二章
Half of Reason

 視界の端から一閃。すぐに眼前に迫った獰猛な二本角をいなして、手中にあった槍を振るった。突き上げて薙ぐ。
 けたたましい断末魔が今回の集団の最後だった。開けた森の端、渓流の脇を通る砂利の通りを振り返れば、末の姫を収めた馬車は変わらぬままにある。得物を手に構えて背に囲う数人の騎士団員たちは、自分が魔物に集中する前から顔触れが変わっていない。角はそこまで届かずに済んだようだ。
「別種が集ってきかねない。まずは離れるぞ、隊列を組んで点呼!」
 声を張ると一個小隊が揃った。多少腕や肩を押さえているものはいるようだが、人間の血の臭いは感じない。街の外に出るときに、常に携行する薬の類で十分に事足りるだろう。この程度の魔物討伐は、自分を筆頭とするこの場の騎士にとって大したものではない。
 気掛かりなのは魔物よりも馬車の中だ。目的地である王領端の町はこの森さえ抜ければすぐだが、馬車を一度止める事態になって、果たして姫の機嫌がどうなったものか。

 魔物の血がついてしまった上着を脱いで、軽い風魔法で身を洗ってから姫と同じ箱に乗り直す。すぐに車輪が回り出す振動の中で「お待たせしました」と声を掛けると、侍女と手を取り合っていた姫がぎこちなく顔を上げた。想定よりも顔色が悪い。いや、今日はずっと固い面持ちではいらしたか。
「何か口にできるものでも」
「いい。まずは動くのでしょう」
 荷は別だ。腰を浮かせかけたが姫は首を振って、侍女から騎士のほうへ向き直る。その視線がじっとこちらの頬に注がれていることに気が付いて、騎士はそこに触れた。怪我がある。痛みは問題ない。気遣いか叱責かと悩む間に、姫は息を吐いた。
「……今日、出立前にお父様の部屋に伺ったのよ」
 脈絡の見えない話しぶりにそのまま耳を傾ける。車輪が砂利を噛む音がずっと聞こえていた。


  • 二章は、騎士と姫がその職務として外に出掛けた一幕です。行き先は王領の端にある小さな町、末の姫としてそこの町長に手紙を届けることが目的です。外出理由こそ仕事にはなりますが、シチュエーションや時間経過はお好きにしてください。
  • 姫は出立前に父王の執務室へ挨拶に行き、その際に「騎士に命を預けられそうか」という旨の言葉を掛けられました。父王の細やかな様子や前後の発言、応対は自由に肉付けして構いません。
  • 騎士団一個小隊付きの馬車を用い、移動に約半日を要します。騎士は同乗しても自分の馬などでも構いません。途中に魔物の生息地近くを通る見込みです。見つかれば襲われるでしょうが、これは魔物の性質としてであり、人為的な刺客の類ではありません。
  • 戦闘や負傷はお好きにしてください。負傷する場合、命とその後の目的達成(姫が手紙を届けること)に支障は無い程度としてください。
  • 意識的に帰路を急がない場合は、町長の屋敷で一泊するのが妥当且つ礼儀です。ささやかながら、町の大きさからは充分な歓待を受けられるでしょう。王領内である安定感と町民数の少ない田舎感が相俟ったようで、長閑です。
  • 手紙を届けた後は、視察として王族らしく町の様子を見て回っても、屋敷で休んでも、お忍びで遊んでも構いません。
  • 二章より、姫は騎士に対して自身が双子である旨をお好きに話して構いません。話さなくても構いません。騎士以外には変わらず知られないようにしてください。