところで鈴が外れ落ちる音を耳の奥で確かめ、もう、振り返りはしなかった。静寂を裂くように進む赤を導としひたすらに夜を往く。何度休憩を挟んだだろうか。馬の脚がどれほど優れていようと騎手が箱入り娘であったから、追手が放たれていたならば疾うに追いつかれていただろう。平穏に一馬身後を追いかけていたけれど、向かう先から空が白むのを目にして馬身差を詰める。山間から差し込む黄金色に疲労も忘れ、)――シリル。見て!(晴れやかに呼びかけて、ながい夜の終わりを指差した。名前を呼べるだけで、胸が満ちる。目と目が合えば、溢れて、)大好き。(面映ゆくも、伝えられる喜びがまさった。自然と笑みがほころぶ。うつくしい空のうつろいを揃って見上げられることが嬉しかった。旅の途中ではあるけれど、朝を迎え、当たり前に彼と一日を始められることも。昨日までも“しあわせ”だったけれど、今日はもっと“しあわせ”だと感じることも。すべて真ん中に彼がいた。きっと、これからも。一つ一つを数えて、一日一日を重ねて、そうして、あなたと分かち合えますように。“いつか”の先まで。)
* 2022/12/4 (Sun) 21:21 * No.145